第63話 幕間 ミントと倭国神話
まん丸と一緒に海鮮丼を堪能していると、近くでミントと話していたハンゾーの声が耳に入ってきた。
「ミント殿の出身は……倭国か?」
「せやで」
ミントの答えを聞いて、ハンゾーの反応が気になり、私はお刺身を口に運ぶ手を止めた。
「ハンゾー、何か知っているの?」
ミラがハンゾーに問いかける。
「ミント殿のしゃべり方だ。その訛り……倭国の西部、とある地方の訛りだからな。もしかして、だが——安曇大社のご神木と関係があるのか?」
「関係があるってか、その木がうちの本体やったんや」
……やったんや? 過去形?
私が小さく首を傾げていると、ハンゾーは「やはり……」と呟いてから、すっと立ち上がった。そして真っ直ぐにミントの前に向き直り、深々と頭を下げる。
「我が先祖を、そして我が友を……守ってくれたこと、深く感謝する」
「気にせんといてええよ。うちが守りたいと思ったから、そうしただけや」
ハンゾーが真剣な表情で頭を下げたことで、周囲の視線が自然と彼に集まった。
「ねぇ、ハンゾー。どういうことなの?」
ミラが少し不安げな声で問いかける。
「そうだな。なぜ自分が今のような態度をとったのか、話しておこう」
「えぇ? もしかして、結構重要な話だったりするの?」
プリムも真剣な表情でハンゾーの言葉を待っていた。
「そうだ。これは、安曇大社に今も残る“失われた文字”で綴られた、古い物語にまつわる話だ。……昔、倭国は、長い間“黒い雨”が降り続き、一度滅びの時を迎えたという」
◇◇◇◇◇◇
安曇大社のご神木視点
倭国南の海底火山が大噴火してから、もう数日が経ってた。けど、このところずーっと火山灰が降り続いててなぁ。
そのせいで、あちこちの地域で作物が全滅寸前なんが目に見えて分かった。
『あかんなぁ……このままやったら、稲が収穫前に全滅してまう』
せやけど、うちに何か出来るわけやない。この場所に根付いて、もう一万五千年以上が過ぎてしもた。
それでも、うちがこれまで見てきた中でも、これほど酷い状況はなかったわ。そんなある日、一人の女の子がうちの根元でお祈りをしとった。
「アヅミ様、どうか、どうかワシらをお守りください……」
近くの村の子やなぁ。なんとか助けたって思うたけど、結局何も出来んまま見守るしかなかった。
けど、あの子だけやなかった。周囲の村や集落からも、毎日のように祈りにくるもんがおった。願いはみんな一緒や。
このどうしようもない状況を、なんとかしてほしい。誰か、助けてほしい、って。
そんなある晩のことや。ふいに、目の前に一人の女の人が現れた。
『アヅミよ、聞こえますか』
『聞こえとるで』
『あなたは、どうしたいですか?』
普通の人とはちゃうのは、すぐに分かった。けど、どこの誰かなんて分からへん。
『っちゅうか、あんた誰なん?』
『私はこの世界を作ったメネシスです。あなたはどうしたいですか?』
『そら、あいつら助けたったい』
『少し私の力を与えます。彼らを助けてあげてください』
『どんな力やの?』
『ふふふ、すぐに分かりますよ』
そう言うて、目の前の女性はふっと消えてしもた。
それと同時に、うちはというと、なんや視点がぐっと下がって、今までびくとも動かんかった体がすぅっと動くようになってた。
『なんやこれ……』
視線を動かそうと思たら、ちゃんと動く。なんとなくやけど、体の使い方が分かるような気がした。
ふわふわして、空を漂ってるみたいや。ずっと硬うて動かんかった身体やったから、逆にその浮遊感に違和感すごかってん。
ふと、自分の木の根元にある池のことを思い出して、そこまで移動してみた。
池のほとりに立って、水面をのぞき込んだら、祈りに来る子らと似た姿をした存在がおる。けど、透け透けで、よう見たら、水面には本来の自分――あの大木の姿もしっかり映ってるんや。
『こんなんで、何が出来るっちゅうんやろか……』
とにかく、あの祈ってた子の村へ行ってみることにした。
村に着いたとき、あたり一面は真っ灰色。上から木越しに見たときより、ずっと酷い有様やった。
『最悪やん……こんなんで、どないして生きてけちゅうんや』
まずは火山灰をどうにかせんと……。近くの畑に駆け寄って、稲に積もった灰を手で払うた。
その瞬間、周囲の灰が空へふわっと舞い上がって、どっかへ消えてしもた。
『ぇ……なんやこれ……?』
別に強く払ったわけやないのに、まるで意志を持ったように灰が巻き上がって消えていった。
うち、そんなことしようとした覚えないのにな……。
周囲の灰が巻き上げられてどこかへ消えていくような動きやったけど、うちはそんなつもりで動いた覚えはなかった。
『まぁええわ、とりあえず稲の様子を見てみよか……』
そう思た瞬間、どの稲がどんな異常を起こしてるかが、はっきり分かった。
『なんやこれ……』
異常を起こしてる稲に近づいて、そっと手を触れると、どうしたらええかが感覚的に伝わってきた。
感覚に言われるがままに、“治れ~”って念じたら、周囲の稲が一斉に元気を取り戻していった。
『なんや……これ……』
ちょっと振り返って考えてみた。
○○しようって思ったら、ほんまにそうなった。……もしかして、思うだけで出来るんやろか?
まだ灰まみれの畑に行って、“灰よ飛んでけ~”って思たら、ほんまに周りの灰がふわっと舞い上がって、どっか行ってもうた。
『なんや、思うただけでええんか』
思うだけでええんやったら、ただやるだけやとおもろないなぁと思た。
『なんかもっと、楽しくできへんかな~』
収穫が終わった秋に、木のまわりで踊ってた村人たちの舞を思い出して、真似てみたら、思ったより楽しかった。
太鼓も笛もあらへんけど、頭の中で鳴らしながら、灰を飛ばして、稲が元気になるように願って舞った。
ほんだら、自分のまわりからぐるぐる広がるように、灰が消えて稲が元気になっていった。
舞えば舞うほど範囲が広がって、村中の畑の灰も異常も全部、舞いで吹き飛ばせた。
今までずっと動かれへんかった分、身体動かすのがむっちゃ楽しかった。
『こんなんでええなら、楽なもんやな~』
次の村へ向かうときも、跳ねたり舞ったりして移動してたら、東の空が明るなってきた。
『あ、もう朝やな~』
そう思った瞬間、急に自分の木のほうへ引っ張られる感じになって、元の姿に戻ってもうた。
『なんや……もう終わりなんか……』
ちょっと名残惜しさを感じてたら、昨日の夜に遊んでた村の子らが何人かやってきて、木の根元に跪いて祈りはじめた。
「アヅミ様、ありがとうございます。ほんとうにありがとうございます」
その後も周りの村や集落から人らが来て、口々に感謝を伝えてくれた。
『感謝されるのも、悪ないなぁ』
また夜になったら他の村にも行ってみよか、なんて思ってた。
そして夜が更けると、昨日と同じようにまた自由に動ける姿になっていた。
『なんや、夜限定なんか?』
まぁええかと思って、昨日とは別の村に向かい、また舞いながら灰を飛ばして植物たちに元気を送った。
そうして何日も何日も、うちは毎晩のように村々を巡っては舞い、灰を払って農作物を癒やしていった。
何ヶ月かして、自分の木のまわりの村は一通り元気を取り戻したころ、次の場所へ行こうとしたら——
ガツン、と何もないはずの空間にぶつかった。
『なんや……?』
手を伸ばすと、やっぱりそこには見えへん壁みたいなんがある。
壁沿いに歩いていくうちに、だいたいの範囲が分かってきた。
『……自分の木から、ある程度の範囲しか行かれへんのか』
行動範囲に制限があるらしい。
『まぁええわ、今度は森ん中にやったるか~』
村人とは直接話されへんけど、この身体はほんまに楽しかった。
それから一年経つ頃には、周囲の村々に人がどんどん増えてきた。外から来た人らが住みついて、新しい集落も出来ていた。
そして秋になると、みんなうちの木のところに集まって、楽しそうに宴を開くようになった。
代表らしき人が、木の幹に向かって感謝の言葉を述べて、「来年もお願いします」って言うてた。
夜が更けても宴は続いてて、またあの姿になったうちは、誰にも見られてへんやろなと思いながら、朝まで一緒になって舞った。
そんな日々が続くうちに——
ある日、うちの身体に不思議な変化が起こった。
気づいたときには、うちは植物の大精霊ドライアドになってたんや。
◇◇◇◇◇◇
ラミナ視点
「という事だ。おそらく彼女がいなければ、倭国は死の大地のままだっただろう」
「へぇ……いつくらいの話なんだろう?」
ミラの疑問に答えたのは、ミントではなくアクアだった。
「ファーラ文明が栄える数十年前の話ですよ」
「ぇ!? そんなに昔の話なの?」
「ええ。ミントが精霊になる前の話ですし、“黒い雨”というのは、火山灰のことですからね」
「黒い雨のことって、アクアちゃんも知ってるの?」
「ええ、一応私たちは、この星の歴史を知っていますから」
「へぇ~……」
ミラが感心したように声を漏らした、そのとき。
昼休みの終わりを告げるベルが鳴り響いた。
その瞬間、食堂全体がざわめき始める。まるで波が広がるように、一気に騒がしくなった。
「あっ! やばっ! プリム、ミーちゃん、ラミちゃん、ごめん!」
ミラが椅子を蹴る勢いで立ち上がる。
「ん?」
「ラミナ、急いで教室に戻りましょう」
ミアンが私の腕を引きながら言う。
「ん……?」
「今のベルは、授業開始の合図でもあるのです」
「あっ……!」
慌ててお盆を手に取り、立ち上がる。周囲には同じように慌てている生徒たちがわらわらと立ち上がっていた。
「ぇっと、なんでこんなに人が……?」
「精霊が姿を現したんです。みなさん、それを一目見ようと集まっていたんですよ」
プリムは慌てるでもなく、落ち着いた口調で説明した。
やっぱり、貴族って肝が据わってるんだろうか……。
「せやなぁ、うちら戻ろか」
「ですね」
「だな」
ミントたちも、どうやら可視化状態を解除したようだ。私の目には特に変化はなかったが、それで間違いないはず。
そして、まん丸はというと、いつの間にか私の肩でぐっすり寝息を立てていた。
ミアンと私は急いで教室に戻った。
教室に着くと、すでにクロエにこっぴどく怒られている六人のクラスメートが並んでいた。
「おまえらもか……」
クロエの冷たい声が刺さるように響いた。
そして、当然のように私たちもその列に加わることになったのだった。
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