第61話 歴史の授業とアクア
魔法実技の翌日 水の日
教室で午前中の授業が始まるのを、ぼんやりと待っていると、クロエが教室に入ってきた。
「みんな席に着け~、授業を始めるぞ」
その声に、生徒たちはグループでのおしゃべりをやめ、バラバラと自分の席へと戻っていった。
私も鞄から歴史の教科書とノートを取り出して机に広げた。
「いいか、歴史を学ぶというのは、過去の過ちを繰り返さないようにし、今を生きる知識を身につけるためだ! わかったな!」
「「「はい!」」」
なるほど。歴史って、そういうために学ぶんだ。
正直、今まで何のために覚えさせられるんだろうって思ってた。でも、教壇に立つクロエの言葉にはどこか説得力があって、思わずうなずいてしまった。
「さて、最初は古代史だ。人類がどのようにして今のような生活を身につけていったかを考えてほしい。教科書の三ページを開け」
周囲の生徒たちと一緒に、教科書のページをめくる。
見出しには《古代文明》とあり、そこにはファーラ文明、バルト文明、スペルン文明の三つが、世界三大文明として紹介されていた。
『ん~、まだまだですね~』
「ぇ?」
教科書を見ていたアクアが小さくつぶやいた。一体、何がまだまだなのだろうか?
『この記載は間違っています。最初の文明は倭国の文明です。そしてそこから流れていった人たちが、ファーラ文明やバルト文明、スペルン文明を築くことになるんですよ』
“へぇ~”と、私は内心感心しながらアクアの話に耳を傾けた。
『倭国文明が滅んだのは、ファーラ文明が栄え始める約五十年前なんです』
クロエが前で説明を続けていたが、私の意識はすっかりアクアの言葉に引き込まれていた。
『倭国文明は、およそ一万五千年もの間栄えました。そしてその終わりと入れ替わるように、ファーラ文明やバルト文明が発展していくんです。なぜか分かりますか?』
教科書にはそんなこと書かれていなかった。私は小さく首を振った。
『倭国文明の終焉は、倭国南にある海底火山の大噴火が引き金です。その大災害によって沿岸部の集落は津波に飲み込まれ、大地は灰に覆われてしまった。そして倭国の土地は、もはや人が住める環境ではなくなってしまったんです』
なんだか壮絶な話だな……。まるで神話のようだ。
『生活の場を失った人々は北へ向かい、大陸沿いを移動して西へ西へと進みます。海流に乗った彼らがたどり着いた先こそ、ファーラ文明の中心地。さらに西へ進んだ者たちは、バルト文明の《ロバルト》へ、そこから北上して、スペルン文明の礎となる地へと至るんです』
つまり、倭国にいた人々がそれぞれの地に散って、文明を築いていったということなのか。
私はうなずくと、アクアはさらに続けた。
『レファルの地には、狩猟を中心に生活していた先住民がいました。しかし、倭国から来た人々との間で争いが起きたんです。それを静めたのが天神様です。同様にロバルトの地でも争いが起きましたが、こちらは地神様が鎮めました』
神々が争いを止めたことで、文明が発展する土台が整ったのかもしれない。
教科書には、「神々の助言のもと、狩猟から農耕中心の生活へと切り替わった」と記載されていた。
『レファルでは、倭国由来の稲作が盛んになりました。ロバルトでは芋作が主流となり、それぞれが地域特有の農業文化を築いたんです。そして倭国で使われていた文字をもとに、神々が今の文字体系へと整えていったのですよ』
倭国から流れ着いた人々がもたらしたものは、農業だけじゃなかったんだ……。
『一方この地では、先住民と倭国からの移住者の間で争いが激化しました。そんな時期に、魔素、魔物、魔族が発生し、同時に初代使徒による《メフォス教》の設立が始まります。これを境に《光陽歴》が始まるのです』
そういえば、“光陽歴”や“陰影歴”って今まで意味がよく分からなかったけど、そういうことか。
陰影歴は過去にさかのぼるほど数字が増え、光陽歴は未来へ進むごとに数字が増える仕組みなんだ。
「うん……」
私は周囲に聞こえないよう、小さな声でつぶやいた。
『光陽歴の幕開けとともに、私たち精霊も今のような姿へと変わりました。そして同時に、精霊使いの男の子が誕生するのです』
それが後に、スペルン王朝の初代国王になる子なのか。
『その少年は、倭国から逃れてきた人々の子孫でした。そこから──』
アクアの声は途切れずに続いていたが、その時、終業の鐘が高らかに鳴り響いた。
『あら、もう終わってしまいましたか。ラミナ、最後にノートをなでてください』
“ん?”と思ったが、これは入試のときにもやったやりとりだった。
私はアクアに言われたとおり、ノートの表紙をそっとなでた。
すると、ノートのページにさっきまでのクロエの話が、箇条書きで浮かび上がってきた。
その横には《ワンポイントアドバイス》と書かれた小さな吹き出しも現れている。
それを見たミアンが驚いたように声をあげた。
「すごいですね~。授業で言っていたこと全部メモしていますね! しかも、このアドバイスって重要なポイントですよね?」
「うん、多分……」
実のところ、私はほとんどアクアの話に夢中になっていたので、クロエが何をどう説明していたのか全く覚えていなかった。
でも——アクアの話があまりにも興味深くて、クロエの授業と比べる気にもなれなかった。
ほんの少し、惜しい気持ちもある。でも、それ以上に。
まるで別の世界の扉を、ほんの少しだけ開けたような気がした。
私は、その続きを——もっと知りたいと思った。
午後の授業が終わり、席を立とうとしたそのときだった。背後から、ミアンの明るい声が飛んできた。
「ラミナ、良かったら今夜いっしょに復習しません?」
「ん、良いけど」
「よかった~! 夕食も食べていってくださいね!」
えっ、それはちょっと悪いかも……。そう思っていると、アクアの声が頭の中に響いてきた。
『先日受け取ったオークのお肉を差し入れてはどうですか?』
ああ、それならちょうどいいかもしれない。一人ではとても食べきれない量だったし、差し入れにすれば遠慮も減る。
「うん、ありがとう」
授業が終わるのは十六時。そこからハンゾーとの練習に一時間半かかると見れば、十八時頃がちょうどいい。
「そっか、十八時からでもいいかな?」
「いいですよ~! それじゃあ、お昼いきましょっ!」
言われてみれば、もうそんな時間だった。
「そうだね。でも……お弁当持ってきてないんだよね」
「それなら学食に行きましょう」
「どこにあるの?」
「行ったことないんですか?」
そういえば、今まで使う機会がなかった。サバイバル学習のときは現地での食事だったし、一昨日も昨日も自室で済ませていた。
「……ないかな」
「そうですか。それじゃあ、一緒に行きましょうか。お金は持っています?」
「それくらいは……」
鞄の中を探り、巾着袋を取り出してポケットにしまおうとしたそのとき、ふと思い出して声を上げた。
「あっ、ちょっと待って。巾着袋を取ってくるね」
「ラミナは硬貨入れじゃなくて巾着袋に入れているんですね」
「ミアンは違うの?」
「私は革製の硬貨入れですよ」
そう言って見せてくれたのは、ピンク色の革が折りたたまれたような小さな硬貨入れだった。
「へぇ、何の皮なの?」
「リビアタンっていう海の魔物ですよ」
「へぇ~……」
リビアタンってなに? と疑問に思いながらも、ひとまず相づちを打っておいた。
「さあ、行きましょ。時間によってはすぐ混んじゃうんですよ」
「そうなの?」
『みんなお昼時ですからね』
『やなぁ』
ミアンと一緒に学食へ向かうと、彼女の言うとおり、すでに食堂は生徒たちでごった返していた。売店には長い列ができていて、どの席も埋まっているように見える。
「うわぁ、売店も混んでる……」
「早く来ないとこうなるんですよ」
「なるほど……。でも、食べる場所がないよね……」
周囲を見渡したけれど、空席は見当たらなかった。
「食べる場所なら、お姉様の所に行けば二人分は空いてますよ」
「お姉様の所?」
「こっちです」
ミアンが進んだ先には、入試のときに戦ったあの四人の姿があった。
ハンゾーは昨夜も会ったばかりだし、プリムとミラは洗料の件以来だった。もう一人は……たしか、ロックという名前だった気がする。
ふと気になったのは、プリムを除く三人が制服ではなかったことだった。
「お姉様、一緒しても良いですか~?」
ミアンの声に反応して、四人が一斉にこちらを振り返った。
私は少し緊張しながらも、軽く頭を下げた。
「あら、ミアンとラミナちゃん」
「やほー! ラミちゃんお久~!」
ミラの呼び方が進化していた。以前は“ラミナちゃん”だったのに、もうすっかり馴染んでしまったみたい。
「ん」
ハンゾーは相変わらず無口で、軽くうなずくだけだった。
「やぁ、いらっしゃい」
ロックは変わらず、穏やかで優しげな先輩だった。
少し緊張していた心が、彼らの柔らかな反応にゆっくりとほぐれていくのを感じた。なんだか、今日の昼食がちょっと楽しみになってきた。
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