第4話 薬草採取
翌朝――。
『ごめん許しぃ!』
目を開けた瞬間、頭の中にミントの声が響いた。
まるで飛び起きたかのように、私はぼんやりとした視界を見渡す。
窓から差し込む朝の光は柔らかく、部屋の中はうっすらと明るくなっていた。
「ミント、私に何があったの?」
寝起きの頭を振るように問いかけると、ミントはやや気まずそうに答えた。
『ラミナの体内にある魔素が切れてん』
「……ぇ?」
『魔法や精霊の力を使うときはな、体内にある“魔素”を消費するんよ』
ミントがそう言った瞬間、私は昨夜のことを思い出した。
麦の粒を育てようとしたあのとき、強い眠気に襲われ、気づけば意識が途切れていた。
「……もしかして、私の体の中の魔素が少なかったから、途中で倒れちゃったの?」
『せや。ラミナは昨日、初めて魔力を使ったんやから、まだ体内の魔素の量も少ないんや』
なるほど……。たしかに昨日の夜は、麦を育てるだけで急に意識が途切れた。
あれは“魔素切れ”だったというわけか。
「……どうやったら、魔素って増えるの?」
『魔素切れを起こせば起こすほど、体内の魔素保有量は少しずつ増えていくで』
なるほど。筋肉を鍛えるみたいなものだろうか。
「魔素切れになると……やっぱり寝ちゃう?」
『せやな。魔素がゼロになったら、強制的に休むことになるからな』
「それじゃあ、毎晩植物を育てて、魔素切れを繰り返せば……?」
『そうそう。そうすれば体の中に蓄えられる魔素の量が、だんだんと増えていくんや』
「薬を作るときも、魔素って使うの?」
『作るもんによるな。簡単なヒールポーションやマジックポーションなんかは、材料だけで作れるで。魔素は使わへん』
「それなら、日中は薬作りに集中して、寝る前にミントの力で植物を育てれば……」
『うん、それがええかもしれへんな。無理なく鍛えられるし』
ミントの言葉に、私はうんうんと頷いた。
魔素という新しい“体の仕組み”を知ったことで、少し賢くなれたような気がした。
ふと周囲を見渡す。
静かな家の中には、祖母の姿が見当たらなかった。
「あれ? おばあちゃんは?」
『畑に行ったで~』
ミントの声が軽やかに頭の中に響いた。
「あ、そうなんだ……。ねえ、私が倒れたことって、おばあちゃん何か言ってた?」
ちょっと気になっていた。心配された様子もなく、静かな朝だったから。
『魔素切れで倒れたって、ちゃんと気づいてたで。すぐに布団に運んでた』
「そっか……」
ホッと胸をなでおろした。気づかれずに倒れていたわけじゃなかったのだ。
「……お腹すいた」
そういえば、昨夜は夕食前に倒れてしまっていた。何も食べていない。
空腹がじわじわと押し寄せてくる。
『こっちやで。おばあちゃんが作り置きしてくれてるわ』
ミントがふわふわと宙を舞いながら、台所の方へ導いてくれる。
テーブルの上には、パンとスープ、それに山菜のサラダが用意されていた。
「いただきます!」
私は手を合わせ、ささっと朝食を平らげた。
なぜなら、早くミントから薬の作り方を教えてもらいたかったから。
「ミント、薬を作ろう!」
『ええで。ほな、材料を集めに行こか~』
「何を持っていけばいいかな?」
『薬草を入れるカゴくらいでええんちゃう?』
「わかった、納屋にあったはず」
私はうなずき、家を出て畑の方を見やった。
祖母の姿が見えたので、大きな声で声をかける。
「おばあちゃーん! ミントと薬草取りに行ってくる~!」
「はいよ~。気をつけて行っといで~」
畑から手を振ってくれる祖母に軽く会釈して、私は納屋へ向かった。
奥にしまってあった編みカゴを取り出し、背負う。
「準備できたよ」
『うちの後についてきてな~』
ミントが納屋の外へと飛び出す。
私はその後に続き、家の前に広がる森の方へと歩き出した。
かつては獣道さえなかったその森に、今はしっかりと踏みならされた細道ができていた。
「この道って……ミントが?」
『せやで。あのままだと歩きにくいやろ? ちょっと整えといたんよ』
「ありがとう。すごく歩きやすい!」
『気にせんでええって』
ミントの背を追って歩くこと、だいたい一時間。
森の奥の、木々がぽっかりと開けた場所にたどり着いた。
あたりにはミントとよく似た、濃い緑色の光の玉が、ふわふわと穏やかに漂っていた。
「ここは……?」
『リタが作った薬草畑やね』
ミントが、少し誇らしげに言った。
ひいひいおばあちゃんが――リタが遺したこの場所。
亡くなってからずいぶん時が経っているはずなのに、畑は整然としていて、草も元気に育っていた。
「ひいひいおばあちゃんが、使ってたの?」
『せやで』
「でも……こんなに綺麗に残ってるの、すごいね?」
『そりゃ、ウチらがずっと管理してたからなぁ』
「へえ、そうなんだ……ありがとう、ミント」
『気にせんでええよ。ほな、今日は三つの薬草を取って行こか』
「はい!」
私が返事をすると、小さな緑色の光たちが草の間からふわりふわりと集まってきた。
『ウチの子どもらがおる草を取ってな。せやけど、根っこは抜いたらあかんで』
「子どもたちって、この小さい光の玉?」
『せや。ドライアドの下位精霊たちや。草と共に生きとるんよ』
「……そうなんだ」
私は、根を傷つけないように注意しながら、ミントの言う通りに三種類の草を摘んでいった。
『おっきい草がヒール草、赤みがかった葉のがマジック草、んで、細長い草がスタミナ草やで』
ヒール草とマジック草は、村の近くでも見かけたことがあったけど――。
「へぇ……。このスタミナ草って、見たことないかも」
『それもそのはずや。スタミナ草はな、ウチらみたいな精霊がおらへんと育たへん、ちょっと珍しい草なんよ』
「スタミナってことは、疲れた体に効くの?」
『せやで。ヒールポーションやマジックポーションに少量混ぜてもええし、スタミナポーションそのものにも使える。さらにな、上質なスタミナポーションは、体力の限界値すら引き上げる効果があるんやで』
「えっ、そうなの!?」
私は思わず目を見張った。
ヒールポーションには何度か助けられたことがあるけれど、スタミナポーションなんて聞いたことがなかった。
体を鍛えて体力を伸ばすという話は聞いたことがあるけど――ポーションで限界を上げられるなんて、想像もしていなかった。
「スタミナポーション、毎日飲んでもいい?」
『ええよ。そのために作るんやから。体力はな、人生の基本やで』
ミントのその言葉に、私は元気に頷いた。
魔素を増やす方法も、体力を伸ばす手段も見えてきた。
私は、少しずつだけど、確かに前に進めている気がした。
『ほな、家に戻ろか~』
「うん!」
カゴいっぱいに摘んだ薬草を背負って、私はミントと一緒に、来た道を戻りはじめた。
草の香りが、ふんわりと背中に広がっていた。