静かな遮断と海へ向かう視線
「……いよいよ、来たって感じかな」
メイヤは執務室の机に広げた地図を見下ろし、小さく息を吐いた。
北側ルート――
事実上、途絶。
こちらからも、向こうからも。
書類上は何も変わっていない。正式な通達も、敵意ある言葉もない。ただ、流れだけが止まった。
(様子見、ね)
完全に閉じてはいない。だが、開いてもいない。
圧をかけるでもなく、譲歩を示すでもなく、ただ“動かさない”。
「……嫌なやり方」
一方で、東側ルートはどうか。
こちらは、むしろ潤っていた。
交易量は増え、価格も安定。
商人同士の揉め事も少なく、通行に関する報告も概ね良好。
「お互いに、得をしてる関係……だからこそ、壊される可能性もある」
独り言のように呟く。
北側が直接来ないなら。
横から何かされる可能性は、ゼロじゃない。
嫌がらせ。
事故。
通行許可の遅延。
理由はいくらでも作れる。
(……となると)
メイヤの指が、地図の西側へと移動した。
「西……つまり、海」
⸻
あの件以来――
メイヤは、内政の合間を縫って漁村に足を運んでいた。
最初は、ただの雑談だった。
「今日はどうだった?」
「まあまあだな」
「沖の方、出たんですか?」
「ん?ああ、あそこら辺まで」
何気ない会話の中で、聞いた話。
小さな木造船。
決して大きくない。
それでも――
「天気が良けりゃ、王都領の方が、うっすら見える場所まで行くぞ」
その一言に、メイヤは内心で固まった。
(……え?)
不可能じゃない。
ただし、“近づきすぎると捕まる可能性がある”。
つまりそれは――
距離の問題ではなく、立場の問題だった。
「正式に話を通せば?」
「そりゃあ、問題ないだろうな」
「じゃあ……」
道は、最初からあった。
使っていなかっただけで。
⸻
「船を作ればいいのよね」
口にすると、簡単に聞こえる。
けれど、メイヤは自分でも分かっていた。
大型船はいきなり無理。
設備も、資材も、人材も足りない。
「……でも」
前の世界での記憶が、ふと蘇る。
ボトルシップ。
小さな瓶の中に、帆船を組み上げる趣味。
帆の構造。
索具の取り回し。
船体のバランス。
「模型だけど……船は、嫌いじゃない」
幸い、領民募集の影響で漁民は増えていた。
操船に慣れた人材は、いる。
「最初は、小型」
高速で、軽く。
航路確認と連絡用。
すでに、建造は始まっている。
「もう時期……完成」
まずは、航路の確立。
次に、中型船。
そして、条件が整えば――大型船。
「そうなれば」
王都からの製品が、直接入る。
誰かの顔色を伺わずに。
北が閉じても。
東が揺れても。
「……逃げ道じゃない」
メイヤは、地図の海を見つめた。
「これは、選択肢」
選べる、ということ。
それ自体が、力だ。
窓の外では、港に向かう道を、荷車が静かに進んでいた。
日常は、まだ続いている。
だからこそ――
次の一手は、静かに、確実に打たれようとしていた。
海は、ずっと前から、そこにあったのだから。




