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出涸らし勇者と獄中司祭

「うわっ」


 俺はその籠に掛けられた覆いを取って、後悔した。

 途端、鼻を突く酸っぱい臭い。


「それ開けんなって言っただろ」


 部屋に入ってきた目の下に深い隈を作ったグレンが言った。

 あまりに手持ち無沙汰でこれまでの習慣にもとづき軽く片付けをしようとしただけなのに。


「いや聞いてないっす……」

「グレンさん洗濯物溜めすぎですよ!」


 グレンの後ろから付いてきたドリューも言う。


「こんなときに悠長に洗濯できるか!」

「いや、絶対何ヶ月も前から溜めてますよね、これ……」


 呆れ返った顔でドリューは言う。

 俺もその意見に賛成だ。

 

 王都の結界が消えて三日。

 俺はグレンの工房にいた。




 俺は王都を覆う結界を、そんなつもりはなかったとはいえ、「解錠」してしまった。

 勇者一行の元メンバー、クリスに陥れられて。


 結界の消失と共に、魔族たちが王都に侵攻した。


 彼らは一目散に王城を目指し、あっという間に到達すると、近衛騎士団と宮廷魔術師たちを瞬殺し、国王の首を刎ねた。宰相を始め大臣も何人も殺された。

 彼らは自らを魔王軍と名乗ったという。


 それを知ったのは、後からだった。


 塔で呆然としていた俺の前に血相を変えたグレンとドリューが現れ、転移魔術でグレンの工房へ連れ去られた。


 いま、王都の結界は復活している。

 グレンが再度結界を組んだからだ。

 魔王軍は国王を殺したあとは、波が引いていくように、迅速に撤退していった。強力な魔術師が何人もいて、転移魔術を連発したらしい。

 不思議なことに王国民の被害は少なかった、らしい。

 

 当然だが、王都は大混乱になった、らしい。


 俺は自分の目でそれを見ていない。



「あの…… 修道院は…… ダリナ院長は……?」

「あのババアならピンピンしてた。あんぐらいで死ぬタマじゃねーだろ」

「皆さんご無事でしたよ。今は王都の復興に奮闘されているようです」


 俺はホッとした。

 グレンとドリューは王都の様子を見に出掛けて帰ってきたところだった。


「王都は大丈夫なんですか?」

「大丈夫ではないな。王宮は相変わらずアホな内輪もめしてやがる」

「ギルドと教会の一部が王都内の混乱を収めようしてはいましたが……」

「二人とも、ここにいていいんすか……?」


 二人は元とはいえ勇者一行だ。


 俺の言葉にグレンは顔を顰め、ドリューは眉を下げて弱弱しく笑った。


「裏切り者の元勇者の手下なんて願い下げだとよ」

「僕もギルドからしばらく顔を出なと言われました……あはは」


 王都を襲ったのは彼らの仲間である勇者アシュリーだった。

 十年前に世界を救ったあと、行方不明になっていた彼女は、姿を現した。魔王軍の先頭に立って。


「あの、魔王とか、勇者……さんのことってわかりました?」


 十年前勇者たちが倒したはずの魔王が復活したことも、なぜアシュリーが彼らの味方になっているかも、わからなかった。


「俺の予想通り、魔王は俺たちが倒した奴とは別もんらしい」

「アシュリーさんのことは全く…… 王都にはいないことくらいしか……」

「あ~~~~! 情報収集はクリスの担当だったんだよ!! あいつがいれば……ってかあいつのせいじゃねーか!」


 ノリツッコミすな。

 マイペースなグレンもさすがに困惑し、おかしな言動になっていた。


「その……クリス……は?」

「牢獄にいるようです。……せめて彼に会いたかったんですけど、僕たちは門前払いくらいました……」


 曰く、クリスはその後自ら出頭したらしい。

 大人しく牢獄に捕らわれているそうだ。


「クリスはなんであんなことを……」


 俺は自分のしたことを棚に上げているようで罪悪感が増しながらも、そう言った。

 なぜか、グレンもクリスも、俺を一切責めなかった。

 だから、そう尋ねてしまえる。


 グレンは腕組して唸った。


「最近様子がおかしいとは思っていたが、まさかここまでいかれたことするとはな……」

「クリス、僕にも何も言ってくれませんでした……」

「いやお前には言わんだろ」

「は? どういう意味です?」


 お前ら元気だな……


「アシュリー……さんはなぜ魔王軍の味方をしたんですか……?」

「俺が聞きたい……」

「僕もです……」


 三人揃って黙り込む。


 しばらくしてから、グレンが口を開く。


「聞くしかないな、クリスに」

「それしかないですねー」

「え、会えなかったんですよね」

「ま、正攻法で行ったからな。今度は裏口から訪ねてやりゃあいい」


 こいつら、牢に押し入ろうとしている……?


「そうですね。……って、まさか」


 グレンはにやあと笑った。俺に向かって。


「ここで、お前の出番だ」

「……俺普通の鍵開けられないんすけど」

「安心しろ、クリスのいる『赤の塔』は俺でも解除できないガチガチの古代魔術で施錠されている」


 俺が持っているスキルはあらゆる魔術的結界を開けられる、『開錠』だ。

 勇者だったらしい俺に残された唯一のスキル。




 俺は、俺のものだったらしい力を宿した元勇者兼現魔王の手先のさらに手先の元勇者一行の司祭を訪ねに行くことになった。

 説明が面倒くさいな、おい。


 今回は流されただけではない。

 俺は俺の意志で行く。



******


「レオさんの力をアシュリーさんに……移した?」


 俺たちはマントを頭から被った格好で王都を移動していた。

 その最中ドリューが言った。


 ドリューは俺が勇者の出涸らしだということを今回初めて知ったという。


「ああ。俺はその場にいた」


 グレンが言う。


 ………………

 は? おい、こら!!! 聞いてないぞ、それ!!


「俺……初耳なんすけど」

「悪い。今初めて言った」


 視線を逸らしながらグレンが告げる。


「僕も初耳なんですけど! ちょ、なんで教えてくれなかったんですか!」


 ドリューがグレンにかみつく。


「アシュ坊が言わないのに俺が言うわけないだろ!」

「う……それは……」

「ま、クリスも知ってたしお前はいっかなって」

「ちょっとー!!」

「俺、」


 俺が口を開けると、グレンもドリューも黙った。


「俺、グレンにもクリスにも……アシュリーにも会ったことあったってこと?」


 記憶はなかった。全く。


「会ったとは言い難いな。お前は召喚されてすぐ力を奪われて、そのあと倒れた」

「え」

「そもそも、勇者の力を移すはずだったのは、アシュリーじゃなくてあいつの兄だ」


 兄? 勇者の兄?


「え、誰です?」


 何もわからないという顔でドリューが言った。


「当時の王太子だよ」

「あっ、なるほど。……へ?」


 王太子? 王子? それがアシュリーの兄? ということは、


「アシュリーって王族……?」

「アシュリーさんが!? ええっ、うそですよね!?」

「血筋はそうだが、王族とは認められていない。母親が侍女どころか下働きの女だったからな」


 心底クソだなという顔でグレンが言った。


「ど、どうしてそれ僕にも知らされてないんですか……」


 ドリューはショックを受けた顔をしていた。


「知ったらヤベー話だからだよ」


 グレンは溜め息をついてから、続けて言った。


「だから、アシュ坊が父親どもを殺したのはまあ納得なんだよな」


 いや、納得すんなよ。


「……アシュリーさんが僕たちの前から消えたのはそれが理由ですか?」

「わからん。まあ、理由の一つではあるだろ」


 アシュリーは本当に何でも持っていたんだな。


「おい、そろそろ着くぞ」


 グレンのその声を聴き、俺は前を見る。

 目の前にあったのは、塔というには高さがそこまでない、城みたいな建物だった。


「赤くない…… 塔っぽくない……」


 「赤の塔」という呼び名に反して普通の石造りの堅牢そうな建物だった。


「外はな」

「へ?」

「中は真っ赤らしいぜ」


 グレンは口の端だけ上げて、そう言った。


 

******


 爆発音やら剣戟の音を遠くに聞きながら、俺は一人「赤の塔」内部を走っていた。



「俺とドリューで引き付けとくから、お前はクリスを引きずってこい」

「脱獄?!!!?」



 話を聞くだけではなかったらしい。

 いいのか……? いや、いいわけないが。

 だが、俺は彼の話が聞きたかった。


 塔の中はひどい悪臭がした。

 通路に沿ってある牢獄の中には人がいるようだったが、ピクリとも動かない人影がいくつもあった。

 見張りは出払っているようだった。

 グレンとドリューがだいぶ大暴れしているからだろう。いいのか、元勇者一行。


 クリスの所在はグレンが探ってくれていた。この階の一番端らしい。


 俺は真正面の、赤錆た扉に向かって進んで行った。


 窓一つなく、鍵穴もないその扉に触れる。じゃりじゃりという嫌な感触がする。俺はそれを無視して、「解錠」と呟く。いつものようにカチリ、と音がした。扉は中心に切れ目がはいると、左右に開いた。


 俺は恐る恐る一歩踏み出した。

 中は真っ暗だった。


「何をしにきたんですか」


 突然声がして、俺は飛び上がりそうになった。

 俺は左右を見渡したが、声の出どころはわからなかった。

 すると、室内に光が灯った。

 光の隣にクリスがいた。

 別人のように、淀んだ目をして、寝台らしきところに座っていた。顔には殴られたような跡があった。着ている服もところどころ破れていた。


「く、クリス……」


 何してくれたんだ、この野郎。

 お前は俺が出涸らしだって知ってたのかよ。

 というかお前この状態で法術使えんのかよ。

 グレンもドリューも来てるんだぞ。


 様々な思考が頭を巡ったが、出てきた言葉はそのどれとも違うものだった。


「王都をめちゃくちゃにすんのがアシュリーの願いだったのか?」


 クリスは俺の問いに「さあ」と素っ気なく答えた。


「はい?」

「私がアシュリーさんに頼まれたのは王都の結界を壊すことだけです」

「いやいや、めちゃくちゃにするってことじゃん!」

「そうかもしれませんね。魔王と組んでいるとは思いませんでしたが、結界だけを壊して終わりだとは思っていませんでした」


 他人事だよ、この男!


「アシュリーのためだったら何でもすんのかよ、あんた」

「しますよ、当然じゃないですか」


 生気の無い目が突然ぎらぎらと光り出した、気がした。


「彼女は全てを犠牲にして戦い、世界を救ったんですよ。……なのにその見返りはなかった」

「え、いや、そんなことは……」


 ないんじゃないか、という言葉を俺は呑み込んだ。

 クリスが底光りする暗い目で俺を見たからだ。


「王国は彼女には何も与えようとしませんでした。財産も身分も。唯一与えたのは毒杯でした」


 なんだ、それ。

 そんな話、誰からも聞いていない。グレンやドリューからすら。


 クリスは俺の反応を見て、笑った。


「グレンさんやドリューが知っていたら黙っていませんよ。さすがの彼らも王国を見限るでしょう」

「なんで……あんたは知ってんだよ……」

「私がその杯を彼女に渡したからです」

「はあ?!?!!」


 何なんだよ、何なんだよ、こいつは!!


「彼女が飲んで倒れるまで、そのことを知りませんでしたけどね。何も疑いもせず大司教から手渡されたものをそのまま彼女に渡しました」


 吐き捨てるようにクリスは言った。


 何だ、それ……


「アシュリーはそこで死に、私が殺したことにされるはずでした。でも彼女は死ななかった」

「勇者すげえな……」


 思わず出た言葉だった。聞いた途端、クリスが俺を睨み付けた。


「ええ、そうです。勇者の力は偉大ですよ、一度死んだ人間を蘇生させるスキルはね」


 俺は言葉を失う。


 あっちの世界のゲームならHPがゼロになっても、アイテムとか魔法とかで生き返らせることが簡単にできた。

 でも、ここは、そういう世界じゃない。

 死んだ人間を復活させることも、致命傷を負った人間を回復させることもできない。


「薄々おかしいとは私も思っていました。死んでもおかしくない怪我を追っても彼女は回復した。私の法術をかける前に。でも確信はなかった。あの時までは」


 クリスはそこで口を閉じると、俺から目を逸らした。


「彼女は復活すると私にスキルの口止めをしてから、姿を消しました。私は大聖堂付きからゲオルグ教会付きへ降格されました。彼女、姿を消す前に教会や王室に脅しを入れていたようです。私を消すなら、今回の件をバラす、と」


 クリスは溜め息を付いた。


「喋りすぎました。もう帰ってください」


 俺だって帰りたい。

 だが。


「グレンにあんたを連れてこいって言われた」

「あの人らしいですね。あなたは私の時と同じように他人に言われるがまま、ですか?」


 こちらをバカにしたような顔でクリスは言った。


「いや、俺はそうすべきだと思ったから来た」


 結果的にグレンに言われるがままには、なっているが。


「俺は……知りたい。アシュリーがなんでこんなことをしたのか。俺のしてしまったことは許されないけれど」


 俺はまだ起きたことを受け止めきれていない。

 俺のせいで人が死んだ。王都がめちゃめちゃになった。


「あんただって知るべきだ」

「彼女はこの国を滅ぼしたかっただけでしょう」

「そんなわけないだろ。だったら、あんたも俺もここでこうして生きてるはずないだろ」


 クリスは黙り込む。


「俺はもう何も知らないままでいるのは嫌だ」


 それが直視しがたいものだとしても。


「おいお前ら何ちんたらやってんだよ!!」

「クリスー!よかった無事でしたかー!」


 そのとき、グレンとドリューがやって来た。


「うわ、まだ生きてたんですねヘボ魔術師。ドリューも息災でよかったです」

「おいコラこのクソ生臭坊主」

「二人とも止めてください! そろそろ脱出しないとヤバいですよ!」


 グレンが転移の魔術陣を組み始める。

 俺は座ったままのクリスの腕を取り、引っ張る。

 彼は抵抗せずに付いてきた。


「よーし、全員陣の中に入ったな。撤収だ!」


 そうして、俺たちは塔を出た。




******


「魔王城?」


 北の最果ての地にある、魔王軍の根城。

 俺の言葉にクリスは頷く。グレンとドリューは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「やっぱあそこかよ……」

「そっかー、再建したんですね……」

「そこにアシュリーがいるんだな」

「ええ」


 あのあと王都を脱出し、グレンの工房に戻ってきた。

 着いてすぐ、グレンがクリスを殴ろうとしたが、ドリューに止められたのと既に誰かに殴られた跡に気付いて、大人しくなった。


 クリスにアシュリーの行方を尋ねたところ、そう答えが返ってきた。


「アシュリーさんが言ったんです。行くところがないなら、魔王城に来ないかと」


 クリスはそれを断り、アシュリーと別れ、自ら牢獄にぶち込まれに行ったらしい。


「魔王城まで転移って出来るのか?」


 俺はグレンの方を向いて、尋ねる。


「転移魔術はそんな万能じゃねえよ。ま、前回の時に各地に陣作ってったから、休み休みいけば、まあ行けるかな」

「大したことないですね、ヘボ魔術師」

「おいコラ生臭坊主」


 お前らなんだかんだで仲良いな……


「俺、アシュリーに会いたい」


 俺がそう言うと、皆黙った。


「アシュ坊に会ってどうすんだ?」

「……とりあえず話してみたい」


 グレンは、はー、やれやれとでも言うように肩を竦めて言った。

 

「アシュ坊、話聞くかわかんねーけどな。いいぜ」

「僕もアシュリーさんにまた会いたいです」


 ドリューが続けて言った。


「……どうせ私も行く場所ありませんから」 


 お供しますよ、とクリスが言った。



 そうして、俺たちは魔王城へ行くこととなった。



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