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神様と呼ばれた精霊医 ~その癒しは奇跡か、祝福か~ 【原作完結済】  作者: 川原 源明
第1章 はじまりの村

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第5話 初めての交渉と薬草の価値

 家に戻ってきた。


 扉を開けて中へ入り、背負っていたカゴをそっと床に降ろす。採れたての薬草の香りが、部屋の空気にほんのりと混じった。


『水は、そこのツボに入っとるやつでもええけど……湧水、取りに行く?』


 ミントがふわふわと宙を舞いながら、台所の隅に置かれた水瓶を指した。


「何か変わるの?」


『品質が変わるくらいやな。でも、せっかくやしええもん使いたいやろ?』


 たしかに、どうせ作るなら少しでもいいものを作ってみたい。


「じゃあ、湧水を取りに行こう。近いの?」


『すぐそこやで』


 私は台所から、空いている器を一つ取ってきた。


「これでいいかな?」


『まぁ、初めてやし、それでええんちゃうかな。……ほな、行こか!』


「うん!」


 私は器を手に、ミントの後について家を出た。


---


 今度向かったのは、村のすぐ横を流れる川沿いだった。


「……川の水を使うの?」


『ちゃうちゃう。そんなもん入れたら、お腹こわすわ。こっちや』


 ミントが飛びながら、土手の斜面にある岩の割れ目へと誘導してくれる。その隙間から、冷たく澄んだ水がコンコンと流れ出していた。


『この辺りやと、ここの湧水がいちばん綺麗やね』


 たしかに、川や農業用水路に比べて、ここには淡い水色の光の玉がたくさん漂っていた。おそらく、水の精霊たちの気配なのだろう。


「水の精霊さんって、どこにいるんだろうね?」


『わかれへん。ウチが気配を捉えられへんってことは……植物が生えてへん地底湖とか、地下水のある場所におるんかもな』


「そっか……」


『でもな、アオイもリタから託された精霊やし、この辺におるんやないかなぁ、って思うねん』


「アオイさんって……水の精霊さんの名前?」


『せや。リタがつけた名前やねん』


「おばあちゃんに聞いてみようか?」


『せやな』


 私は器いっぱいに湧水を汲み、そっと持ち上げる。太陽の光を反射して、器の中の水面がきらきらと揺れていた。


---


 家へ戻ると、ちょうど畑仕事を終えた祖母が玄関先にいた。


「どこ行ってたんだい?」


「川まで水を汲みに行ってたの」


「わざわざあっちまで行ったのかい。村長宅の裏にある地下水路の方が近かろうに」


「そうなの?」


「あぁ、澄んでて美味しいよ」


『もしかしたら、そこにおんのかも!』


 ミントの声が頭に響く。


 地下水路——水の大精霊がそこにいる可能性があるなら、すぐにでも行きたい。


「それじゃあ、今から!」


 そう言って飛び出しかけた私を、祖母の声が引き止めた。


「待ちなさい、ラミナや。その薬草、売ってポーション用の瓶やら買ってきたらどうだい?」


「ポーションって、入れる器が決まってるの?」


「町で売る分にはね。決まった瓶じゃないと買い取ってもらえないこともあるよ。水を汲む道具も、ついでに揃えてきな」


「ミント、薬草売ってもいい?」


『ええで。品質ええし、きっとええ値で買ってもらえると思うわ』


「じゃあ、半分くらい残して……」


 私は採ってきた薬草のうち半分を机の上に置き、残りをカゴに詰め直すと、それを背負って村の中央へ向かった。


---


 村の広場に向かう途中、木剣を手にしたフォウルが、ほかの男の子たちと遊んでいた。彼は私の姿を見つけると、真っ先に駆け寄ってきた。


「なんだよ、また婆さんの仕事手伝ってんのかよ?」


「ちがうよ」


「んだよ、一緒に遊ぼうぜ」


「忙しいから無理!」


「んだよぉ……」


 私と同じくらいの年の女の子たちは、親の手伝いや畑仕事でいつも忙しそうにしている。なのに、どういうわけか、フォウルやその仲間たちは手伝いもせずに一日中遊び回っていることが多い。


 うちは両親がいない分、本来なら忙しいはずなんだけど、雑草の生えない畑のおかげであまり手入れを必要とせず、時間には少し余裕があった。


 それでも、今は遊んでいる暇なんてない。ポーションを作るための瓶を手に入れないと。


 私はその後もしつこく話しかけてくるフォウルを無視して、村の広場にいるキャラバンのもとへと足を急がせた。


『ラミナは、あの子のこと嫌いなんやね』


 ミントの声が、ちょっとおかしそうに聞こえる。


「そりゃね。いつもいたずらばっかしてくるし」


『あの子、あんたの気ぃ引きたいだけなんやろうけどなぁ』


「そう? でも、いたずらばっかりじゃ無理」


---


 広場に着くと、キャラバンの隊を率いているイアンさんが、露店を開いていた。


「すいませーん!」


「お、ラミナちゃん。どうした? 何か買っていく?」


「これ、買い取ってもらえませんか?」


 私は背負っていたカゴをそっと降ろし、イアンさんの前に差し出した。


「へぇ~……ヒール草にマジック草、スタミナ草まである! しかも、どれもかなりいい品質じゃないか!」


「そうなんですか?」


「あぁ、最上級の品質だよ。まるで精霊様が直接育てたような出来だ!」


『当然やろ』


 ミントの得意げな声が頭の中に響く。


「ラミナ君、さっそく精霊様と交流しているようですね」


 近くにいた神父様が声をかけてきた。


「はい。植物の精霊様と契約しました」


「そうでしたか。これからのご活躍、楽しみにしていますよ」


「なるほどな。それでこの品質か……。じゃあ、12000ウルでどうだ?」


 金額を聞いて、思わず目を見開いた。


 村長宅での休日学校で習ったお金の話を思い出す。たしか……それは、かなりの大金だったはずだ。


「そんなに高くていいんですか?」


「もちろん! スタミナ草の最上品質なんて、俺も初めて見た。これ、商会の会頭に見せたら絶対に喜ぶぞ!」


「ありがとうございます。それで、そのお金で……水を汲む道具とか、ポーションを作るための瓶とか、そういうのが欲しくて」


 そう言うと、イアンさんは少し申し訳なさそうに手を合わせた。


「ごめん、ポーション用の瓶とかは持ってきてなくてね……。でも代わりに、作ったポーションをこの瓶に入れてくれないかな?」


 彼が取り出したのは、大人の拳ほどの空き瓶だった。


「わかりました。じゃあ、それをください。あと、水汲み用の容器も……」


「水用は、これでどうかな?」


 イアンさんが差し出したのは、酒瓶くらいの大きさで、少し口の広い瓶だった。


「それで大丈夫です」


「よし。じゃあ、これが釣りの1万ウル。それと、代用の瓶10本と水用の瓶、全部カゴに入れておくよ」


 手際よく品物を詰めながら、イアンさんが金貨1枚を渡してくれた。


 金貨——。正直、こんな大金を持ち歩くのは落としそうで怖い。


「次に来るときは、ちゃんとしたポーション瓶と、運搬用のカバンも持ってくるよ。ほかに何か必要なものある?」


『調合に使いそうな道具かな。ランプとか、ろ過装置とかちゃうん?』


 ミントの声を聞きながら、私はそのまま口に出した。


「調合用のランプや、ろ過装置とか……そういうのですかね」


「わかった。準備しておくよ。ほかにも役立ちそうなもの、いろいろ探してくるよ」


「ありがとうございます!」


「いやいや、こちらこそありがとう。まさかこの村で、こんな良い薬草に出会えるとは思ってなかったよ。またよろしくね!」


「はい……あの、それと……」


「うん?」


「その……さっきのお釣りの1万ウル、預かってもらえませんか?」


「えっ? どうして?」


「こんな大金、持ち歩くの怖くて……」


「ああ、なるほどな……。でも……」


「イアンさん、いいんじゃないですか?」


 隣で聞いていた神父様が、優しく口を挟んでくれた。


「ん~、神父さんがそう言うなら……じゃあ来週持ってくる道具代ってことで、預かっておくよ」


「ありがとうございます。それじゃあ、私はこれで」


「うん、気をつけて帰ってね!」


---


 カゴを背負うと、ずっしりと重みがのしかかってきた。今からこの荷物を持って、また水を汲みに行くのは大変そうだ——。


「……やっぱり、一度家に戻ろう」


 私はそう呟きながら、村の広場をあとにした。

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