第58話 細菌学の母
翌日。
昨日と同じように教室に行くと、クロエから今日も自由にして良いと言われた。私はクラスのみんなと別れ、教室の外を歩いていた。
『闘技場でやっている魔法科の授業を見に行きますか?』
アクアがいるせいか、魔法に対してそこまで興味が湧かない。少し気が進まなかった。
「ん~……」
『せやったら、錬金科に行ったら?』
ミントから思いがけない提案を受けた。
「なんで?」
『週明けの放課後、おいでって言われとったやん』
そういえば、そんなことを言われていたのを思い出した。
「そうだね、行ってみようか」
まだ放課後じゃないけど、大丈夫かな……。不安に思いながらも、私は錬金科の職員室へ向かった。
錬金科の職員室に着いて、扉をノックする。
「すいません~」
「はい~」
中から聞こえた女性の声とともに、扉が開いた。
そこには金髪をなびかせた、年齢不詳の小さな女の子が立っていた。リンクル族だろうか? 火の精霊が付いているし、ここの卒業生なのかもしれない。
「あら? どちらさまでしょうか?」
見上げてくるその子を見て、思わず「かわいい……」と心の中で思ってしまった。
「えっと……ヴィッシュ先生を……」
「はい~、少々お待ちくださいな」
少女は軽やかに学科長室の扉をノックする。
「学科長~、お客さんですよ~」
その声に応えるように、中からヴィッシュ先生が現れた。私の顔を見るなり、やわらかく微笑む。
「おや、ラミナ君でしたか。魔法科の授業に参加しなくてもいいですか?」
私の方に歩み寄りながら尋ねてくる。
「魔法は、精霊さんたちが色々教えてくれるので、いいかなぁって」
「そうですね。精霊たちほど魔法に優れた存在はいませんからねぇ。今日はここに何しに?」
「先生が、週明けにと言っていたので、それで……」
「なるほど、覚えていてくれたんですね。ちょうどイリーナ君もいますし、研究棟に行きましょうか」
「ヴィッシュ先生、この子は?」
「まずは紹介からですね。彼女はラミナ君、今年入ってきた一年生です。そしてこちらはイリーナ君。ここを卒業して、今は細菌学の研究と教師をしているんですよ」
「あぁ~、あなたが噂の子なんですね。イリーナです」
ニコニコ笑顔のイリーナに、私は少し照れながら頭を下げた。
「あっ、私はラミナです。よろしくお願いします」
「さて、紹介も終えたし、研究棟へ行こうか」
ヴィッシュが私の横を抜けて、廊下へと出ていく。
「ささ、ラミナさん、こちらですよ~」
イリーナに手を引かれながら、私は研究棟へと向かった。
「ラミナ君は、リタ君が我々の業界でなんて呼ばれているか知っているかい?」
普通に考えれば聖女だけど……業界では?
『細菌学の母やで』
考えているとミントが教えてくれた。
「ぇ? 細菌学の母?」
「そうですよ。精霊たちから聞いたのかな?」
「はい、ミントが教えてくれました」
「そうか。リタ君が戻ってきてから、あらゆる感染症に対応できるようになってきたんですよ」
「そうなんですか?」
「ああ。一番大きかったのは、微生物の存在を明確にしたこと。そして、それに伴って病気の研究が一気に進んだんです」
「へぇ~、それまでは微生物の存在が知られていなかったんですか?」
「認識されていなかったですね。ただ、同じ症状を持つ患者が出ると『何かあるのだろう』とは言われていた程度で」
「そうなんだ……」
「それで今、世界に4つの微生物・薬学の研究所があるんですよ。ここ、ルマーン国立微生物薬学研究所。ポートリタのオーシス薬学微生物学研究所。センターリタのバルト国立薬学研究所。そして倭国の薩摩薬理学研究所です」
『ちなみに、薩摩薬理学研究所は、かつてリタがいた孤児院なんですよ』
アクアが補足してくれた。
「へぇ……」
ふと気になったことがある。
「ヴィッシュ先生、ポートリタやセンターリタって町の名前ですよね?」
「そうだよ。ポートリタはオーシア大陸にあって、魔大陸とも呼ばれる場所。多種多様な魔物がいて、本来人が住める場所じゃなかった。でもね……」
「どうしてそんなところに……?」
『この島を出たときに、とあるトラブルがあったんですよ』
『ほんでな、海にドボーン!』
アクアとミントがテンポよく説明してくれる。
『海流に流されて、1ヶ月ほど漂流した結果、魔大陸にたどり着いたんや』
「へぇ~」
『ちなみに、運河の始まりの町イーストリタの場所にも流されたんやで』
『あれは、乗っていた船が悪天候で沈没したから仕方ないんですけどね……』
なんというか……先祖は水と相性が悪かったのかもしれない。自然とそんなことを思った。
「さて、着きましたよ。ここがルマーン国立微生物薬学研究所です」
錬金科の校舎を出てすぐのところにある門をくぐると、白く大きな四階建ての建物がそびえ立っていた。
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