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出涸らし勇者と腹黒僧侶

「おーい、レオ」


 その声に俺はハッと身体を起こす。

 俺は礼拝堂の椅子の上にいた。箒を抱きしめながら、うたた寝してしまっていた。

 俺に声を掛けてきたのは顔見知りの修道士だった。


「なにしてるんだ?」

「え、えーと、祈ってた……?」


 サボって寝てました、とはさすがに言えない。

 修道士は怪訝な顔で俺を見た。


「はあ? まあ、そういうことにしておくよ」

「わはは」

「そんなことより、お前のこと探してんだよ。院長の使いでゲオルグ教会に行けって」

「え、なんで俺が?」

「知らんよ。俺も副院長からお前に伝えろって言われただけだし」


 最近のダリア院長の人使いの荒さは酷くないか?

 オッサン魔術師の自宅に突撃させられたり、まったり隠居してた戦士と一緒にダンジョン探索させられたり。

 でもそれに比べれば王都の中の移動だけだから、まだマシか。


 ちょうど、気分転換したかったから、渡りに船だ。


 俺は修道士から書簡を受け取り、教会までの道のりを聞くと、修道院を出た。


 目指すゲオルグ教会は、王城のすぐそばにあった。王都の城壁の中にギリギリあるうちの修道院からは距離があった。

 それでもグレンの工房や西の森のダンジョンよりは近い。

 俺は散歩気分で教会へ向かった。


 王都の大通りを歩く。人通りが多く、賑わっている。

 通勤で通り過ぎていた渋谷を少しだけ思い出す。あっちとこっちを単純に比較は出来ないのだが。あっちと違って観光客はいない。様々な人種の人々が行き来するのは同じだが。人間だけでも色々いる。俺と同じアジアっぽい顔の奴もそこそこ見る。身長が低いが体格はいいドワーフや、毛皮を纏った獣人など。元勇者一行の戦士ドリューはドワーフにしては長身だった。

 最初の頃はドワーフや獣人を見る度凝視してしまったが、さすがに今は慣れた。尖った耳のエルフなど滅多にいない種族だと今でもついまじまじと見てしまいそうになるが。


 そうこうしている内に目的地に近付いた。

 王城は、小高い山の上にあり、王都のどこからでも見える。

 が、こんなに近付いたのは初めてかもしれない。

 結構デカい建物だ。高さはあっちの世界の高層ビルと比べると大したことないが、石造りのいかめしい城は鉄筋コンクリートの無味乾燥なビルより迫力があった。

 用があるのはその城ではなく、離接する教会だ。

 話によると、王城の中にはそことは別に立派な大聖堂があるらしい。



「大聖堂って、どんなとこなんすか?」

「簡単に言うとゴミ溜めですね。ああ、レオいくらあなたの仕事が掃除とはいえ、あそこはしなくていいですよ」


 院長の言葉が蘇る。

 あの人結構毒舌なんだよな。あと、頼まれたってそんなお掃除したくありません。

 

 それはさておき目的地だが……随分小さい教会だな。

 まあ、うちの修道院はそこそこ大きいらしいし、立派な王城がでてーんと隣にあるから貧相に見えるだけかもしれないが。


「おじゃましまーす」


 恐る恐る俺は教会に足を踏み入れる。

 俺の声が反響する。

 反応はない。

 礼拝堂の中は、人の気配も、ない。

 入り口に教会名が書いてあったから、ここで間違いないと思うのだが。


「すみませーん、ノースウッズ修道院から来た者ですけどー 誰かいませんかー?」


 ガキの使いみたいで恥ずかしいが、開き直るしかない。


「いませんかー? いませんねー? じゃあ出直しまーす」


 俺がそそくさ出ていこうとしたとき、


「お待たせしました」


 落ち着いた若い男の声がした。

 振り向くと扉を背に、糸目の男が立っていた。俺と似ているが少し違う黒衣を着ていた。

 さっきまでは後ろに誰もいなかったのに……


「あーと、ダリア院長からこちらを預かってきたんですが……」


 俺は恐る恐る男に書簡を差し出す。男は承りますと言って、受け取った。封を剥がし、書面をさっと読むと、男は俺の方を真っ直ぐ向いた。目を閉じているようにしか見ないんだが、こっちのことは見えてるんだろうか……?


「あなたがレオ殿ですか?」

「え、あ、はい……」

「すみませんが、こちらからも一つお願いをさせて頂けないでしょうか?」


 丁寧だが、有無を言わせぬ口調で男は言った。




******


「私はクリスと申します。クリスと呼んで下さって結構です」

「クリス……さん」

「敬称は結構です」

「は、はい……」


 あのあと、俺は司祭の男ーークリスに頼まれ、教会の裏手に回った。その間に自己紹介されたのだった。


 クリスって、なんか聞いたことある名前なんだよな。まあ、でも漫画とかゲームでよくある名前だし、あっちの世界の何かと混同してるんだろうな、と気にしなかった。


 そこは裏庭になっていた。クリスは物置らしきボロそうな小屋に向かう。その物置の扉を開けると、中には地下へ向かう階段があった。


「この地下室から続く通路はとある塔に繋がっていまして、そこにあなたのスキルで開けていただきたいものがあるんです」

「はあ…… えーと、もしかしてダリナ院長からの手紙って……」

「……はい、あなたが『解錠』のスキル持ちと」


 あのおばさん人遣い悪すぎだろっ!


 俺はクリスの後を付いて、階段を下った。

 暗いな、と思った次の瞬間、電気でもついたように周りが明るくなった。

 クリスが持った杖から光が溢れていた。


「お……魔術……っすか?」

「いいえ法術です」


 クリスは穏やかな表情は崩さなかったが、少しムッとした声音で言った。


「あ、すんません……」


 俺はいまだによくわかってないのだが、魔術と法術は違うものらしい。一度仲良くしている修道士に説明して貰ったのだが、さっぱりわからなかった。わかったことは、法術は、攻撃が出来ないということだけだった。

 この前たまたま遭遇したグレンにも聞いてみたが、法術も魔術もおんなじもんなんだよボケと面倒臭いオタクみたいなことを言い出したので半分以上聞かなかった。今度ドリューにも聞いてみよう。ドリューはこっち側だと信じて……! 確か勇者一行に法術使いの僧侶がいたらしいし。


 クリスの法術で出した灯りは、ドリューと挑んだダンジョンで使ったグレンの魔術による灯りより、明るく、優しい感じがした。グレン本人の感じが悪いからそう見えてるだけかもしれないが。


 俺はクリスのあとに付いて、しばらく歩いた。

 階段は終わり、石造りの通路が続いた。


「結構……遠いんすね……」

「もうすぐ着きます」


 クリスが杖を掲げる。前方に先ほど降りてきたのと同じような階段が見えた。



 俺たちは階段を上った。

 階段の先には扉があった。両開きの扉は固く閉じていた。

 クリスが開こうとしたが、びくともしなかった。


「レオさん、こちらお願いします。特殊な術で施錠されていますのであなたのスキルで」

「は、はい」


 クリスと場所を代わり、扉の前に立つ。

 俺は右手で扉に触れ、『解錠』と囁く。カチリ、と音がする。右手に力を入れると、扉は徐々に開いていった。

 よしよし上手くいったとは思うものの、ふと、これは開けてもいいものだったろうかと思う。まあ、ダリナ院長から許可出てるなら大丈夫だろう。あのおばさんは何だかんだで俺に本当に危険なことはさせない。多分。


 クリスと俺で扉を開く。

 扉の向こうも、作りは違うが石造りの空間が広がっていた。

 そこは円形の空間で、天井が高かった。壁に沿って階段が上へと続いていた。

 ここが目的の塔、らしい。


「もしかして……上ります?」

「はい」


 うえーと俺は心の中で呟いた。塔というから、まあ、それは上ることに、はよ気付けという感じだが。

 ちょっと、漏れ出ていたかもしれない。クリスが苦笑した。


 ここまで来たなら最後まで行くか、と俺はクリスのあとに続いた。




「俺が開けるのってどういうものなんすか?」


 前を行くクリスに尋ねる。

 彼は振り返らずに答えた。


「ある人を助けるためのものです」


 えっ、なんでそんな抽象的なんだよ。


「え、えーと、ある人って……?」

「私を……私たちを助けてくれた人です」

「恩人……っすか?」

「……そうですね。恩人という言葉では言い表せないんですが」

「はあ…… ええと、じゃあ、その人が上にいるんですかね?」


 この塔の中は明らかに人の気配はなかったが、一応聞いてみた。


「いいえ……彼女は、ここにはいません」


 女なのか。

 ふーん、そういうことですか。


 この世界の聖職者は結婚できない。


 俺は他人の色恋沙汰に巻き込まれたらしい。


 いや、よくダリナ院長許したな!? 大抵のことは表立って怒らない院長だが、他人の痴情のもつれーー特に貴族や王族のやつーーについては修道院のみんなが震え上がるほどブチキレる。

 曰く、院長は若い頃に貴族の婚約者がいたらしいが、なんやかんやあって婚約破棄になって修道女になったらしい。詳細を聞いたら命は無いと思え、ということを親しい修道士に言われた。


 いや、まあ、色恋とも限らないか。

 とりあえず帰ったら院長にチクろう。訳分かんないまま巻き込まれたんだし。



 大分上ってきた気がする。塔には窓がなく、クリスの灯りだけが光源だった。


「……彼女は強い人でした」


 なんか語り始めた。


「でも彼女の強さは、彼女自身を救いはしませんでした」


 クリスの口調は淡々としたものだったが、口を挟めない重い雰囲気を纏っていた。


「だから私は彼女の唯一の願いを叶えたいのです」


 ぴたり、とクリスは止まる。


「着きました。こちらです」

「え、あ、はい」


 また扉があった。


「ここから先、私は行けませんが、扉を開けて、部屋の真ん中にある魔術陣の解錠をお願いします」

「は、はい…… 『解錠』」


 俺は扉の取っ手に触れて、スキルを発動させた。カチリと音がして、取っ手が回り、扉が開く。

 クリスは後ろで黙っていた。


 部屋に入って、俺は息を呑む。


 その部屋の床にも壁にも天井にも青く光る魔術陣がびっしりと描かれていた。

 そして、俺に反応でもするように、歩く度に魔術陣がさらに光った。

 部屋の真ん中らしき場所に辿り着くと、俺を中心にさざ波のように光が強くなっていった。


 いや、これ、なんかヤバい気がするんだが!?


「あ、あのクリス!?」


 開いた扉の向こうで、クリスはこちらを見ていた。目を見開いて。


「……やはり」

「これなんかヤバくないですか?!」


 クリスの方に行こうとして、俺は文字通り固まる。

 足がほとんど動かない。ちょうど今立っている、肩幅くらいの魔術陣の中くらいしか動けない。


「え、ちょ?!」


 おいおいおい、これトラップか!?


「……あなたのスキルで『解錠』しないと出られませんよ」


 おいコラこの野郎!!


「恩人のためって……嘘だったのか!?」

「少しは人を疑ったらどうですか?」


 うっわ、クソムカつく!


「この……生臭坊主!!」


 ずっと涼しい顔をしていたクリスだったが、俺の言葉にピクリと眉を動かした。


「その呼び名、久しぶりに聞きました。人々は私を『聖者』と呼びますから」

「え」


 聖者、その名に聞き覚えがあった。


 勇者一行の法術使いの司祭。

 幾度も奇跡を勇者一行に齎した者。


「クリスって…… あの聖者クリス!?」

「そうです。大変不名誉な呼び名ですが」


 忌々しげな口調でクリスは言った。


「いやお前何やってんだよ!?」

「私は私がすべきと思うことをしています。かつても、今も」


 何だこいつ、イカれてるのか!!


「てめ……っ!」


 俺は思わず、床に脚を付く。

 目眩がした。


「早く解錠しないと、あなた死にますよ」

「はい?!」

「この魔術陣は生命力を吸い取りますから」


 おいおいおいおい。


 俺は『解錠』しようとして、手を止める。



 いいのか、本当に?


 この魔術陣が何のためにあるかは、魔術がさっぱりな俺にはまるでわからない。

 でも、何かヤバいものであるのは感じる。

 出涸らしでも俺は勇者……らしいから。関係あるかわからないが。


 だが、どんどんクラクラしていく。このままいくと本当に俺は死ぬかもしれない。


 俺は何も知らないんだ、何を迷うことがある?

 だが、これを解くことは取り返しのつかないことになる気がしてならない。

 でも、俺は死にたくない。


 死にたくない? この俺が?


 かつて、職場のトイレで、スマホで死ぬ方法を検索して、でも見つからなくて、高層階のここは、窓さえ開けられれば、すぐに自由になれるのに。でも高層階の窓は開けられない作りだった。


 そう、思っていた自分が。


 この世界に居場所があるわけでもない俺が。

 俺があっちで生きた意味も、こっちに来た意味すら無いのに。


 でも、それでも、俺は死にたくない。



「『解錠』」


 俺がそう告げると、カチリという音のかわりに、生き物が泣き叫ぶような甲高い音がした。それから、部屋の魔術陣が目も眩むほどの光を発した。


 俺が覚えているのはそこまでだった。


 俺は正体のわからない罪悪感を覚えながらも、死にたくないのは当たり前だったということがかけがえのない気付きのように感じながら、意識が遠のいていった。




******


 その日、王都を守る結界が突如消失した。

 魔王との戦いにも持ち堪えた強固な、人類最強の結界だった。



 その結界が消えたと同時に、魔族の一軍が王都を襲った。またたく間に王城に到達したその魔族の軍団の先頭には、白銀の長い髪に蒼い目をした凄まじく強い人間の女がいた。


 彼女を見た人間たちは一人残らず驚愕した。


 かつて世界を魔王から救った勇者アシュリー、その人だったために。




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