最初に崩れるもの
反乱軍の陣地では、百名規模の部隊編成が急ピッチで進められていた。
「指揮官直轄だ!余計な命令系統は挟むな!」
怒号が飛び、兵たちは慌ただしく装備を整える。だが、その動きにはどこか雑さがあった。寄せ集め。即席。経験も練度もまちまちの兵を、数だけで束ねた部隊。
それでも指揮官は満足そうだった。
「これだけいれば十分だ。偵察だの包囲だの、小賢しい真似は不要。正面から叩き潰す」
そう言い切る声には、自身の武威への絶対的な信頼が滲んでいた。
だが、部下の一人が躊躇いがちに口を開く。
「……しかし、これまで戻ってきた者達は」
「下着一枚で逃げ帰った腰抜け共の話か?」
一蹴だった。
「殴られた?奪われた?それが何だ。奇襲に慣れていないだけだろう」
その場で、それ以上の意見は封じられた。
反乱軍は知らない。いや、知ろうとしなかった。
戻ってきた斥候の中に、笑っていた者が一人もいなかった事を。
恐怖ではない。困惑と、理解不能な現実を前にした、あの沈黙を。
一方、その頃。
メイヤは出城の簡易指揮所で、機構隊長からの報告を聞いていた。
「来るな」
「ええ。しかも今回は、まとめて百名規模」
「舐めてるな」
機構隊長は肩をすくめる。
「真正面から踏み潰せば終わる、って腹だろう」
メイヤは地図に視線を落とした。
「……最初に崩れるのは、兵じゃないわ」
「ほう?」
「連携。認識。『想定』よ」
メイヤは淡々と言う。
「相手は、私たちを『弱小男爵領』としてしか見ていない。だから百名。だから直轄。だから正面」
指で地図をなぞる。
「逆に言えば、そこを崩せばいい」
「具体的には?」
「まず混乱。次に疑心。そして恐怖」
機構隊長は、ふっと笑った。
「随分と順序立ててるな」
「戦は感情で始まるけど、崩れるのは理屈よ」
その時、伝令が駆け込んできた。
「敵先遣、動き出しました!」
メイヤは顔を上げる。
「予定通りね」
外では、藁人形が風に揺れていた。数を誇示するための、虚像。
だが、それを見た敵がどう受け取るかは、こちらの想定の範囲内だった。
再び敵側。
百名の部隊は、鬨の声もなく進軍を開始した。
「拍子抜けだな」
誰かが呟く。
「城どころか、見張り小屋しか見えんぞ」
別の兵が笑った。
だが、その時だった。
草むらが、不自然に揺れた。
「……?」
次の瞬間、背後で短い悲鳴が上がる。
振り返った兵が見たのは、倒れ伏す仲間と、どこからともなく飛んできた投擲物。
「伏せろ!」
叫びが遅れた。
包囲は、すでに始まっていた。
そして指揮官は、その異変を「偶然」だと判断した。
「慌てるな!たかが数名だ!」
命令は出た。だが、伝わらなかった。
なぜなら、その時すでに、最初に崩れていたからだ。
敵の兵力でも、防備でもない。
「想定」そのものが。
静かに、しかし確実に。
戦は、彼らの理解の外側で進み始めていた。




