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神様と呼ばれた精霊医 ~その癒しは奇跡か、祝福か~ 【原作完結済】  作者: 川原 源明
第6章 平和な学園生活

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第60話 ダッドマッシュルームのデメリット

 細菌の研究室を後にすると、私たちは研究所の外に出た。春の陽光がまぶしく、暖かな風が頬をなでていく。空気は澄んでいて、どこか湿った土の香りと薬草のかすかな匂いが混ざっていた。


 目の前には整備された花壇が広がり、赤や黄色、紫など色とりどりの草花が風に揺れている。春の中頃、まさに薬草の成長に最適な季節だ。


「ここは当研究所の第一薬草園になりますね」


「結構いろんな植物がありますね」


「ええ。この地で栽培できる薬草を中心に集めています」


 私は気になって質問した。


「第一ってことは、他にもあるんですか?」


 ヴィッシュは頷いて説明を続けた。


「ありますよ。サウススペルンに第二薬草園があり、そこでは湿地帯に繁殖する薬草を育てています。そして第三薬草園は北のメレス王国北部、ルビドルの町に土地を借りて寒冷地の薬草を育てているんですよ」


「へぇ~……」


 花壇を見つめながら、私はふと思い出した。そうだ、ダッドマッシュルームを手に入れないといけなかったんだ。


「あの、すみません。ダッドマッシュルームを、かけらでも良いので分けていただけませんか?」


「ふむ、何に使うんだい?」


「意識をなくすことができるんですよね?」


「なるほど、ミアン君の件だね?」


 私の意図を、ヴィッシュ先生はすぐに察してくれた。


「はい」


「ん~……。ダッドマッシュルームでもいいのですが、三十分で終わらせることができるんですか?」


「え?」


「ダッドマッシュルームは、人によっては致死量になる危険がありますからね。安全な量で使うと、効果は三十分ほどしか持たないんですよ」


『そうやなぁ』


「そうなんだ……」


 三十分……果たしてその時間で終わるのだろうか。


「ヴィッシュ先生、何をしようとしているんです?」


 私とヴィッシュ先生の会話を聞いていたイリーナが、少し不安そうに声をかけてきた。


「ふむ、ラミナ君。彼女も力になれると思うが、話してもいいかな?」


『信用して大丈夫だと思いますよ』


 内心、「えっ?」と思ったけれど、アクアがそう言うなら大丈夫なのだろう。


「えっと、今の時点での手法を話す感じでいいですかね?」


「そうだね。ちょっと場所を移そうか」


 ヴィッシュは、研究所の隅にある小さなミーティングルームへと私たちを案内してくれた。


 そこは静かな空間で、木製の机と椅子が置かれていた。窓から差し込む陽光が机の上をやわらかく照らしている。


「ここなら大丈夫ですよ」


「先生……こんな場所に来るってことは、何かヤバいことなんですか?」


 イリーナは少し怯えた表情でそう言った。


「そうだね。これから話すことは、決して外には漏らさないでほしい」


「えっ? それって、喋ったら消されるような話ですか……?」


 そんなに物騒な話じゃないと思いたいけど……。


「いや、君はメフォス教の信者だろ? 教会から異端審問官が派遣されるかもしれないね」


「えぇ!?」


「メフォス教と何か関係があるんですか?」


「そうだよ。生きている者を傷つけてはならないという教えがあるからね」


 なるほど。確かに、それは宗教的な教義に反してしまうのかも。とはいえ、病気を治すために傷つけることまで禁じられるのは、ちょっと違和感がある。


「えっ、傷つけるって……!?」


「そういうことです。先日、胃に穴が開いた患者が運ばれてきたとき、彼女は見事に治療してみせました」


「えっ、それって普通なら助からないんじゃ……?」


「私も最初は驚きましたよ。彼女の治療法は、体に穴を開けてクリーンの魔法を使うというものでした」


「確かに、クリーンや浄化の魔法の特性を考えると理にはかなってますけど……って、体に穴を開けたんですか!?」


 話を聞いていると、想像よりも過激な処置をしているように思えてならなかった。まるで、自分が患者だったらと想像してしまい、背筋がすっと冷たくなった。



「ええ。そして、彼女は魔素硬化症を患っている友人を助けようとして、いろいろと動いているんですよ」


「えっ、それってさっきよりも重い病気じゃないですか!」


「そうです。その方は、右の肺がすでに硬化し始めているそうです」


「もしかして、肺を切るつもりなんですか?」


「ええ、そのつもりみたいですよ。とりあえず、その方法を今から聞くつもりなんです」


「ええ~……私、聞いても大丈夫なんでしょうか? 異端審問官に追われるのはごめんですけど……」


「改宗すれば良いじゃないですか。メフォス教じゃなければ、追われることはありませんよ」


「そうですけど、そんなことしたら邪教徒って言われませんかね……」


「そんなこと言ったら、世の医者たちはみんな邪教徒として追われることになりますよ?」


「それも……そうですね」


 2人のやり取りを聞きながら、私はほんの少し不安になった。けれど、それでもやっぱり——誰かを救える可能性があるなら、話すべきだと思った。


「あの……もしかしてですが、生きている者を傷つけるって、やっぱりまずいことなんですか?」


 自分の感覚が間違っていないか、不安を払拭するように私は口を開いた。


「メフォス教の信者はけっこう多いからね。この国は精霊信仰のほうが根強いけれど、イリーナ君のように他国から来た者は、大半がメフォス教の信者だと思っておいたほうがいいよ」


『せやなぁ。せやからラミナの考える治療法を、みんな思いつかんのや』


瀉血しゃけつを行う人たちは……?」


「基本的には教義に反するからね。メフォス教から抜けて、異端審問を避けている人が多いよ」


 なんだか宗教って、やっぱり難しくてややこしいな……。


「どうしますか? 私としては、最先端の医療を行くラミナ君の話を、ぜひ聞いてみたいと思っているのですが」


 ヴィッシュ先生の言葉に、少しだけ照れくさい気持ちが胸の奥をくすぐった。でも同時に——そんなふうに言ってもらえるのは嬉しかった。


「ずるいですね……そんなこと言われたら、私だって聞きたくなっちゃうじゃないですか!」


「教義に反しますが、どうしますか?」


「う〜ん……。でも、多くの人を生かす治療法に繋がるんですよね?」


「ええ。私は、今まで救えなかった命を救えるようになる第一歩だと思っていますよ」


「っ……! 聞いた上で、メフォス教をやめるかどうか決めます! これでいいですか?」


「ええ、構いません。さあ、ラミナ君。教えてもらっていいですか?」


私は一度深く息を吸い、拳を軽く握って気持ちを落ち着けた。視線をイリーナさんに向けると、彼女は真剣な表情で私の言葉を待っている。


その覚悟に応えるように、私は先日キラベル丘陵で行った実験と、現時点で考えている手法について説明した。


「なるほど。そこでダッドマッシュルームですか」


 私は一度深く息を吸い、拳を軽く握って気持ちを落ち着けた。視線をイリーナさんに向けると、彼女は真剣な表情で私の言葉を待っている。


 その覚悟に応えるように、私は先日キラベル丘陵で行った実験と、現時点で考えている手法について説明した。


「うーん……所要時間が不明なら、カブリトの根を使った麻痺薬の方が良くないですか?」


『あれはなぁ〜肺まで止まるし、下手したら心臓まで止まるねんなぁ』


「肺が止まるとか、下手すると心臓まで止まっちゃうかもって、ミン……精霊さんが言ってました」


「そうですね。でも、飲むのではなく吸引する方法にすれば、その辺は調整できますよね?」


『吸引か〜。ほなら、いけるか?』


「肺の機能停止なら、溺れた人にやるあれみたいに、呼吸をサポートすればいいんじゃないですか?」


「ああ、人工呼吸ですね」


「そうそう、それです」


『せやなぁ』


「そうですね」


「カブリトの薬って、どれくらい効果が持続するんですか?」


「そうですね。うまくやれば、永遠じゃないでしょうか? 効果が切れるころになったら、追加で吸引させれば良いだけですし。ダッドマッシュルームは効果が切れてから食べさせる必要があるので、その点が難しいですね」


 ダッドマッシュルームは効果が切れたあと、痛みで悶絶するだろうし、追加で摂取できるような状態じゃない気がする……。


「そうしたら、カブリトの麻痺薬の方が良さそうですね……」


「そうですね」


「しっかし、すごいですね。その年でそんなことを思いついて、すでに実験までしているなんて……」


 年齢って、そんなに関係あるものだろうか?


「まあ、私たちみたいに“常識”に染まりきっていないからこその発想だよ」


「それは……確かに」


「あの……お願いがあるんですけど」


「なんだい?」


「ここに来たときにイリーナさんが、実験用のオークとかゴブリンがいるって言っていたんですけど……。生きた状態で実験して、生きたまま終わることができるようになったらでいいので、実験用のオークでやらせてもらえませんか?」


「なるほど。術後の経過が知りたいんだね」


「そうなんです」


「もちろん構わないけれど、ここの研究員に君がやることを説明する必要がある。それでも構わないかな?」


『経過観察なら、うちらが子どもをつけて見んで』


 精霊たちに任せるか、それとも人に知らせて行うか。どちらがいいのだろう……。


「うーん、少し考えてもいいですか?」


「ああ、構わないよ」


「ん〜……私としては、ここで経過を見たいですね。もちろん、担当は私を指名してもらって」


 イリーナさんは前向きに、協力してくれるようだった。


 その後、私たちは実験場を一通り見学してから研究所を後にした。


研究所の門をくぐったとき、ふと春風が頬をかすめた。振り返ると、白い建物が陽光を浴びてまぶしく輝いていた。


この場所から始まる“ミアンの手術”が、ほんの少しだけ現実に近づいたような気がした。


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