第9話 提案
アクアと契約してからの平日――。
畑仕事(といっても、精霊たちのおかげでほとんどすることはない)を軽く手伝い、薬草を摘み、ポーションを作り、合間に魔法の練習をする。
そんな毎日を、私は淡々と――でも、確かな手応えとともに繰り返していた。
ときどき、年の近い友達と遊ぶこともあったけれど、それはほんの息抜き。
私の生活の中心には、ミントとアクア、そして“誰かを助ける力を身につけたい”という想いが、いつの間にか根を張っていた。
――週末。
「今日は、学校が終わったら、ポーションをお店に売りに行こうね」
『せやな。イアンさん、道具ちゃんと持って来てくれてるやろか』
『新しい瓶、あるといいですね』
私たちは話しながら、村長宅の前に向かった。
そこでは、すでに村の子どもたちが集まり、いつもの週末授業の準備が整っていた。
この週末の授業は“闇日学校”もしくは“週末学校”と呼ばれていて、土曜と闇曜に巡回神父様が来て、読み書きや簡単な計算、時々歴史なんかも教えてくれる。
「皆さん、そろいましたね。それでは、今日の授業を始めましょう」
巡回神父様のいつもの挨拶が響く。
だけど……私は心ここにあらずだった。
今は、学校の話よりも、イアンさんが持ってきた道具の方が気になって仕方がない。
(瓶、ちゃんとあるかな……。ろ過装置もって来てくれたかな……)
授業の内容は、頭の上を素通りしていく。
正直、今日は仕方がないと自分に言い聞かせながら、授業が終わると同時に家に駆け戻った。
瓶に詰めておいたポーションをカゴに詰め直し、私は足早に広場の露店へと向かった。
「イアンさん、すみません!」
広場に着くと、露店の前で荷ほどきをしていたイアンさんに声をかける。
「ん、おお、ラミナちゃん! 待ってたよ」
私はカゴをそっと地面に降ろし、今日持ってきたポーションをイアンさんの前に差し出した。
「これ、お願いします」
「おっ、瓶全部使ったんだね。ちょっと待っててくれる?」
そう言うとイアンさんは、積み荷の傍らで何かを確認していた耳の尖った見慣れないおじさんのもとへ歩いていった。
「会頭、すみません。この前お話ししたラミナちゃんが来ました」
「ほう、そうか」
静かに答えたおじさんは、イアンさんと共にこちらへと歩いてくる。
「ラミナちゃん、紹介するよ。この方はランフォール商会の会頭、ボッシュさんだよ」
「ボッシュ・ランフォールと申します。よろしく、ラミナ君」
会頭――。商会のいちばん偉い人?
まさか、そんな人と直接話すことになるなんて思っていなかった私は、ちょっと緊張して背筋を伸ばした。
「あっ、ラミナです。こちらこそ、よろしくお願いします……!」
「うん。さっそくだけど、ポーションを見せてもらえるかな?」
「はいっ!」
私は、少しだけどぎまぎしながらポーションの入った瓶を差し出した。
ボッシュさんは無言で一本一本、丁寧に瓶を手に取って確認していく。
(……変なところ、ないよね……?)
すべての瓶を確認し終えると、ボッシュさんは満足そうに頷いた。
「うん、すべて良い品だ。最高品質とまではいかないが、安定していて十分売れるクオリティだよ。……君は誰から錬金術を学んだのかな?」
「えっと……錬金術……?」
聞き慣れない単語に思わず聞き返す。
『ポーション作ったり、薬や道具を作る術のことや。そういう人らを“錬金術師”って呼ぶんやで』
ミントが教えてくれる。
「錬金術っていうのは、そういうこと……なんですね」
「ほう……知らないとは驚いたな。じゃあ、誰に教わったんだい?」
「ええと、植物の大精霊さんに教わってます」
正直に答えると、ボッシュさんは少し目を見開いたあと、納得したように頷いた。
「なるほどね。じゃあ、先週イアンが持って帰った薬草も、その精霊様が育てたものかい?」
「はい。ご先祖様が作った薬草畑を、精霊様たちが今も手入れしてくれているんです」
「ほう、それはすごいね。……ラミナ君。君は、将来やってみたいこととか、あるのかい?」
突然の質問に、私は目を瞬いた。
(……どうして、そんなことを?)
「やりたいこと……ですか?」
私は一瞬だけ考えてから、しっかりと顔を上げた。
「……知識がなかったために、救えなかった命を救えるようになりたいです」
私の答えに、イアンさんが少し目を伏せて、そっとボッシュさんに耳打ちをした。
「会頭、この子、先週の……あの熱病でご両親を亡くしていまして……」
(……あの熱病?)
知らないところで、そんな風に呼ばれていたことに少し驚く。
「そうか……それはすまない。軽率なことを聞いてしまったね」
ボッシュさんは静かに、けれど深く頭を下げた。
「いえ、今は大丈夫です。精霊さんが居てくれるので……」
本当にそう思っていた。悲しみがないわけじゃない。けれど、ミントとアクアの存在が、私の日々をあたたかく支えてくれている。
「そうか。それならよかった。――一つ、提案なのだが」
「はい、なんでしょうか?」
「ルマーン国立アカデミーに行ってみる気はないか?」
「……えっ?」
その名前に聞き覚えはあった。
闇日学校の授業中、神父様がたまに口にしていた特別な学園。
入学すると、最初の3年間は共通科目を学び、その後は希望の進路に合わせて、貴族科、騎士科、魔法科、商業科、錬金科に分かれて専門的な学びが始まるらしい。
「もちろん、無理にとは言わない。ただ、さっき君が“知識がなかったから救えなかった命を救いたい”と言っていたからね。錬金科では、薬学や人体の仕組みについて深く学ぶことができるよ」
『なぁアクア、それってリタが行った場所ちゃうかった?』
『そうですね。錬金科を設立したのは、リタ本人です』
……え?
何も言ってないのに、どうして知って……。
『口に出さなくても、契約した精霊とは“気持ち”が繋がってますから。思ったことは、自然と伝わるんですよ』
『せやから、独り言言うてるように見えても、ウチらとはちゃんと会話しとるんや』
……やっぱり、まわりから見たら変な子に思われてたのかな……。
『まあ、そう思われたこともあるかもしれんけどな。気にせんでええって』
「ん? どうしたんだい?」
「あっ……いえ。学園、行ってみたいです」
「そうか。それなら良かった。入学試験は、8歳になる年の3月に行われる。合格すれば、4月から入学できるよ」
私は今年6歳だから……再来年の春か。
『せやな。あと二年やな』
「それまでは、この村でポーション作りや薬草採取をしながら過ごして――2年後、私と一緒に帝都グリーサへ行こう。帝都での生活については、我がランフォール商会が全面的にサポートするよ」
「……そんなに、していただいてもいいんですか?」
本当にそこまでしてもらっていいのだろうか。
まだ会ったばかりの私に、どうしてここまで――。
『その方は、信用して大丈夫なようですよ』
「えっ、アクア、わかるの?」
『ええ。私たち精霊は、人の“内”を見ることができます。少なくとも、騙そうという気配はありませんね』
「そうなんだ……」
「構わないさ。我々商会としても、君のような才能と縁が結べるだけで、大きな価値があるんだ」
「……わかりました。学園のこと、おばあちゃんに相談してみます」
「ふふ、それなら――」
「その必要はないよ。ラミナの好きにしなさいな」
「おばあちゃん!」
振り返ると、買い物袋を提げたおばあちゃんが、にこにこと微笑んでいた。
「ちょうど食料品を買いに来たらね、なにやら楽しそうに話し込んでいたから。……ボッシュさん、お久しぶりだねぇ」
「ええ、おばさんの葬儀以来でしょうか」
「そうだねぇ」
「えっ……? おばあちゃん、知り合いだったの?」
「この人はね、あんたのひいひいおばあちゃん――リタの甥御さんだよ」
「……えっ!? じゃあ、親戚!?」
「そうなるねぇ。ちょっと遠いけど、ちゃんと血が繋がってるんだよ」
「ラミナちゃんは、そうか……おばさんの子孫だったのか……」
ボッシュさんが、しみじみと目を細める。
エルフのような耳……もしかして、ひいひいおばあちゃんも……?
私の知らないところで、いろんな縁が、ずっと繋がっていたのかもしれない。