第57話 幕間 リタと刀
まん丸達が、折れた刀を脇差しに作り直している時
「ねね、ミント」
『なんや?』
「先祖と刀の話を聞かせてよ」
刀にまつわる過去のことが気になって仕方なかった。
『ええで。フゥと別れた話をしたやろ?』
「うん」
『あの後、その国の王……いや、お殿様から呼び出しを受けてな。リタの持っとる知識を、その国でも広めてほしいって言われたんや』
「その国が、倭国の薩摩って国だったんだ」
聞いたことのない国名なのに、なぜか懐かしさを感じる。
『せや。それでな、流行り病で両親を亡くした子供たちを集めて、町から少し離れた場所に孤児院を作ったんや』
「へぇ……じゃあ、そこにいた孤児の子?」
『せやな。孤児院を作ってから、だいたい三十年くらい経った頃のことや』
ミントの口調は穏やかで、どこか優しげだった。そこには、過去の思い出を大切に抱えているような気配があった。
◇◇◇◇◇◇
植物の大精霊ミドリ(ミント)視点
とある寒い冬の日。
『リタ、また院の前に赤子が置いてかれとるで』
「はぁ、またなのね」
『今年は不作でしたからね……』
「仕方ないのかなぁ?」
この年は冷夏で、米が不作の年やった。
『どうなんやろなぁ』
『まぁここに居れば食う事に困らんから仕方ないだろ』
孤児院はうちら精霊がおるおかげで、周囲とは違って豊作やった。
子が無事に成人するなら――そんな願いを込めて、親たちは後を絶たず子を置いていく。
「仕方ないわね。この子の名がわかる物はないし……名前、どうしようか」
『武蔵でどうだ?』
「何か強そうな名前ね。何か意味があるの?」
『いや、単にこの国の武人の名だ』
リタの問いに対して、シュウがすぐ答えとった。
「そう、いいんじゃない。カスミ、この子の面倒見てあげて」
「はい」
カスミを含めて、数名の孤児院卒業生が孤児院とその周辺の薬草園や畑で働いてる。
『あいつはいずれ戦いに向かうと思うぞ』
「そうなの?」
『あぁ、スキルが剣聖だからな』
「へぇ……何にせよ、無事に大人になってもらわないとね」
『そうだな』
◇◇◇◇◇◇
それから10年――とある日のお昼。
この施設では、上の子が下の子の面倒を見るいう風習が根づいとった。
「リタ先生!」
乳児達の面倒を見てるリタの元に、武蔵が駆け寄ってきた。
「なに?」
「剣の稽古終わりました!」
「そう、お疲れ様。お昼の準備するから、この子達を見ていてくれる?」
「はい!」
武蔵は嫌な顔ひとつせず、乳児達の世話を引き受けとった。
『あいつ、真面目やね』
『だな。さっきまでジャガイモと男児連中らと稽古していたのにな』
『良いことじゃないですか』
『剣聖スキルあるんやし、極めようとせぇへんのかな?』
『どうなんだろうな。この国の国民性な気がするが』
『国民性ですか?』
『あぁ。この国は困ったら助け合ういう思想が根強いからな』
『そういえば、来た頃も獣人だろうとエルフだろうと差別無く譲っていましたもんね』
病気の治療をしてる時の話や。
皆苦しいはずやのに我先にと動くんやなく、他種族のエルフや獣人、リンクル族の人たちが居ると、「お先にどうぞ」と言って譲っとったんや。
『あぁ、あれは驚いたよな』
『せやな〜』
「ほら、ミドリ達もおしゃべりしてないで、こっち手伝って!」
キッチンに向かったリタに呼ばれて、うちらも慌てて手伝いに向かった。
『ほい!』
『はいはい』
『すまんすまん』
その後も武蔵は、自分の鍛錬だけやのうて年下の子達の面倒を積極的に見たり、卒業生達がやっとる畑の手伝いなんかもようしてた。
そのおかげか、孤児院内外でも評判がようて、誰からも慕われとった。
◇◇◇◇◇◇
ラミナ視点
『ほんでな、そいつは持ち前の性格とスキルのおかげでメキメキと腕を上げたんや』
「うんうん」
ミントの語り口調は穏やかで、どこか懐かしそうだった。
『当時はまだ倭国内も1つやのうて、いくつもの国があって領地争いしとったんや。ほんでな、孤児院卒業後はとある国に士官したんや』
「そうなんだ。士官したってことは、この国でいうと騎士団とかに入ったってこと?」
『せや。ほんでな、孤児院を卒業して5年後くらいやったかなぁ。突如孤児院に顔を出したんや』
話は思わぬ展開へ。私は自然と身を乗り出していた。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
植物の大精霊ミドリ(ミント)視点
『リタ、珍しいお客さんやで』
「ん?」
『ほんまや、もうじきここに着くわ』
「誰が来たの?」
『武蔵や』
孤児院を卒業してから、武蔵はこの領地の領主に士官したと手紙で聞いとった。けど、卒業してから一度も顔を見せたことはなかった。
それが今日、孤児院に戻ってくるというんや。
「へぇ、確かに珍しいね。今夜はごちそうにしようか」
『ええなぁ、寿司食べたい』
『いいですね』
「それじゃあ、お寿司にしよっか。アオイ、ジャガイモと一緒に魚を捕ってきてくれる?」
『はい』
『ほ〜い』
アオイとジャガイモが窓から飛び出していった。
『うちらはどうするん?』
「竈にセットしてあるから、2人で協力してご飯炊いてくれる? 私は子供達の相手してくるわ」
『了解』
『わかった』
うちらはシュウと協力して、竈に火を入れて炊飯の準備をした。
『なぁ、シュウ。なんで急に武蔵は帰ってくるんや?』
上の子らにも聞いてみたけど、武蔵が帰ってくる理由は誰も知らんかった。
『あぁ、まぁな』
『なんなん?』
『遠征や。帰ってこられるかも怪しいらしい』
『……え?』
『相手は五万の大軍らしい。こっちは五千程度で分が悪すぎるってさ。勝てたとしても、そのまま敵地の城に駐留せなならんらしい』
『それって……もしかしぃ、最期の挨拶?』
『だろうな。一対一なら剣聖スキルでどうにでもなるが、戦は一人でやるもんじゃない』
『せやな……。あいつ、リタのこと気に入ってたんやな』
『ああ。だから上の奴に頼んで、「最期の挨拶に親に会いたい」って言って、2日間の暇をもらったんだと』
『そっか……リタのことを“親”やと思っとったんやね』
『ああ』
なんとも言えん気持ちやった。
うちらの孤児院を卒業した子の多くは戦に関わらない道を選んでいた。
けど、戦に巻き込まれて亡くなった子も何人かおる。
最期の挨拶をしに戻ってきた子は、武蔵が初めてやった。
『うちら、基本的にリタにしか興味持てへんはずやのに……』
『十五年も一緒に見て育ててきたんだ。情が移っても仕方ないだろ』
『せやな……。あいつ、どんな気持ちなんやろな……』
『さあな……』
そう話しとるうちに、武蔵が孤児院に戻ってきた。
子供たちは大喜びで迎えとったけど、うちの心はどんよりしとった。
その夜、うちら精霊たちが見守る中、武蔵とリタが2人きりになっていた。
「ねぇ、あなた死ぬ気なのかしら?」
「ぇ?」
リタの言葉に、武蔵はひどく驚いとった。
「なんでそれが?」
「そうね、うちの子にとびきり元気な子がいるんだけど……あなたが帰ってきてから、その子がすごく静かだったからかな」
そう言ってリタは、こっちを見た。
そしたら、アオイもジャガイモもシュウも、うちの方を見てた。
……シュウから話を聞いてから、明るく振る舞う気にはなれへんかった。
リクエストした寿司も、感覚共有して味わう気にはなれへんかった。
『ぇ? うち?』
『だろうな。おまえはすぐ顔に出るし』
『表情というより、行動ですね』
「そうですか……多分、もう帰ってこられないと思うので……」
「そう……紗奈ちゃんには?」
紗奈は、武蔵にべったりやった女の子や。
「紗奈には、明日帰るときに」
「そう。あなた、足軽頭になったって言ってたわよね」
「はい、それがどうかしましたか?」
「みんなで、武蔵に刀と、足軽が身につけてもおかしくない防具を用意しなさい」
『オッケー』
『はい』
『ほ〜い』
『うっし、きた!』
武蔵が死なずに帰ってこれるように。
うちらはその想いを込めて、武具を作るために部屋を出た。
「先生、いいんですか?」
「えぇ。あの子たちは本来、私以外の子がどうなっても感傷的にならないの。でもね、ミドリがあそこまで気分が沈んでるのは初めてなのよ。だから、私たちからの餞別。生きることを、諦めないで」
「はい……ありがとうございます……」
その後、2人は朝方まで思い出話を語り合っていた。
その間、うちら精霊たちは武蔵のために、武具を作り上げた。
◇◇◇◇◇◇
翌朝――出発のとき。
「絶対に帰ってきてよね……」
紗奈は、武蔵にしがみついて泣いていた。
「あぁ……」
「紗奈、武蔵も困ってるよ」
「……」
「ふぅ……精霊たちからは、これよ」
リタはそう言って、近くの鞄から鎧櫃を取り出した。
「これは……」
「夕べから精霊たちが、あなたのことを思って作ったもの。刀はオリハルコンでも斬れるって。防具は、あなたのスキルに合わせて軽量化を重視したそうよ。でも、そこらの矢や槍くらいなら弾けるって」
「ありがとうございます!」
「シュウ」
『あぁ』
シュウはリタの方に止まると、上位精霊を生み出した。
「私からは……あなたには見えないかもしれないけど、火の上位精霊をあげるわ。きっと、あなたの力になってくれるはずよ」
「ありがとうございます!」
「元気でね」
「はい!」
リタが、泣きじゃくる紗奈を抱きしめながら、武蔵を見送った。
◇◇◇◇◇◇
ラミナ視点
「それで戦いに行った武蔵は無事だったの?」
『無事だったで、囮役の殿引き受けて大活躍したんや』
「へぇ~」
精霊達が作った武具が役に立ったって事だろうか?
『ただな、リタが孤児院にいるうちには帰ってこんかったんや』
「じゃあ、孤児院での別れが今生の別れになっちゃったんだ」
『んにゃ、武蔵と紗奈とその子どもが、30年後にこの国に来たんよ』
「へぇ、じゃあ、再会できたんだ」
『うん。そこからやね、薩摩の子らがアカデミーに留学しに来るようになったのは』
「そうなんだ、私も薩摩行ってみたいかも」
『ええなぁ』
ミントの昔話を聞いていると、脇差しもできあがった。
まん丸ゴーレムがハンゾーに脇差しを渡すと。
「神が宿りし脇差しか。感謝に堪えぬ」
『白鞘だけど、いいかな~?』
「精霊さんが、白鞘だけどいいかな?って聞いてます」
「構いませぬ。これは神棚に納めようと思います」
『ん~、魂が宿っているし、出来たら使ってほしいかな~。使わなくても良いから、身につけてあげて』
「精霊さんが、魂が宿っているから、使わなくても良いから身につけてあげてほしいって」
「仰せのままに……」
なんか、まん丸ゴーレムにやたらとかしこまるハンゾーを見ていると、本来の精霊達に対しての接し方なんだろうか……なんて思ってしまった。
『それじゃあ、帰ろう~』
まん丸がそう言った瞬間、まん丸の姿やら竈やらが保っていた形が崩れ、ただの砂の山と化した。
薪の燃えかすは大丈夫なのかな?
そんなことを思いながら、帝都へ戻った。
戻る途中。
「ラミナ」
「はい?」
「明日から放課後、先ほどの海岸にいろ。自分の技を教えよう」
「ぇ、ありがとうございます!」
「1年しかないが、1年で自分の物に出来るようにしよう」
「はい! よろしくお願いします!」
こうして、1日のルーティーンにハンゾーとの鍛錬が追加された。
「面白い」「続きが気になる」「応援する!」と思っていただけたら、
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