第75話 納品と大金!
帝都に戻った私は、町中を散策しながらランフォール商会へと足を運んだ。
1階のカウンターで、受付のお姉さんにポーションを納品しようと鞄から取り出していると、ハイヒールポーションを並べたあたりで声をかけられた。
「あれ? ハイヒールポーションも納品されるんですか?」
そういえば、ヒールポーションとマジックポーションの話しかしていなかった気がする。
「はい」
「そうですか、しばらくお待ちいただいてもよろしいですか?」
「はい」
受付のお姉さんはそう言って、カウンター横を抜けて階段を上がっていった。
ボッシュを呼びに行ったのだろうか? そう思いつつ、カウンター近くに並べられている商品をぼんやり眺めていた。
やがて、ボッシュと受付のお姉さんが一緒に階段を降りてきた。
「やあ、久しぶりだね。元気だったかい?」
入学前に会ったきりだから、もう二週間ほど経っている。
「お久しぶりです。元気にしています」
「そうか。今日はハイヒールポーションを持ってきたんだね?」
「はい。ハイマジックポーションも持ってきています」
そのとき、受付のお姉さんが私の後ろを通って外へ出ていった。
……なんで?
「そうか、ではいったんカウンターのポーションを片付けて、私の部屋で話をしようか」
「はい」
私はポーションを鞄にしまい、ボッシュと共に商会の会頭室へ向かった。
4階にある部屋に入ると、獣人とリンクル族の女性が2人、事務作業に追われていた。
その部屋を通り抜けて奥の扉を開ける。
「ラミナ君、こちらに座って」
「はい」
ボッシュに促され、ソファーに腰を下ろす。
私が座ると、ボッシュも向かいのソファーに腰を下ろした。
「それじゃあ、ポーションを出してもらってもいいかい?」
「はい」
私は鞄からポーション類を取り出してテーブルの上に並べていく。
「ハイポーションも作れるようになったんだね」
「町中でレッドジオンの株が手に入ったので」
レッドジオンの苗は、ガーネットに服をもらったあと、町を回って探して手に入れたものだった。
「ああ、なるほど。君のハイポーションはレッドジオンを使っているのか」
「ん? それ以外の材料でも作れるんですか?」
「そうだね。ピンクカモミールを使う人の方が多いかな。ジオンの方は工程に手間がかかるし、この辺りではなかなか採れないからね」
『そりゃそうやろ。もうちょっとさぶい地方に行かんと自生してへん』
“なんで?”と思った瞬間、ミントが理由を教えてくれた。
「そうなんですね」
「ああ、見せてもらうよ」
「はい」
ボッシュは、ハイヒールポーションとハイマジックポーションを一本一本丁寧に手に取り、品質を確認していく。
「うん、これもすべて十分な品質だね。すべて買い取らせてもらうよ」
「はい」
「代金は、これまでどおり商会預かりでいいのかな?」
まだ前回の報酬も大部分が手元にあるし、学園にいる間は食費くらいしか使わない。だから、今回も貯金にしておこう。
「それでお願いします」
「わかった。少し待っていてくれ」
ボッシュが立ち上がって扉の方へ歩き出したとき、タイミングよく扉をノックする音が聞こえた。
「奥様がお見えになりました」
「ちょうどいいタイミングだね」
ボッシュは微笑みながら扉を開けた。
「やあ」
「私の話を進めても良さそう?」
「ああ、こちらの用事は終わったよ」
「そう。あなたも同席するのでしょう?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
入口付近でボッシュと話していたのは、ガーネットだった。どうやら、彼女にも何か話があるようだ。
『無事、妊娠されたようですね』
アクアが彼女の方を見ながらつぶやいた。
ボッシュが一度部屋を出ていき、ガーネットが先ほどボッシュが座っていたソファーの隣に腰を下ろした。
「ラミナさん、お久しぶりね」
「はい。あの……妊娠、おめでとうございます」
「えっ?」
『自覚するのはまだ先やからなぁ』
あっ、そういうことか……。
「すみません、精霊さんが“無事妊娠されたようですね”って言っていたので……」
「そう……」
ガーネットは言葉とは裏腹に、目を細めて幸せそうな笑みを浮かべていた。そっとお腹に手を添えるその仕草からも、込み上げる想いが伝わってくる。
「とりあえず、今は洗料の話をしましょう」
長い間、子どもを望んできた彼女。その願いが叶った今、どれほど嬉しいかは察して余りある。けれど、彼女は浮かれる様子を見せなかった。その慎ましさが、より一層彼女の芯の強さを際立たせている。
「はい」
「例のファントムフラワーの洗料なんだけど、ロックフォルト公爵夫人から皇后様に紹介されたわ」
「……えっ?」
プリムからその母親へ、さらに皇后へ……そういう流れなのか。
「それでね、私の店から洗料を皇室に卸すことになったのよ」
それを私に伝える意味って……?
「はぁ……」
「まだよく分かってないようね……。皇室御用達になったのよ」
『つまり、皇后様も使う品になったから、貴族の方々をはじめ多くの方が購入する目処が付いたって事なんですよ』
「ああ、なるほど!」
アクアの説明で、ようやくその意味が理解できた。
「おめでとうございます……で、良いんですかね?」
「そうね。それで、これを」
ガーネットはそう言って、白銀貨を五枚、机の上に置いた。
白銀貨……一枚が一〇〇万ウル。つまり、五〇〇万ウルってこと……? これだけあれば、何年暮らせるんだろう……。
「えっと……これは?」
「皇后様がえらく気に入ってくださったのよ」
それなら、皇室御用達になるのも当然だ。ガーネットの目には、わずかな誇らしさと責任感の光が宿っていた。彼女の姿からは、今後に対する覚悟もにじみ出ていた。
私は、その気高さに、思わず心を打たれた。
「それと、このお金も……?」
「契約金に関しては全額あなたに渡そうと思ってね。私の方は洗料の売り上げだけでも十分過ぎるくらい利益が出ているの」
「そうなんだ……」
今の私に五〇〇万ウルは、大金中の大金だ……。
『カバンの中に入れておけば良いんじゃないですか?』
『せやなぁ。そのカバンなら盗まれんし、開けることもでけへんし』
それなら、さっきのポーション代も自分で管理するけれど……。
「これも商会に預けても構いませんか?」
「えぇ、構わないわよ。それじゃこっちね」
白銀貨を引っ込めたと思ったら、大金貨三枚が出てきた。
「えっと、これは?」
「先週と今週分の売り上げから、ラミナさんが受け取る分ね」
そういえば、売り上げの三割を貰うことになっていたっけ。
三〇万ウル……先ほどよりも大分減ったけど、それでも私にとっては十分すぎる大金だった。
「これも……」
「ラミナさん、お金はあまり必要ないんですか?」
「そうですね。一応、入学前に貰った五万ウルがまだ残っているし……。アカデミーで生活していると、食費くらいにしかお金使わなくて……」
実際、ポーション素材となる薬草はミントが修復してくれるし、水に至ってはアクアが出してくれる。ポーション瓶はその都度商会から無料で貰えるようになってるし……。
「そう。この大金貨は受け取っておきなさいな。いつ大金が必要になるか分からないものですよ」
「あ~そうですよね。それじゃあ、ありがたく受け取りますね」
「えぇ、そうしなさいな」
ガーネットに諭され、机の上の大金貨三枚を受け取った。
「しっかし、八歳で六〇〇万ウルの貯金か。血は争えないね」
突如、ボッシュが発言した。
「そうなんですか?」
「あぁ、叔母さんも基礎学級時代に一〇〇〇万ほど稼いでいたね。卒業する頃には億単位を持っていたらしいからね。そしてこの国に戻ってきた頃にはアカデミーに大半寄付して、校舎の建て替え資金や備品の新調とかに使われたそうだよ。その備品の新調をこの商会に頼ってくれたおかげで、商会も大きく成長したんだよ」
『リタは衣食住であまりお金かけていませんでしたからね』
『だな、俺らに頼ってくれていたからな。冒険者活動しても薬師として活動しても、報酬は全額貯金だったよな』
『せやなぁ』
一人で大金とか使うの難しい気がするから、先祖の気持ちもなんとなくわかる気がした。
「そうなんだ……」
「ラミナさんは、欲しいものとかないんですか?」
「欲しいものですか?」
ん~……考えてみると、欲しいものってあるかな?
何度も考えてみたけど、何も思いつかなかった。
「無いですね……」
「そう。何か欲しいものがあったら、真っ先に私たちを頼ってちょうだい」
「分かりました。じゃあ、そろそろ帰りますね」
「えぇ、下まで送るわ」
その後、ボッシュを部屋に残し、商会の入り口までガーネットと一緒に雑談しながら移動し、1階のフロアで別れた。
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