想定外の前線
こんな話は聞いていない。
それが、先遣の二十名全員の共通した感想だった。
目的は単純だ。
王都方面が騒がしくなり、各地で兵が動き始めている。その隙に、北寄りの小領地を牽制する。場合によっては軽く荒らし、王族派の神経を逆撫でする。それだけの役目だった。
「守りは薄い」
「見張り小屋がいくつかあるだけ」
「兵力も大したことはない」
そう報告を受けていた。
だから二十名だった。
威圧には十分、戦闘になる前に引けば問題もない数。
だが――。
森を抜け、丘を越え、視界が開けた瞬間。
先頭を歩いていた男は、思わず足を止めた。
「……は?」
声が漏れる。
そこにあったのは、見張り小屋ではなかった。
木組みの城壁。簡易とはいえ、明確に「城」と呼べる構造物。
しかも新しい。
木材の色が違う。削り跡も生々しい。
「聞いてないぞ……」
誰かが呟いた。
周囲を見渡す。
城壁の外周には、やけに整った地ならし。
死角になりやすい林は不自然なほど間引かれている。
「前線拠点……?」
二十名程度を威圧するための規模ではない。
百人単位で籠もる前提の造りだ。
「撤退するか?」
その声に、別の男が首を振る。
「待て。様子がおかしい。旗も出ていない」
確かにそうだ。
城壁はあるが、陣旗も紋章も見えない。
人影もない。
「……脅し用の張りぼてじゃないのか?」
その希望的観測に、全員がすがりたくなった。
「近づいて確認する」
そう判断が下った。
それが、最初の誤算だった。
草むらに入った瞬間、妙な感覚が背筋を走る。
静かすぎる。
鳥の声がない。
風の音だけが、やけに大きい。
「……止まれ」
次の瞬間だった。
背後から、横から、前方から。
同時に気配が立ち上がる。
「囲まれて――」
言い終わる前に、後頭部に衝撃。
視界が揺れ、地面が迫る。
「ぐっ……!」
悲鳴が上がる。
しかしそれは一瞬で途切れた。
誰も殺されはしなかった。
ただ、徹底的に殴られた。
武器は弾き飛ばされ、抵抗する暇もない。
人数? 分からない。
ただ、多い。
城壁の上からも、草むらからも、統制の取れた動き。
訓練されている。
「話が違う……!」
それが最後の意識だった。
⸻
目を覚ました時、男は寒さを感じた。
「……?」
自分の姿を見て、理解する。
服がない。
下着一枚だ。
周囲を見ると、仲間も同じ状態で転がされている。
「起きたか」
聞き慣れない声。
境界杭の向こう側。
つまり――追い出されたのだ。
「伝えろ」
城壁の方角を指して、淡々と告げられる。
「ここは、もう“空き地”じゃない」
「次は、こうはいかない」
笑いも嘲りもない。
ただの事実として。
男は、初めて理解した。
この領地は、誘っている。
王都へ向かう最短路として。
そして――罠として。
二十名は失敗ではない。
あえて返されたのだ。
知らせるために。
「……クソが」
歯を噛みしめながら、男は立ち上がる。
王都では、大軍が動いている。
だが、ここにも確実に「戦場」が用意されていた。
知らずに踏み込めば、次は戻れない。
それを、ようやく思い知らされたのだった。




