混乱と火の手
「さて。混乱はして来たかしら?」
メイヤは、机の上に広げた簡易地図から顔を上げた。外はまだ静かだが、風向きは確実に変わり始めている。
「機構隊長さん。密偵は、そろそろの時間かしら?」
「あー……そうだな。火の手が上がるなら、もう頃合いだ」
「よしよし」
満足げに頷いたメイヤは、少し間を置いてから、にこりと笑った。
「機構隊長さん。もう一つ、お仕事を頼むかも知れないわ」
「……はぁ〜。これ以上に、か?」
明らかに嫌な予感を覚えつつ、身を乗り出す機構隊長。メイヤは悪戯っぽく指を立てる。
「ちょっと、お耳を拝借〜」
ごにょごにょ、と囁かれた内容に、機構隊長は目を見開いた。
「は……? おいおいおい! 全く、どっからそんな発想が出てくるんだよ……」
「機構隊長なら得意でしょ?」
「得意じゃねぇ!俺らはな、基本“守る側”の人間だ!!」
「でもそれだと、相手の動きを知らないと務まらないわよね?」
ぐうの音も出ない正論だった。
「ふぅ〜……」
深く息を吐き、機構隊長は観念したように頭を掻く。
「嬢ちゃんには敵わないな……分かった。十名ほど、それに回す」
「ありがとう。でも、無理はしないで」
メイヤは真剣な目で釘を刺す。
「危ないと思ったら、すぐ逃げて。絶対に無茶はしないでね」
「伝えておくよ。あいつらも腕は立つ。命を賭けるほどバカじゃねぇ」
そのやり取りを、少し離れた場所で聞いていた少女がいた。
「……で?」
腕を組み、楽しそうに首を傾げるリディア。
「私たちは、いつ動くの?」
その目は、完全に“戦場に立つ者”のそれだった。
「もう少し待って」
メイヤは答える。
「相手が痺れを切らした、その瞬間が一番いい」
「ふぅん……」
リディアは肩を回し、背負ったクロスボウを確かめた。
「じゃあ、準備運動でもしておくわ」
——数刻後。
出城の外縁、草むらがざわめいた。
「来たな……」
見張りの声が低く響く。
数は多くない。二十数名。軽装、偵察と威圧を兼ねた部隊だ。
「想定通りね」
メイヤの一言に、機構隊長は口元を歪めた。
「さて……狩りの時間だ」
合図と同時に、草むらから影が踊る。
「うわっ!?」
「どこから——」
悲鳴が上がるより早く、リディアが駆けた。
「遅いっ!」
放たれた矢が、盾の隙間を正確に射抜く。次の瞬間には距離を詰め、肘打ち、足払い、体当たり。
「がっ……!」
「ぐあっ!」
完全に数と技量が違った。
学生隊も容赦しない。訓練通り、連携を崩さず、一人ずつ確実に無力化していく。
「ひ、退け!」
叫びは虚しく、数分後には地面に転がる男たち。
「はい、終了」
リディアは軽く息を整えた。
「いつもの通り、下着で帰ってもらう?」
「もちろん」
メイヤは冷静だった。
「装備は全部没収。怪我人は生かして返す。……ちゃんと“伝言役”になってもらわないと」
その頃——。
遠く離れた街では、小さな火の手が上がり始めていた。
武器庫の一角。倉庫の裏。消しても消しても、別の場所で火が上がる。
「何が起きている!?」
「分かりません! 同時多発的に……!」
混乱は、確実に広がっていた。
そしてメイヤは、出城の上からその気配を感じ取る。
「……いい感じ」
静かに呟く。
「もう少しよ。もう少しだけ、踊ってもらうわ」
戦は、すでに前線だけで行われていなかった。




