思い出した私は、六歳児。中身は八十九歳
私は六歳になろうとしていた。いや、正確には「六歳になり“そうだった”」と言ったほうがいいのかもしれない。
なぜなら、誕生日の三日前。
私は屋敷の大階段から、見事なまでに転げ落ちたのだ。
ゴロゴロッ……ドサァン!
「メイア様ぁーーっ!!」
悲鳴を上げる執事ガルドの声を最後に、私はそのまま意識を失った。
◆ ◆ ◆
そして、二日後。
ぼんやりした視界の中、私を覗き込む母――セリアの顔が見えた。
「メイア? 大丈夫……? 痛いところは、ない?」
か細い声で返事をしたつもりだった。
けれど、ふとした瞬間、胸の奥に何かがひっかかった。
――あれ? この感覚、なんだろう。
私の脳裏に、突然、巨大な波が押し寄せるように映像が流れ込んできた。
(え……? これ……私?)
キャリアウーマンとして働きづめの日々。
出産を機に仕事を辞め、二人の子を必死に育てたこと。
子育てが落ち着いて、再び働こうとした時に「どうせなら独立しちゃえ」と会社を立ち上げたこと。
息子に社長を譲り、悠々自適に旅行して家庭菜園を楽しんでいた晩年。
日本文化の教室にも通って、和裁に挑戦してみたり、庭でお茶を点てたり。
そして――病室。
家族に手を握られながら、穏やかに息を引き取った瞬間。
(……そうだ。私は八十九歳まで、生きたんだ)
その事実を思い出した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
(えっ……ちょっと待って。じゃあ、私は……死んだ……?)
大きく目を見開く。すると、ベッド脇で見ていた両親が慌てた。
「メ、メイア!? どうしたの!? 痛むの!?」
「ち、父上……ごめん。違うの……!」
違う。
痛みじゃない。
もっと根本的に、重大で、信じられないことを思い出しただけだ。
私は、八十九歳で死んだ。
その記憶を持ったまま、この世界に生まれ変わった――としか思えない。
「これ……もしかして……孫が言ってた“転生”ってやつ……?」
ぼそっと呟くと、近くにいたメイドのミュネが不思議そうに首をかしげた。
「メイア様、いま……なんて?」
「う、ううん! なんでもないの!」
危ない。六歳児が“てんせい”なんて単語を言ったら、おかしいに決まってる。
――それにしても、本当に転生?
孫がよく話してくれていた“異世界転生もの”の小説……。
暇つぶしで私も読んでいたけれど、まさか自分がその主人公になるなんて。
(いや、でも……こういうの、大抵が神様からのお告げとかあるんじゃないの?)
私には何もない。
気がつけば、フェルナード男爵家の次女として生まれていて、気づいたら階段から落ちていた。
(……まあ、理由なんてどうでもいいか)
八十九年を生き抜いた経験があるなら、この世界でも何とかなるだろう。
むしろ、この体力と若さ――ありがたいにもほどがある。
ただひとつ問題があるとすれば。
「メイア……ほんとに、もう無茶はしちゃダメよ……?」
母が涙目で手を握ってくる。
父は父で、私の枕元に椅子を持ってきて、離れようとしない。
「リディア姉様も心配で、今日は訓練休んでるのよ……」
(……あぁ、そういえば私は“子供”だったんだ)
中身は八十九歳でも、身体は六歳。
しばらくは“普通の子供”として過ごさなきゃいけない。
私の第二の人生――いえ、第二の“幼年期”は、こうして始まった。




