事故ではない“事故”
最初の報告は、朝だった。
「……西側倉庫で、事故が起きました」
執務室に入ってきた文官の声は、妙に落ち着いていた。
「怪我人は?」
「軽傷が二名。命に別状はありません」
領主は、即座に次を問う。
「原因は?」
「荷崩れ、とのことです」
その一言で、室内の空気がわずかに沈んだ。
「……倉庫番号は?」
「第三倉庫。先日、東側経由の布と金属部材を保管していた場所です」
「担当者は?」
「十年以上、事故歴なしの者です」
領主は、書類を受け取った。
整った報告。
整いすぎている。
「現場は?」
「既に封鎖。機構隊が確認中です」
「私も行く」
「領主自ら、ですか?」
「だからだ」
領主は椅子を立った。
「“事故”ほど、早く見なければならんものはない」
⸻
第三倉庫。
中は、確かに“事故の後”だった。
木箱が崩れ、金属部材が散乱している。
血の跡は少量。搬送も迅速だったのだろう。
「……不自然だな」
近衛隊長が低く呟く。
「何がだ?」
「崩れ方です」
彼は、崩れた木箱を指差した。
「下段から抜かれている」
「自然崩落では?」
「違います。荷重が集中する前に、“支え”がなくなっている」
機構隊長も頷いた。
「刃物か、工具を使っていますね。しかも短時間で」
「つまり」
領主は、静かに言った。
「事故に見せかけた、人為的破壊だ」
「はい」
「狙いは?」
「混乱、でしょう」
機構隊長は続ける。
「物流を止めるほどではない。だが、“不安”を残す」
「試し打ち、か」
誰も否定しなかった。
⸻
その日の午後。
メイヤは、別棟の工房にいた。
机の上には、黒い粉末を入れた小瓶が並んでいる。
「……安定してる」
小声で呟き、彼女は記録を取った。
湿度、配合比、粒度。どれも、再現性は十分。
そこへ、ノック。
「メイヤ様」
入ってきたのは、父――だった。
「時間は大丈夫か?」
「はい」
彼女は、すぐに察した。
「……倉庫の件、ですね」
「ああ」
父は、工房を一目見回し、溜息をついた。
「進んでいるな」
「進めていました」
メイヤは、隠さなかった。
「“いつか”では、間に合わない気がして」
「……何か、掴んでいるのか?」
「確証はありません」
だが、と前置きして。
「でも、“事故ではない事故”は、次はもっと分かりにくくなります」
父は黙った。
「だから」
メイヤは、顔を上げる。
「提案があります」
⸻
執務室。
関係者のみが集められた非公開の場。
メイヤは、机の上に二つの布包みを置いた。
「一つは、火縄銃の改良型部品です」
布を開くと、整然とした金属部品。
「もう一つは、黒色火薬」
場の空気が、張り詰めた。
「……量産、か」
近衛隊長が呟く。
「はい」
メイヤは、はっきりと答えた。
「条件付きで、です」
「条件とは?」
「三つ」
彼女は指を立てる。
「第一。製造は完全管理下。工房、配合、保管、全て分離」
「第二。使用は、正規訓練を受けた者のみ」
「第三。存在自体は、“防衛用工具”として扱う」
「兵器ではない、と?」
「はい。“抑止”です」
一瞬の沈黙。
機構隊長が、低く言った。
「……事故は、もう始まっている」
「ええ」
メイヤは頷く。
「次は、人が死ぬ形で来るかもしれません」
「それを、防ぐために?」
「選択肢を持つために、です」
父は、娘を見た。
いつの間にか、“守られる側”ではなくなっていた。
「……量は?」
「火縄銃、初期で三十挺」
「火薬は?」
「継続生産可能です。ただし、日産は制限を」
「理由は?」
「“急ぎすぎる”と、気づかれます」
その言葉に、何人かが息を呑んだ。
「……分かっているな」
深く頷いた。
「承認する。ただし――」
「はい」
「前に出るのは、私だ」
メイヤは、微笑んだ。
「分かっています。だから、準備は私がします」
⸻
その夜。
倉庫事故の噂は、静かに広がった。
だが同時に、見えない場所で、別の歯車が回り始めていた。
それは、防ぐための力。
そして――
“もう一段、強いカード”に対する、先手の布石だった。
日常は、まだ壊れていない。
だが、誰もが理解していた。
次は、偶然では済まない。




