出城、想定外に育つ
領内で「仕事」が始まったのは、その日の朝からだった。
「いたぞ!」
「そっちだ、逃がすな!」
街道脇の林から引きずり出された男は、抵抗する暇もなく地面に押さえつけられた。近衛と機構隊の混成部隊――目的はただ一つ。
怪しい奴は、全部だ。
「荷物、確認」
「刃物あり。地図あり。銀貨は……多いな」
「はい、黒」
判断は早かった。
「ボコれ。死なない程度にな」
命令が下ると同時に、遠慮は消えた。
数刻後、領境。
下着一枚にされた男たちが、泣きそうな顔で放り出される。
「帰れ」
「次に入ったら、もっと酷いぞ」
追い出された者たちは、振り返ることすらできずに去っていった。
その背中を見送りながら、メイヤは静かに呟く。
「……うん。これでいい」
恐怖は、伝染する。
しかも、尾ひれがつく。
「この領地は、ヤバい」
「捕まると、服を全部取られて叩き出される」
――それで十分だった。
⸻
同時進行で、領境では異様な光景が広がっていた。
「……速い」
メイヤは思わず声を漏らす。
丸太が組まれ、杭が打ち込まれ、土嚢が積まれていく。
まるで、何度もやったことがあるかのような手際。
「機構隊長?」
「ん?」
「あの……この出城」
「おう」
「図面より、大きくない?」
機構隊長は一瞬目を逸らし、頭を掻いた。
「あー……」
嫌な予感がした。
「最初は、嬢ちゃんの言う通り五十人規模で話してたんだがな」
「……が?」
「木工師の爺さんがなぁ」
出てきた名前に、メイヤは納得しかけて、そして戦慄した。
「あの人、図面見て言いやがったんだよ」
――『小さすぎる』って。
「……」
「『これじゃ守る気が感じられん』とか言ってな」
「……」
「気付いたら、百五十人近く駐屯できる構造に書き換えてた」
「書き換えた!?」
「志願兵も来るって言ってよー。作る手間は大差ねぇ、って」
メイヤは、完成しつつある出城を見上げた。
高低差を活かした土塁。
射線を限定する通路。
正面は狭く、側面からの侵入は困難。
――これ、普通に要塞では?
「……まあ」
ため息一つ。
「出来ちゃうなら、いいか」
機構隊長は笑った。
「そうこなくちゃな」
⸻
志願兵は、確かに現れた。
農具を置いてきた農民。
鍛治場を一時閉めた職人。
家族を背にした男たち。
「給金は?」
「最低限」
「死ぬか?」
「さあな」
それでも、去る者は少なかった。
「……子供が学校に通ってる」
「託児所がなきゃ、畑も回らねぇ」
「だから、ここは落とさせねぇ」
理由は単純だった。
守るものが、ここにある。
⸻
夕刻。
仮設の指揮所で、メイヤと機構隊長、近衛隊長が地図を囲む。
「敵は、どれくらい来ると思う?」
メイヤの問いに、機構隊長が顎を撫でる。
「推測だがな……」
地図の北側を指でなぞる。
「向こうの領内事情を考えると、かき集めて八百」
「八百……」
「それで上出来だ」
「多くは?」
「無理だな。急に兵を動かせば、他所にバレる」
近衛隊長が頷く。
「密偵も放っている。数は、そのうち掴める」
「最初は、少数?」
「様子見の百か二百だろうな」
メイヤは、完成間近の出城を思い浮かべる。
「……じゃあ」
ゆっくりと、口角が上がった。
「最初に来た人たちも、ボコって返しましょう」
「は?」
「そしたら、向こうはこう思うわ」
――『今なら、ここを攻め落とせる』
機構隊長が、ニヤリと笑った。
「でも来てみたら?」
「出城が、完成してる」
「腰、抜かすな」
三人の視線が重なる。
「……嬢ちゃん」
機構隊長が低く言う。
「これ、王都最短ルート作れるぞ」
メイヤは、静かに頷いた。
「ええ」
(だからこそ)
(ここで、止める)
出城は、ただの防御施設ではない。
――これは、戦争をこちらに引き寄せる“罠”だ。
そしてその罠は、
想定以上の大きさで、静かに牙を剥こうとしていた。




