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出涸らしモブと気弱な筋肉

「おいレオ、ツラ貸せ」

「へ?」


 突然扉を蹴破るようにしてローブを着た男が入ってきて、そう告げた。



******


 その日俺、藍川あいかわ怜央れおはいつものように礼拝堂の床を掃いていた。

 ただ、頭の中は先日のことでいっぱいだった。


 俺が、勇者。

 十年前に召喚された。

 でもいま、勇者としての力は「解錠」のスキルしか残っていない。


 あれから、ダリナ院長から詳しい説明はなかった。

 恥を忍んで他の修道士に「勇者って二人いるのかな……?」と聞けば、何言ってんだコイツという表情でそのまんまの返答をされた。これでも遠慮して、俺って勇者だったんですかね? とは聞かなかったのに!!


 十年前…… 俺はいま二十四だから、中学二年の頃のこと。

 いやいや、そんな記憶ないけれども?!

 あ、いや、時間の流れはあっちとこっちで違う可能性あるか。子供の頃に読んだファンタジーでそういうのあった気がする。よく覚えてないけど。


 気にはなった。

 本当の話だったのならこの世界から、元の世界に戻る方法があるということだ。知りたい。


 だが、ふと思った。

 俺は本当に帰りたいのか? 


 こっちは、メシは不味いし、あまり衛生的ではないし、人権? 何それ食べられる? みたいな酷いところだ。


 でも、それでも。

 自殺する気力もなくなるほど虐げられる、あちらの世界に戻りたいとは思えない。

 帰りを待っている人もいないし。



******


「ええと……どちら様でしょうか……?」


 男は俺よりは年上、多分大体三十代くらいで、ムカつくことにちょっとイケメンだった。濃い目の顔立ちの。

 そして、どことなく聞いたことのある声だった。


「グレンだ! この前も会ったろうが!」


 男は怒鳴った。うるさい。

 グレン? 勇者一行にいた魔術師の?

 いやいや、臭くて汚いオッサンだったろ、グレンは。

 と言いたいところだが、我慢した。こういう手合は下手に刺激しない方がいい。


「あらあらグレン殿」


 俺の後ろからダリナ院長の声がした。

 気配も音もしなかったが!?


「まだ生きてたのかババア」

「お陰様で。あらあらさっぱりしていい男っぷり」


 本物らしい。


「今日はどうなされたの?」

「そこのそいつ借りる」


 濃い目イケメン改めグレンは俺を指差した。おい、人を指差すな。

 というか、借りるって何だよ!?


「あらあら。ちゃんと返してくれるならいいですよ」

「院長!?」


 俺をモノ扱いするな!!


 その後、俺はグレンに首根っこを掴まれて、引きずられていった。


 ダリナ院長は「お仕事ですよ、レオ」と言って快くオレを見送った。見送るな!!



******


「ダンジョン攻略?」


 王都の寂れた区域を俺とグレンは歩いていた。


「ああ。西の森を越えたところに最近見つかった」

「ダンジョンってあんたらが全部攻略したんだろう?」


 ダンジョンというは、魔獣がわんさかいる迷宮のようなものだという。魔王が勇者を誘き寄せ殺すために造ったもの、らしい。

 グレンをはじめとする勇者一行がそれらのダンジョンを全て探索し、最深部に必ずいる魔王軍の高位幹部を撃破していた。魔王無きいま、新しくダンジョンが作られることはないはずなのだが。


「そのはずなんだがな。一週間前に突然出現したらしい」

「なんだよ魔王でも復活したのかよ」


 その言葉にグレンはギロリと俺を睨んだ。思わず、俺は怯む。グレンは何も言わなかった。


「宮廷魔術師とギルドと教会で、どこが攻略するかモメてな」


 さっきの俺の言葉を無視してグレンは言った。


「ふーん。まあ面倒くさそうだもんな」

「そんなわけで俺たち元勇者一行に指名が来た」

「オッサン、素直に受けたの?」

「オッサン言うな。俺もちょいとそのダンジョンに用があったからな」

「なんで俺まで巻き込まれてんの?」

勇者一行だからな」


 いや、だから、それに覚えがないって言ってるんだが……


「冗談だ。お前のスキルがあれば楽に攻略出来るからだよ」

「ふーん…… ていうか西の森に行くんじゃないのか? 方向逆だけど」


 今いる区域は王都の東側だった。王都は周囲をぐるりと城塞に囲まれ、東西南北に門があった。


「もう一人ツレがいるんだよ」


 にやりと笑ってグレンは言った。



******


「帰ってください」


 いやに筋肉隆々としたチョビ髭の男は扉を開けてグレンの顔を見た途端、そう言った。


「まだ何も言ってないだろ!?」

「グレンさんが僕を訪ねるなんてロクな用事じゃないに決まってるじゃないですか……」


 男は立派な体格の割に、弱々しい口調で言った。


 信用されてないな。まあ、わかる気はする。うさん臭いもんな、このオッサン。


「俺たち仲間だったろう!? なあ、ドリュー!」


 戦士ドリュー。

 勇者一行の一人で、ドワーフを父に人間を母に持つ混血の戦士。

 そして元奴隷で元剣闘士。剣闘士、というか彼らが参加した闘技場自体今では廃止されている。闘技場自体当時から既に非合法だったらしいが。

 当時最強と称されたドリューを、飛び込みで参加した勇者が、決勝戦で負かし、なおかつ闘技場を破壊するほど暴れまくり、最終的にドリューをパーティーに迎え入れた、らしい。

 全部、勇者オタクの修道士から聞かされた話だ。


「僕たちのパーティーはもう解散したんですよ。そもそも、アシュリーさんがいないパーティーに僕はもう……」

「アシュリーに関係することだ」


 え、とドリューは驚きに固まる。

 アシュリー、勇者アシュリー。

 魔王を倒した勇者。

 現在、行方不明、らしい。


「もしかしてアシュリーさん見つけたんですか!?」

「確証はないが可能性は高い」

 

 食い付いてきたドリューに、グレンは神妙な顔で答えた。


 え? そういう話だったか?


「お前の力が必要なんだ、ドリュー」


 戦士ドリューが仲間になった!


 ……いいのか、これ?



******


 ドリューが斧を一閃すると、ゴブリンは文字通り真っ二つになった。


「ふう。レオさん、怪我はないですか?」

「だいじょぶっす……」


 俺とドリューは二人っきりで、塔を登っていった。

 グレンは塔の入り口で待機している。


******


「あんたは来ないってどういうことだよ!?」

「そうですよ! また自分だけ楽する気ですか!?」

「うるせえ。てめーら二人で十分だろうが!」

「俺は非戦闘員だ!」

「僕だってもう現役じゃないんですよ!」


 塔まで来たところでグレンが自分は攻略に参加しないと宣言したのだった。


「こいつのスキルとお前の馬鹿力があれば楽勝だろ」


 グレンは俺の言うことなんか聞いちゃいないし、体格の割にドリューは押しが弱く、俺たち二人は押し切られてしまった。


******



 封印がされた入り口を俺のスキルでサクッと解放する。それを見てドリューはおおと感嘆した。ちょっと気分がいい。

 塔の中には階段がなく、一フロアごと上に行く魔術陣を見つけて、封印を解いて、という手順を取らないといけない。魔術陣があるのも鍵が掛かった部屋の中だったり、鍵を手に入れるには仕掛けを解かなければならなかったり、魔術陣の封印を解くためにも灯りに火を灯さなければいけなかったり、と面倒臭い。かつ、数は少ないが魔物が出現した。

 が、俺の「解錠」スキルがあれば、鍵付きの部屋は即開錠、封印された魔術陣も即開錠、とサクサク進める。物理の鍵開けは出来ないのだが、このダンジョンは魔術で作られているため、許容判定されているらしい。


「レオさんのスキル凄いですねー」


 お世辞ではなく、心からそう思っているように見えた。


「え……いや……俺なんて全然……」


 長いこと、他人から褒められることがなかったので、俺は思わず挙動不審になる。


「ドリューさんの方が凄いっす」


 ドリューは魔王を倒した後は、冒険者ギルドに所属してソロで依頼を受けていた。が、数年前にギルドを辞め、冒険者も引退している。

 ブランクがあるはずなのに、戦斧を自在に振るう姿からはそれを感じさせない。


「僕はこれくらいしか出来ないからね……」


 照れたような顔でドリューは言った。


「レオさんのスキルは本当に有り難いんだけど、巻き込んじゃったみたいでごめんね……」


 すまなそうにドリューは言った。


「いやいやいや! ドリューさんが謝らないでください。というか悪いの全部グレンさんだと思います」

「うん、そうだね…… でも元仲間として謝りたくてね…… 君には全く関係ないことなのに」


 ドリューは俺が元勇者(?)というか勇者の出涸らしだということは知らないらしい。グレンに無理矢理巻き込まれただけの善良な教会の人、というのが俺に対する認識らしい。

 グレンと違ってこの人なら尋ねれば色々話してくれそうだったから、残念だ。


 会話が途切れる。

 塔の中には灯りがないが、グレンが俺とドリューの周囲を照らす魔術をかけたので、困りはしない。一応魔物避けもかかっているらしい。

 自分たちの周りに広がる暗がりが怖いわけではないが、無言だと気詰まりではある。


「勇者……さまって、どんな人だったんですか?」


 そういうわけで俺は無理矢理話題を捻り出した。俺と無関係ではない人物だから、噂は色々聞いているとは言え、気になるのは確かだ。


「アシュリーさんですか? そうですねえ……」


 そう言ったきり、ドリューは口を噤んだ。眉間に皺を寄せて、考え込んでいるようだった。


「強い人……ですかね」


 しばらくしてから、ドリューはそう言った。


 そりゃあ、魔王を倒したんだから、ハチャメチャに強い奴だろう。もうちょっと、仲間だけが知る一面とかを知りたい。

 と、不満に思ってるのが俺の顔に出てしまったのか、ドリューは慌てて言い添えた。


「あ、あの、戦闘力だけじゃなくてですね、うーん……心もとても強い人でした」

「そうなんすか……」

 

 メンタルへろへろでは、確かに魔王は倒せなさそうだ。


「それに、とても優しい人でした」

「そうなんですか…… 人助け沢山されてた、とかですか?」

「人助けは……あんまりしてなかったですね」


 ドリューはちょっと目を泳がせて言った。

 してないんかい!


「人助けするのは……クリス、法術使いの司祭の仲間がよくしてましたね。アシュリーさんはいつも嫌な顔しながらそれを手助けして、グレンさんはぐちぐち言いながら見守っていました」


 グレンは簡単に想像がつく。

 というか、勇者って些細なことでも人助けするものかと思ってた。


「でもアシュリーさんは、誰かを見捨てることは絶対にしませんでした」


 遠い憧れを見つめるような目で、ドリューは言った。


「クリスも、僕も、グレンさんもアシュリーさんに助けて貰ったお陰で生きているんです」

「ええと、闘技場の……」

「はい。何もかも諦めていた僕を文字通りひっ叩いて、立ち上がらせてくれたんです」

「うへえ……」


 勇者の「ひっ叩き」は強烈そうだ。それだけで死ぬ奴もいるんじゃないか。

 ドリューはそれに耐えたってことだから、この人もヤバいな。


「それに闘技場の魔獣にやられそうになったとき、アシュリーさんが俺を庇ってくれたんです」


 そう言うと、ドリューははにかんだような笑顔になった。


「僕、他の人も守って貰えたの初めてで、嬉しかったです。でも、アシュリーさんは魔獣に思いっ切り首に噛み付かれて…… あのときはもう駄目かと思いました」

「え、それ、本当に大丈夫だったんすか……?」

「大丈夫ではなかったんですが、アシュリーさんは何とか自力で魔獣を倒してました」


 勇者ヤバすぎる。

 でも、そのくらいタフじゃないと魔王なんて倒せないか。


 俺ではなく、彼女が勇者で、正しかったんだ。


 俺は自分のことだけで精一杯で、他人のために、命をかけて戦うことなんて、きっと出来なかっただろう。


 十年前の俺は知らんが、二十四歳になった今の俺ならはっきり言える。

 勇者になんか、頼まれたってなりたくない。


 多分ヌルい難易度であるこのダンジョン探索だって、気付かれないようにしているが、早く帰りたくて仕方ない。

 魔物はキモいし、いくら魔術の灯りがあるからって言っても暗いし、そもそも怖い。

 強いけれど、物腰が柔らかいドリューと一緒だから耐えられている。グレンとだったら無理だった。

 というかこの人、護衛とかの仕事で引っ張りだこなんじゃないのか。グレンは絶対嫌だが、ドリューになら護衛して貰いたい。


「そういえばドリューさんって今は何されているんですか?」

「あ…… 今は……ええと……何もしていません……」

「アッ…… すみません……」

「いえ! 謝らないでください! ……本当はわかっているんです、ギルドに戻るべきだって」

「いやいやいや! 無理に戻らなくたって……!」


 なぜかフォローしてしまう俺。

 元社畜として人は働くべきだという思考が俺の中で鳴り響いているが、心身ぶっ壊してまで働くべきではないという正論も同様に鳴り響いている。俺は俺の意志で正論の方にしがみ付こうとしている。


「一応王様から一生働かなくてもいいお金は頂いているんです」


 あ、いまドリューのことがちょっと嫌いになった。

 社畜は不労所得で生きている人間のことは勿論そんなに好きではない。


「冒険者の仕事は楽しいですし、やりがいがあったんです」


 どうしよう、ドリューから心の距離が離れていく。

 伊達にブラック企業勤務ではなかったので、仕事が楽しいとかやりがいとか、知らない子ですね。やりがい搾取ですらなかったからな、元弊社は!


「でも…… アシュリーさんの件があったから」

「え?」


 どういうことか、尋ねようとしたところ、ドリューが足を止める。

 俺もつられて、止まり、前を見る。

 目の前には、髑髏とか髑髏とか髑髏で装飾された扉があった。真ん中には明らかに人間ではない大きさで、角まで生えた頭蓋骨があった。

 趣味悪いよ。


「多分ここがこのフロアの最深部ですね」

「そうなんすね……」

「レオさん、開錠お願いできますか?」

「はーい」


 俺は趣味悪グロ扉に手を触れる。


「『開錠』」


 中央にある髑髏がグワッと口を大きく開ける。顎外れてる、絶対。

 そして口から光を放つ。俺は思わず目を瞑る。

 しばらくして目を開くと、扉の髑髏がさらさらと砂になっていった。


「開けます」


 そう言って、ドリューは扉を押し開いた。ギギギ、と重々しい音がして、徐々に扉が開いていく。

 扉の向こうは広々とした空間になっていて、ドラゴンが一頭いた。

 慌てて俺は扉の傍から離れて、蹲る。

 ドリューが部屋の中に駆け込んでいったのを音だけで知る。

 戦闘中、俺はただのお荷物なので、こうして退避している。


 凄まじい音がする。デカい生き物が動き回り、悲鳴を上げる。


 戦わない俺が言うのもなんだが、どうしてドリューは一人であんなのに立ち向かえるんだ。加えて、どうして倒せてしまうんだ。


 音が止む。

 それから、カツカツとこちらに近付く音がした。


「レオさん、終わりました。怪我とかないですか?」


 血まみれになったドリューが心配そうに言った。


「いや、それはこっちのセリフです…… 平気っす…… あの…… 大丈夫ですか……?」

「あ、これ大体返り血なんで大丈夫です」


 こわ。


「それより奥に何か封印されてるみたいで、見にきて貰えますか?」

「は、はーい……」


 俺は恐る恐る部屋の中に入る。

 首と胴体がさようならされて転がっているドラゴンに近付かないようにしながら、奥へ行く。

 他と同じ石造りの部屋の奥には、台座のようなものがあり、その上に小さな宝箱みたいなものがあった。

 俺はそれに触れて、「『開錠』」と唱える。カチリ、と音がする。

 恐る恐る俺はその宝箱を開く。

 中には二つの銀色のブレスレットがあった。大分ボロボロで、刻印とかがあるようだが、かすれていた。


「これ……」


 呆然とした声でドリューが声を上げた。


「アシュリーさんがしていた腕輪だ……」




******


「レオ、ご苦労様でした。ダンジョンは無事封鎖されたそうですよ」


 ダリナ院長の声に俺は顔を上げる。床の亀裂に入り込んだ埃をなんとかほじくりだそうとしているところだった。


「そうですか……」


 あのあと、俺とドリューはあらかじめグレンに持たされていた、ダンジョンの入り口まで瞬時に移動する魔術アイテムを使って、脱出した。

 ドリューはブレスレットをグレンに突き付けて、どういうことかと彼に迫っていた。

 勇者アシュリーが片時も離さず、利き腕の右手につけていたという銀の腕輪が、二つ。アシュリーが付けていたのは一つだけだ。


 勇者アシュリーは行方不明。腕輪だけが出てきた。しかも一つ余計に。


 腕輪の存在はグレンにも想定外らしく、真剣な顔でそれを眺めまわしたのち、自分が預かる、と告げた。

 ドリューは何かわかったら絶対に自分にも知らせるようにとしつこくグレンに言い募った。


「あの腕輪ってなんなんだったんですか……?」

「グレン殿と教会で調査中です」

「はあ」



 今回もいいように振り回されただけだったなあ。


 ただ、ドリューとはその後も何回か会って、茶飲み友達になった。

 俺と同じように振り回される側の人間の匂いがして、落ち着くのだった。


 まあ、勇者なんてやっぱり俺はならなくてよかったなあ。

 と、のほほんとしていられるのはこの時までだった。


 出涸らしといえど、俺は勇者だった。

 それをこののち、思い知らされることになる。


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