正義の仮面と先に置かれた石
王都からの返書は、想定より早かった。
「……許可、下りましたか」
文官の声に、執務室の空気がわずかに緩む。
「はい。条件付きですが」
領主は書面を読み上げる。
「王都港管理局立会いの下、試験航行を認可。
積載品目は登録済み製品および生活物資に限定。航路は指定区間のみ――」
「十分です」
メイヤは静かに頷いた。
(これで、“正式な海路”になった)
非公式ではない。
抜け道でもない。
王都公認の、れっきとした物流ルート。
その意味を、この場にいる全員が理解していた。
「……ただ」
文官が一枚、別の紙を差し出す。
「同時に、北側からも“要請”が出ています」
「要請?」
メイヤが目を細める。
「“安全確保のため、通行監査を共同で行いたい”と」
一瞬、沈黙。
近衛隊長が鼻で笑った。
「監査、ね」
「つまり?」
機構隊長が言葉を継ぐ。
「実質的な介入です。船に人を乗せ、情報を抜く気でしょう」
「“正義”の名目で、ですね」
メイヤは机に指を置いた。
北側――ガリオン領。
通行税で成り立ち、陸路を押さえることで力を維持してきた領地。
その北側が、今、焦っている。
(東は潤ってる。陸は止まってる。海まで通されたら……)
詰む。
だからこそ、出してきたカード。
「安全」「監査」「共同」。
どれも、断ればこちらが“怪しい側”になる言葉だ。
「……どうします?」
文官が尋ねる。
メイヤは、少し考え――首を振った。
「受けません」
「え?」
「正確には、“その条件では”受けません」
全員が、彼女を見る。
「監査が必要なら、王都主導でやるべきです」
淡々と、しかしはっきりと。
「北側は、王都の管理機関ではない。共同監査という形で入る理由がありません」
「だが、それだと――」
「拒否した、と言われる?」
メイヤは小さく笑った。
「だから、先に打ちます」
⸻
その日のうちに、二通の書簡が出された。
一通は、王都へ。
・北側からの共同監査要請の報告
・航路の透明性確保のため、
王都監査官の定期派遣を正式要請
もう一通は、北側へ。
・安全配慮への感謝
・ただし、航路は王都認可のため
監査権限は王都管理局に帰属すること
・必要であれば、王都に意見書を提出されたし
極めて、丁寧な文面。
だが、意味は明確だった。
(直接は、入れない)
「……これは」
機構隊長が、感心したように息を吐く。
「完全に、王都を盾にしましたね」
「盾じゃありません」
メイヤは首を振る。
「“正面”に立たせただけです」
北側が本当に安全を気にするなら、
王都監査で問題ない。
それを嫌がるなら――
理由は、誰の目にも明らかになる。
「なるほど……」
近衛隊長が低く唸る。
「こっちから喧嘩を売らずに、相手の動きを縛るか」
「はい」
メイヤは、少しだけ疲れたように笑った。
「戦う準備は、もう十分しましたから。今は、“戦わせない準備”をします」
⸻
数日後。
北側からの返答は、予想通りだった。
「王都監査は時間がかかる」
「現地判断が必要だ」
「緊急性がある」
――要するに、焦り。
だが、それはもう効かない。
王都から、監査官派遣決定の通達が来たからだ。
「……詰み、ですね」
文官が呟く。
「ええ」
領主は頷いた。
「強いカードを切ったつもりが、自分で逃げ道を潰した」
港では、その日も船が出る。
子供たちは学校へ行き、
市場では東側の品が並ぶ。
表向き、何も変わらない。
だが、水面下では――
確実に、主導権がこちらに移っていた。
メイヤは、港を見下ろす丘で、風を感じながら思う。
(次に向こうが動くなら……)
それはもう、「正義」では隠せない。
――盤面は、こちらの番で進んでいる。
日常を壊さずに、
それでも確実に、相手の手を削る。
それが、この領地の戦い方だった。




