百の慢心
反乱軍の陣営は、奇妙な高揚感に包まれていた。
「百名だ。今回は私が直接指揮を執る」
指揮官の言葉に、周囲の士官たちは一斉に背筋を伸ばした。
これまでの小規模な偵察失敗は、すべて部下の不手際。そう結論づけられていた。まとめて動けば問題ない。男爵領ごときが、正規兵百名に抗えるはずがない。
「斥候ではなく、威力偵察だ。敵の出城とやらを正面から確認する」
「抵抗があれば?」
「蹴散らせ。抵抗がなければ、そのまま踏み潰す」
指揮官は地図を指でなぞる。
「所詮は付け焼き刃の防備。数を見せれば、恐怖で固まる」
その口調には疑いがなかった。戻ってきた斥候たちの異様な証言――整然とした配置、無言の圧、妙に落ち着いた対応――それらは全て「誇張」か「言い訳」として処理されていた。
「平民は平民だ。戦を知らん」
その一言が、陣営の結論だった。
やがて百名の兵が選抜され、装備を整え、夜明け前に動き出す準備が進められていった。
その動きを、すでに見ている者がいるとも知らずに。
「来るわね」
メイヤは、簡易地図の上に置かれた木片を一つ動かした。
「百名規模。指揮官直々、ってところかしら」
「随分と強気だな」
機構隊長は苦笑する。
「斥候をボコられて、逆に腹を立てたか」
「ええ。典型的な流れ」
メイヤは淡々としていた。
「小さく負けると、大きく賭けたくなる。自分が出れば勝てる、ってね」
机の上には、出城周辺の配置図が広げられている。草むら、起伏、視界の切れ目。藁人形の位置も、すでに記されていた。
「藁人形の配置は、予定通り後方に厚く」
「了解。遠目には、倍以上に見えるな」
「それでいいわ。敵は“兵が多い”と誤認したまま前に出る」
メイヤは視線を上げた。
「百名程度なら、正面衝突をする必要はない」
「包囲か?」
「分断」
その一言は短かった。
「前列が出城に意識を取られている間に、左右と背後。逃げ道は一つだけ残す」
「……逃がすのか?」
「逃がすわ」
メイヤははっきり言った。
「全滅させたら、向こうは“負けた”と理解する。でも半壊で返せば、“想定外”が残る」
機構隊長は、なるほどな、と息を吐いた。
「恐怖を持ち帰らせるってわけか」
「ええ。百の慢心には、それが一番効く」
外では、志願兵と学生隊が静かに準備を進めている。誰一人、声を荒げない。
「リディア達は?」
「伏兵の一角。矢は温存。撃つのは合図があってから」
「了解」
短いやり取りだけで、全てが通じていた。
メイヤは窓の外を見た。
「敵は“攻める側”のつもりで来る。でも実際は……」
その先を言葉にせず、彼女は小さく笑った。
「踏み込んだ瞬間から、試される側になる」
地図の上で、百名を示す木片が、静かに包囲線の内側に置かれた。
「……想定通り」
その一言が、作戦開始の合図だった。




