第42話 カバンの中身
錬金科の医務室から、自分の部屋へと戻ってきた。
『リタの手紙、読まへんの?』
「あ、うん。そうだったね」
私はカバンを開けて、手を差し入れる。すると、すぐに指先に紙の感触が触れた。
――何も入っていないように見えたはずなのに、手紙だけが自然と手元に現れる。
これが……マジックバッグ?
ツキから借りた簡易的な収納魔具とは、明らかに違う感覚だった。
手を引き抜くと、薄い黄色の封筒がひらりと現れる。
百年以上も昔に書かれたはずなのに、色あせひとつなく、まるで昨日用意されたかのような美しさだった。
「これ……本当に先祖が書いたの?」
『せやで。カバンの中はな、時の流れが止まったままなんや』
「……ってことは、中身はずっと“あの時”のままってこと?」
『そうや。リタが村へ旅立つ前日に書いたもんやから、カバンの中の手紙にとっては、リタが触れていたのは“ほんの数時間前”みたいなもんなんや』
――あぁ、そうか。
さっき、まん丸が「リタの匂いがする」って言ってたの、そういうことだったんだ。
「……なんだか、不思議な感じ」
私は丁寧に封を切り、中の便箋を取り出す。さらさらとした質感の紙を広げ、そこに綴られた文字を目で追った。
**“私の遠い遠い子孫へ
この手紙を読んでいるということは、あなたが無事にアカデミーに入学できたということですね。
あなたがどんな目的でここに来たのかは分かりませんが、カバンの中にあるものを自由に使ってください。
必要ないと思ったら、捨ててもらっても構いません。
――リタ”**
……え? これだけ?
「……これだけ?」
『ふふっ、そう思うやろ? でもな、リタは手紙書くん、めちゃくちゃ苦手やってん』
『この手紙書くだけで、3日も悩んでましたからね』
「み、三日も!?」
驚きながらも、少し可笑しくなる。
あれだけ立派な人だったのに、手紙一枚に三日も悩むなんて、なんだか人間味があって――。
『カバンに手紙をしまった後も、村に向かう途中ずーっと内容気にしてたんやで』
『まあ、そっけない手紙やけど、中身はラミナに役立つものが多いはずですよ。とりあえず、中身を出してみたらどうですか?』
「うん……そうしてみる」
私はカバンに手を差し入れる。
――けれど、肩まで入れても、底に手が触れない。
横に動かしても、内壁の感触がない。まるで、広大な空間に手を突っ込んでいるようだった。
「……どこまで広いの、これ……?」
私は少しだけ身を乗り出して、さらに奥へと手を伸ばす。何かに触れるまで、探ってみよう――。
「……何もないよ? むしろ、自分が入れそうなくらい広いんだけど……」
『そりゃそうや、生き物は入らへんけど、マジックバッグやからな』
「そうなんだ……」
無限に広がっているかのような不思議な空間――。
それが“マジックバッグ”というものなのだと、あらためて実感する。
『何が入っているかのメモを入れていたと思うので、メモが欲しいと念じてみるといいですよ』
「……最初から手紙にそう書いておいてくれればいいのに」
少し呆れながらも、言われた通りに意識してみる。
「メモ……」
すると、手を差し入れた瞬間、指先に紙の感触がふわりと触れた。
「……一瞬で出てきた……」
『そういうもんなんや。意識せな、どんだけ手ぇ突っ込んでも出てこんからな』
なんでもかんでも“知ってて当然”みたいに進むのは、正直ちょっと不親切だと思う。
けど、それもきっと、リタらしいのかもしれない。
私はカバンから手を引き抜き、現れたメモを広げてみる。
中にはびっしりと手書きの文字で項目が並んでいた。
肉や麦などの食材、薬草、鉱石、調合道具に料理道具、レシピ本、寝具や家具、杖に剣、多種多様な魔道具……果ては砂や船まで――。
「生活できそう……どころか、小さな村くらいなら余裕で運営できるんじゃ……」
書かれている内容だけでも、その物量と種類に圧倒される。
でも、その中でひときわ目を引く単語がいくつかあった。
「時計? あと……鉱石類がすごく多いし、砂? それに、船……レーベン号?」
読み上げると、ミントがすぐに反応した。
『ああ、それはな、まん丸が作った懐中時計や』
「懐中時計? ……日時計じゃなくて?」
私の中で“時計”といえば、地面に影を落として時間を測るものだった。
まん丸の手作りって……持ち運べる時計なんて、そんなものが本当にあるの?
『ちゃうちゃう、ちゃんと動くやつや。ほら、ボッシュが持っとったやろ?』
「あ……あの、腰から下げてた小さな金属のやつ?」
『そうそう。時間が分かるって、便利やで』
『アカデミー内にも、壁掛け時計があるでしょう? あれを小型にした感じですね』
「へぇ……」
時間は鐘の音でおおよそ分かるので、これまでは特に不便を感じていなかった。けれど、懐中時計というものに少し興味が湧いて、私は試しにカバンに手を入れ、頭の中で「時計」を思い描いた。
すると――ひんやりとした感触とともに、掌に収まりそうな円形の物体が手元に現れた。
「……これが、懐中時計……?」
そっと手を引き出すと、そこには透き通るようなクリスタルでできた懐中時計があった。
まるで宝石のように光を受けて淡く輝いていて、外装には細かな彫刻のような装飾が施されている。蓋の中央には小さく精霊紋が刻まれており、何か特別なものを感じさせた。
蓋をパチンと開けると、中には繊細な針と数字が刻まれていて、カチ……カチ……と小さな音を立てていた。
『動力源は魔素ですが、精度も高いですよ』
リタの手紙はそっけなかったけれど、こうして中身を見れば見るほど、どれだけ私のことを考えてくれていたのかが伝わってくる気がした。
私は懐中時計を手に持ったまま、しばらく静かに時の音に耳を傾けていた。
まん丸の反応がないことに気づき、ふと辺りを見渡すと――近くの棚の上で、丸くなって寝ていた。
……また寝てる。まあ、今は特に頼むこともないし、いいか。
「これ、何でできてるの? ガラス……?」
手の中の懐中時計を見つめながら問いかけると、ミントがすぐに答えてくれた。
『いや、クリスタルや』
「鉱石なの?」
透明な鉱石なんて初めて聞いた。
『そうですよ』
「そっか……。で、鉱石類がいっぱいカバンに入ってたのって、なんで?」
『薬草と組み合わせて反応を調べたりするためや。意外な変化が起きることもあるからな』
「変化って……どういう?」
『たとえばやな、毒草の種でも、鉱石の上で育てると毒が抜けて薬になったりするねん。その逆で、毒になることもあるし、全く別の性質を持つものに変わることもあるんやで』
「へぇ……そんなことまでできるんだ」
――となると、カバンに入ってた“砂”も、何かに使えるかな?
いずれにしても、キラベルに向かうときは、このカバンを持っていくのがよさそうだ。
懐中時計に目をやると、針はすでに二十二時をまわっていた。
「……時間って、あんまり意識したことなかったけど、これって結構遅いよね?」
『そうですね。ラミナはいつも二十一時くらいには寝ていますね』
「やっぱり」
このままだと、明日に響いてしまう。そう思い、私はシャワーを軽く浴びてからベッドに入った。
いつものように、魔素をそっと精霊たちに吸わせていく。
身体がじんわりと温かくなっていき、まぶたが自然と重くなる。
――船のことは、また今度、聞いてみよう。
そう思いながら、私は静かに目を閉じた。
「面白い」「続きが気になる」「応援する!」と思っていただけたら、
『☆☆☆☆☆』より評価.ブックマークをよろしくお願いします。
作者の励みになります!




