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幕間

本編に関わらない、グレン視点の話です。読み飛ばしても頂いても支障ありません。

 魔術師は大きく二つに分けることが出来る。


 クソか、筆舌に尽くしがたいクソか、だ。

 魔術師が例外なくクソだというのは常識だ。


 俺はクソのほうだと思っていたが、最近筆舌に尽くしがたい方だと、自覚した。

 やっと。



 俺の名はグレン・フォーリー。

 元宮廷魔術師で、勇者の魔王討伐に同行した魔術師でもある。

 魔術について、自信はある。

 魔術師も非魔術師までもやたら有り難がる古代魔術も使える。というか他の奴らが扱えない方が理解に苦しむのだが。

 古代魔術は千年前に滅んだ帝国で編まれた魔術だ。帝国の崩壊と共に失われた、とされた。正確には古代魔術を会得した魔術師が全滅した、と記録されている。魔術書の類も帝国とともに焼け落ちたという。

 けれどもその古代魔術で作られたものは、今も多く残っている。そういうものから解読していけば、再現することは不可能ではない。俺は出来た。


 そんなわけで、俺は若くして宮廷魔術師に着任し、当時はブイブイいわせていた。


 王都の外では、魔王軍の侵攻が苛烈になっていった。

 王国一どころか、大陸一の強固な防御結界を城壁に沿ってぐるりと施した王都の中は、安全そのものだった。

 今も使われている王都の結界を組み上げたのは俺だ。


 あのときの俺は、世の中のことを理解している気になっているだけの、ただの若造だった。

 それで世界を守っていると信じ切っていた。




 その儀式が行われることを知らされたのは当日の朝だった。


「はあ? 召喚? 何を」

「『救い主』だそうですよ」

 

 教会から来た、糸目の若い司祭クリスが答えた。

 そいつも俺と同様に急遽儀式に協力させられることになったらしい。法術の天才だというのは俺も聞いたことがある。

 俺やクリスを始めとした教会の法術使いたちは、王城の隅にある青の塔の一室にいた。

 

 このときは俺もクリスも、自分たちが長い付き合いになるとは、夢にも思わなかった。


 世の中の奴らは魔術と法術を別物にしたいらしいが、俺に言わせればどっちも同じものだ。帝国崩壊後に体系化された法術は、神への祈りにより治癒と防御の術を成り立たせるもの、とされる。いや、ただの治癒魔術と防御魔術だろ。その辺にいる生臭坊主どもを見ろ。あんな最低な輩でも使えるものなんだから、奇跡でも何でもない。


 そういうわけで、教会の法術使いどものことを俺は同業と見なしていた。

 向こうからすると、魔術師というのは、神の御業を弄ぶ背信者、らしい。一番過激な派閥によると。

 笑えることに、教会内も、魔術師同様に幾つもの派閥に分かれて闘争を繰り広げているらしい。

 笑えないが、大層笑える。


「『救い主』? 相変わらず教会の連中は頭ん中がお花畑すぎねえか?」


 その言葉にクリスは困ったような顔で黙った。そのとき室内には他にも教会から来た奴らがいて、そいつは明らかに青筋を立てていた。


「今回の召喚の儀は王家が主導されているとか」

「は? 嘘だろ」

「……私はそう司祭長から聞きました。つい先ほど、こちらに来る前に」


 周りの名も知らん奴らが勝ち誇ったような顔でこちらを見た。


 王家主導ということは、実働は宮廷魔術師ということだ。


「俺はそんな話聞いてねえぞ」

「ああ、君には話していなかった」


 割り込んできた声がした方を向く。

 現宮廷魔術師筆頭ジュードがいた。

 当時の俺の中の、機会があれば殺すリスト筆頭の男でもある。


「説明するんだろうな、ジュード?」

「君には結界の維持に注力して貰いたかったんだ。しかし最後の段階で魔力量が不足してね。君や教会の法術使い殿たちのお力を借りたくてね」


 手柄を独占するつもりが、詰めが甘かったってオチか。こんなのが筆頭とか宮廷魔術師団は腐ってやがる。


「さあ諸君、準備は整った。星見の間まで来てくれたまえ」


 星見の間は塔の最上階だ。


 ジュードに俺やクリスとその同僚たちは付いていった。俺としてはこんな雑務はとっとと終わらせて自分の仕事に戻りたかった。

 そもそも「救い主」などと都合の良い存在を都合よく召喚できるはずもないと思っていた。どうせ失敗するのだから、手早く済ませたかった。


 階段を登っていく途中、薄汚い格好の子供とすれ違った。


 青の塔は王家が管理する場所だ。一般人は立ち入れないし、そもそも浮浪児が入り込めるところではない。


「なんだ? あのガキ」

「……末の姫君ですよ」


 答えたのは俺のすぐ前にいたクリスだった。


「ハア? 姫さん? 嘘だろ」


 一番下の王女、と言われて名前も何も思い出せなかったが、あんな物乞いみたいな格好をしてるはずがない。

 それに年寄りみたいな白髪だった。


「つい最近王家に迎え入れられた姫君らしいです。母親の身分が低くて後ろ盾がないとか……」

「それにしたって限度があるだろ。王都の孤児の方がマシな格好してるぞ」


 クリスは黙り込んだ。



 星見の間に着くと、巨大な魔術陣が敷かれ、見知った宮廷魔術師たちがその上に立っていた。

 俺も初めて見る類の陣だった。

 古代魔術とも異なる系統のように俺には見えた。


「グレン、君はここだ。陣が発動するまで魔力を注いでくれればいい」

「へいへい」


 ジュードの雑な指示に俺は顔を顰めながら、承諾した。

 ジュードはそのあと、クリスたち法術使いの方へ行き、彼らへの説明を始めた。

 俺は指定された位置に立つ。足元の魔術陣のところは現代魔術の造りだった。受け取った魔力を溜め込むもの。しかし、そこから伸びた魔術陣は、見知らぬものだった。


 現代魔術と別の魔術の組み合わせは俺もやる。

 俺もやるが、正直好みではない。あとバランスも悪い。

 魔術の系統が分かれているのは意味がある。

 現代魔術は、魔力消費量を抑え、効率化をはかったものだ。現代では魔術師が少ない上に、魔力保有量も多くない。作るべくして作られた、それが現代魔術だ。

 逆に古代魔術は必要とする魔力量がかなり多い。魔術師はみな無尽蔵に魔力があることを前提としているかのように。もちろん、その分強力ではある。


 魔力を溜め込むための魔術陣は、無駄がなく洗練されていた。ジュードが書いたものだろう。腐っても宮廷魔術師筆頭ではある。

 しかしながら、そこから伸びる魔術陣は歪で醜かった。

 術師の未熟さ故か、はたまた最初からそういうものだったのか。


 俺は魔術陣を実際に見て、儀式の失敗を確信した。とっとと終わらせよう。


 俺は陣の中央に右手を翳し、一言「満たせ」と発した。

 途端、陣が光り出す。俺の魔力を受け取ったらしい。


 ふと、歌が聞こえた。

 横を見ると、クリスが両手を魔術陣の中央に向けて、詠唱していた。

 法術使いの詠唱は長い上に、歌うような独特の節がある。


 なお、法術使いに歌のようだと言うと漏れなくキレられる。

 歌で奇跡を起こせるのは聖女だけであり、尊い聖女と自分たちを同列にするな、ということらしい。怒るところが意味不明だ。

 

 様々な詠唱が部屋を満たし、魔術陣が次々と光り輝いていく。

 魔力が魔術陣にどんどん集まっているのを感じた。


 成功しそうな感じだが、本当に召喚の儀式なのか? 別物じゃないのか? 

 俺はそう思いながら、適当に自分の担当箇所に魔力を注いでいた。

 すると、急にふらつきを感じ、転びそうになった。

 いかん、気を抜きすぎたか、と思ったが、ハッと気付く。


 この魔術陣、俺の魔力を吸い上げている。

 強制的に。

 俺はすぐさま止めようとしたが、魔術陣は術式が完了するまで断ち切ることができないようになっていた。吸われる魔力を抑えるだけで手一杯だった。


 周囲を見渡すと、皆同じ状態だった。

 必死に抵抗しようとする者、崩れ落ちそうになっている者、既に床に倒れている者もいた。

 魔力は、魔術師にとって生命力でもある。魔力を全て吸われることは、死に等しい。


「ジュード! 俺たちを殺す気か!?」


 間抜けなことに俺は、そのときやっとジュードが儀式に参加していないことに気付いた。

 ジュードは虫でも払い除けるような表情をしていた。


「我々を救う者を呼ぶのだから多少の犠牲はあって当然だろう」


 当たり前のことのようにそう言った。 


 クソ野郎、殺す。

 救ってくれなんて、俺はこれっぽっちも思ってねえよ!


 だが、この魔術陣から逃れる方が先だ。


 クリスが必死に抗っているのが、目の端に見えた。法術使いも、力を吸い取られ尽きれば無事ではすまない。


 ふと、魔力の吸い上げが弱まった。術の完成が近いようだ。

 ジュードの思い通りになったことに腹が立つ。


 終わるんならとっとと終われ!


 魔術陣全体が一気に輝きを増す。

 それは、目を開けていられないほどの光となった。

 思わず目を瞑ったのと、身体が吹き飛ばされるのは、ほぼ同時だった。

 俺は壁に叩き付けられ、意識を失った。



 誰かの話し声が聞こえる。

 俺が薄く目を開くと、魔術陣の中央に人間らしきものが蹲っているのが見えた。

 俺はよろよろと立ち上がり、辺りを見回す。

 儀式に参加した魔術師と法術使いがほとんど全員倒れていた。

 立っているのはジュードとほか数名だけ。

 クリスは意識があるようだが、座り込み、魔術陣の中央を言葉もなく見ていた。

 俺も再び中央を見る。


 よく見れば、それは子供だった。

 教会の連中が来ているような黒い襟付きの服を着ている。だが、奴らと違うのはその服の丈が足元までではなく、腰までしかなく、下には同じ色のズボンを履いていた。

 十代半ばくらいで、短い黒髪に黒目の、パッとしない容姿だった。

 驚き、怯えた表情をしていた。


 こいつが救い主?

 そんなわけあるか。



「お前、名前は?」


 ジュードの問いに、少年はこう答えた。


藍川あいかわ……怜央れお……です」


「ようこそ、この世界へ。勇者よ」


 バカにしたような笑顔でジュードが言った。

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