第44話 聖地キラベル火山
切り株に腰を下ろし、木こりの仕事が終わるのをのんびり待っていると――。
「すまん、すまん、待たせたな」
軽く汗を拭いながら、木こりがこちらへと戻ってきた。
「いえいえ。あの、木を切るのが仕事なんですか?」
「ああ。この先にある村はな、主に木材を売って生計を立ててるんだ。さあ、こっちだ。ついてきてくれ」
私は彼の背を追いながら歩き出す。
「麦とか育てたりは……しないんですか?」
私のいた村では、麦作と狩猟が生活の基本だった。林業中心というのが、少し想像しにくかった。
「昔はな、畑もやってたんだよ。でも一昔前の噴火で、畑一面が火山灰に埋まっちまってなぁ……それで林業が中心になったってわけさ」
「じゃあ、元々は農業の村だったんですね?」
「ああ。溶岩で村ごと飲まれなかっただけ、まだマシだったって話だ」
そう言って笑ったが、口調の端に過去への苦味が滲んでいた。
「林業だけで、ちゃんと暮らしていけるんですか?」
「ま、狩猟も一緒にやってりゃ、問題ないさ。ここの連中は山のことにも慣れてるしな」
「そうなんですね……」
木こりがふとこちらをちらりと見て、続けた。
「それにしても、おまえさん……いくつだ? 見たところ、十もいってないように見えるが」
「八になりました」
「ほう、八か……。だが、あまり子どもって感じはせんな」
――それは、両親を亡くしたからだろうか。
おばあちゃんに迷惑をかけたくなくて、少しでも自分のことは自分でしようと思うようになった。そうしてるうちに、自然と考え方が変わっていった気がする。
「たぶん、両親を亡くして……それで、おばあちゃんに迷惑かけたくなくて、頑張ってきたから……かも、です」
そう口にすると、木こりは立ち止まり、こちらに向き直って深く頭を下げた。
「……すまん! 変なこと聞いたな!」
「大丈夫です。……ずっと、精霊たちがそばにいてくれたから」
私は静かに笑って、胸の中でまん丸たちに感謝した。
「そうか……そうか、ええ子やな……。……もうじき見えてくる」
彼の言葉どおり、しばらく進むと、木々の隙間から数軒の家屋が見えてきた。
細くなった道の突き当たり――そこが村だった。
……いや、村と呼ぶには、少し違和感がある。
建物は五軒。けれどそのうち二軒はすでに崩れていて、人が住める状態には見えなかった。わずかに残る畑らしき土地も、雑草に覆われていて手入れされた様子がない。
「あれ……人があまりいないんですか?」
「そうだな。昔はもっと人がいたが、今じゃ、俺も含めて五人だけだ」
――なるほど、精霊たちが「集落」と表現していたのも納得できた。
私の目から見ても、「村」と呼ぶには少し寂しすぎる場所だった。
むしろ「集落」という言葉のほうが、しっくりくる気がした。
「やっぱり、噴火で畑が使えなくなったからなんですか?」
「ああ、そうだ。あれをきっかけに、多くの連中が安全な場所へ引っ越していったな」
「そうなんですね……」
木こりの言葉に目を向けると、雑草の生い茂った元・畑らしき土地が視界に入った。よく見ると、土の表面からは細かな火山灰のような砂利が顔をのぞかせていて、農地としての面影はほとんど残っていない。
「そのうち、俺たちもキラベルの町に引っ越すことになるかもしれん。ただな、ここの木材を欲しがる連中はまだ結構いるんでな」
木こり――マッシュの言葉を聞きながら、私はその後ろを静かについていった。
ほどなくして、彼が案内してくれたのは、村の中でもひときわ大きな家だった。
「村長! 客人だぞ!」
マッシュは玄関の戸を開けるなり、大きな声で家の中へと呼びかけた。
すると、奥から白髪に白いひげ、マッシュと同じような体格の老人が現れた。
「なんだ、マッシュか……そちらの嬢ちゃんは?」
『懐かしい奴やな』
『ですね』
ミントとアクアが、どこか懐かしそうな声で呟いた。どうやら、この老人に見覚えがあるらしい。
「精霊使いの嬢ちゃんだ。火山に行きたいんだとよ」
「ほう……」
そう言って老人は私をじっと見つめ、目を細めながら上から下までゆっくりと視線を這わせた。
「……懐かしい雰囲気を持つ嬢ちゃんだな」
その一言に、私はピンと来た。
――やっぱり、この人もリタを知ってる。
「もしかして……リタと会ったこと、ありますか?」
「あぁ、なるほど……誰かに似てると思ったら、リタ嬢ちゃんか」
白髪白ひげの老人は、納得したように深くうなずいた。
「やっぱり……」
「ワシの名はダシュじゃ。嬢ちゃんの名前は?」
「ラミナです」
「ラミナか……おまえさん、リタとはどういう関係だ?」
「リタは、私のひいひいおばあちゃんです」
「なるほどな……話し方こそ違うが、嬢ちゃんの雰囲気は、リタ嬢ちゃんによく似ておる。精霊と会いたいんだったな? なら、これから行くか」
「爺さん、いいのか?」
マッシュが少し驚いたように言ったが、ダシュは軽く首を振って答えた。
「構わん。あの子は“竜神様の待ち人”だからな」
――竜神様?
「竜神って……?」
「長いあいだキラベルの地を護ってくださっているお方だ」
その言葉を聞いた瞬間、私は以前、精霊たちから聞いた名を思い出した。
「……もしかして、“ファラドラ”のことですか?」
「ほう、その名を知っているのか。精霊から聞いたんだな?」
「はい、そうです」
「そうか……。どんなふうに聞いているのかは知らんが――まぁいい、ついてこい」
そう言ってダシュはくるりと背を向け、村の入口とは反対側へと歩き出した。そちらには、森の奥へと続く登山道のような小道が伸びていた。
登山道をダシュと共に黙々と登ること数時間――ようやく、岩肌の間にぽっかりと開いた洞窟の入口にたどり着いた。
「ふぅ……ここだ。後は嬢ちゃん一人で行くといい」
「えっ……?」
てっきり最後まで一緒に来てくれるのかと思っていた。
「ここから先は聖域だ。用もない者が入るわけにはいかん。用のある嬢ちゃんだけが進むんだ。……ワシはここで待っとる」
「……わかりました」
少し不安だったけど、私は覚悟を決めて後ろを振り返らず洞窟の中へ足を踏み入れた。
するとすぐに、洞窟の内部は赤くぼんやりと明るくなった。火の精霊たちが異様なほど密集して、空間全体を照らしていたのだ。
さらに奥へと進もうとした瞬間、帝都を出たときと同じように精霊たちが動き出し、左右と中央に整列しながら道を示してくれた。
念のためマジックバッグからランプを取り出し、マッチを取り出しかけたところで――火の精霊が、ぽっと火を灯してくれた。
精霊たちが示す道とランプの灯りを頼りに、私はそのまま歩みを進めた。やがて開けた空間へとたどり着き、上を見上げるとわずかに空が見えた。
――そのときだった。
『ようやく来たか』
いつもの精霊たちの声とはまるで違う。全身に響くような、重く深い声だった。
私は周囲を見回したが、声の主と思しき姿はどこにもない。
『探しても無駄だ。すでにワシはそこにはおらんからな』
どういうこと? この声、一体どこから――。
『まあよい。間もなく大精霊がそこへ来る。それまでにワシの言葉をダシュに伝えよ』
『よいか。間もなく火山が噴火する。村を離れよ――キラベルよりも、さらに遠くへ、とな』
……拒否する余地はなさそうだった。けれど、それにしても重要すぎる話だ。
「えっと……」
『頼んだぞ』
それを最後に、声はピタリと消えた。
「今のって……なに?」
『あれは、ここにいたファラドラの“残留思念”ってやつやな』
「えっ……じゃあ、死んだの?」
『いえ、彼は彼の仕事をするためにこの地を離れたんです』
「仕事?」
『はい。彼はこの世界の流れを見守る存在――いわゆる“天神”と呼ばれる者です。創造神様の部下のような存在で、この地に一時的に滞在していたんです』
「世界中を旅してるってこと……?」
『旅というより、お仕事やな』
――世界中を飛び回る仕事か……なんだか少し、うらやましいかも。
『来たで』
ミントがそう言った直後、目の前に赤い竜巻のような渦が巻き起こった。
その中から現れたのは、赤く輝く筋肉質の身体に、いかつい顔。額からはヤギのような黒く太い螺旋の角が生えていた。
『すまん、待たせたな! 久しぶりだな、三人とも!』
『やね、約束通り連れてきたで』
『元気でしたか?』
『やぁ〜』
精霊たちがそれぞれに挨拶を交わしたあと、赤い存在――イフリートが私の目の前に立つ。
『……んでラミナ。俺に名前をくれ』
「あっ、うん」
――挨拶よりも先に、名前のほうが先なのね。
赤い炎のような姿に合う名前……。うーん……グレン? 確か、おばあちゃんが昔話してくれた英雄の名前だったような……意味は忘れたけど、なんとなく響きがしっくりきた。
「えっと、君の名は……グレンでいいかな?」
『ラミナ、ありがとよ。俺の名は“グレン”。これからよろしく頼むぜ』
『ちなみに、うちはミントや』
『私はアクアです』
『ボクはまん丸〜』
『は〜ん、リタと同じミスしたか……』
まん丸が名乗った後の反応から察するに、たぶん「名前」についての話なんだろうと思った。
「……じゃ、戻ろっか」
『ああ、それと。ファラドラの話、聞いたか?』
「うん、噴火するって」
『ああ。しかも、今度はかなりデカいやつだ』
「……いつ頃?」
『そうだな、1~2か月以内ってとこか。……まん丸、お前も気づいてたろ?』
『うん、まぁそのくらいだね〜』
「そっか……」
――急がないと。
私はそう思いながら、洞窟の外で待っているダシュの元へと足を速めた。
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