裏で結ばれる線、海の向こうから来た声
北側――ガリオン領。
領主館の一室。
夜も更け、人払いを済ませた部屋には、重たい沈黙が落ちていた。
「……王都は、完全にあちらを選びおったか」
低く吐き捨てるように言ったのは、ガリオン領主だった。
机の上には、最新の通達写し。
そこには遠回しな言葉で、しかし明確にこう書かれている。
――当該領地への監査・干渉は当面行わない。
事実上の拒否。
しかも、理由は「正当な登録・王都承認済み」。
「度量衡統一、物流改革、登録機構の支店化……」
領主は指を鳴らす。
「どれも“正義”で殴れぬ」
それは敗北宣言に等しかった。
部屋の隅で控えていた男が、乾いた声で言う。
「……では、次の手を」
「表はもう無理だ」
領主は即答した。
「なら、裏に回るしかあるまい」
⸻
同じ夜。
別の場所――港町に近い私邸。
重厚な扉の向こうでは、旧商人たちが円卓を囲んでいた。
「……冗談じゃない」
太った男が、酒杯を机に叩きつける。
「量を誤魔化せなくなって、利益が三割飛んだ!」
「うちは五割だ!」
「価格操作もできん、信用も戻らん……」
誰もが苛立っていた。
「すべて、あの領地のせいだ」
「王都が後ろについたせいで、手出しもできん」
そこへ。
扉が静かに開いた。
入ってきたのは、見慣れぬ男。
服装は異国風、だが無駄がなく、目は冷静だった。
「……失礼」
男は流暢な共通語で言った。
「少し、面白い話を持ってきました」
商人たちが一斉に警戒する。
「誰だ?」
「私は――海の向こうの者です」
それだけで、空気が変わった。
「交易相手を探しています。ただし……」
男は微笑む。
「“王都経由以外”の」
⸻
数刻後。
別室では、より少人数が集められていた。
ガリオン領の使者。
旧商人の代表数名。
そして、異国の男。
「話は聞いた」
領主側の使者が言う。
「だが、王都を敵に回すつもりはない」
男は肩をすくめた。
「我々もです。正面からは、ね」
机に、地図が広げられる。
そこに示されたのは――海路。
「最近、ある領地が西ルートを模索している」
男の指が止まる。
「もし、そこに“事故”が起きれば?」
「事故……?」
「嵐、誤認、密輸の疑い。理由はいくらでも作れます」
旧商人の一人が、喉を鳴らした。
「物流が止まれば、信用が落ちる」
「価格は乱れる」
「王都は、様子を見る」
男は頷いた。
「我々は、船と金を出します」
「情報も」
「代わりに――」
視線が、ガリオン領の使者へ向く。
「“黙認”を」
使者は、即答しなかった。
だが、その沈黙が、答えだった。
⸻
さらに別の場所。
反王族派の集会所。
「……北が動いた」
「旧商人も、切れたな」
「海外勢が噛んだか」
彼らは笑わなかった。
「王都内部にも、揺さぶりをかけられる」
「“過剰な集中”だ」
「“一領地への依存”だ」
「言葉はいくらでもある」
誰かが呟く。
「……あの子供領主」
「いや、あの領地だ」
「潰す必要はない」
「“弱らせればいい”」
全員が、静かに頷いた。
⸻
翌朝。
港では、異国船が一隻、何事もなく出航した。
書類は整っている。
旗も正規。
誰も、止めない。
だが、その船底には――
正規ではない“荷”が積まれていた。
そして、その行き先は。
まだ、誰にも知られていない。
⸻
同じ頃。
北側の丘で、使者が小さく呟いた。
「……これで、線は繋がった」
だが、彼は知らない。
その“線”の先で、
すでに先手の布石が打たれていることを。
この時点では、まだ。
影は、影のままだった。




