第337話 再訪 王都ノルトハイム
ロスロイの街門を抜けてしばらくすると、草原を駆ける風が心地よく頬を撫でた。
「ミャ!」
澄んだ鳴き声とともに、朝ハティ達と一緒に狩に出ていたミーシャが、小さな白い影となって飛び込んできた。
『どこに行くの!だって』
ミーシャの問いかけが脳裏に響く。おそらく、スコルが気を利かせて狩場の近くを走ってくれたのだろう。
「王都に行くよ、おいで」
「ッミャ!」
ミーシャが甲高く一鳴きすると、ふわりと跳躍して私の襟元から服の中に滑り込んできた。温かな体温が胸元に広がる。
以前とは違い、身体が少し大きくなったからか、ポケットではなく服の中に入ってくることが多い。ごそごそと動く感触が何とも言えず愛らしい。
ミーシャを回収すると、スコルが進路を変えた。陸地ではなく、キラキラと陽光を反射する海上へと、まるで地面を走るかのように疾走し始める。水しぶきが銀色の軌跡を描いて後方へ流れていく。
「すごい、海の上も走れるんだ」
思わず感嘆の声が漏れる。
「当然だ、私を何だと思っている」
スコルの声には誇らしげな響きがあった。
「ウォンバル様の子」
「そうだ、それくらいの力はある」
「そうですか……」
波間を蹴って進むスコルの背に揺られながら、ふと思ったことがある。
ノルトハイム沖合を航行中の船の中にいるクレイジーラットの事だ。あの凶暴な魔獣が船内で繁殖していたら……考えるだけでぞっとする。
「船のクレイジーラットってすでに?」
『えぇ、見つけ出しましたよ』
アクアの声が涼やかに響く。
「あとさ、どれくらいバラまいたのかな……?」
『つがい二セット位やね』
「じゃあ四匹?」
『そうですね』
「そしたらさ、前にやっていたように、グレンとフゥの子で対処してくれない?」
『そんなことなら、対処済みだぞ』
グレンの力強い声が返ってきた。
「ぇ?いつの間に?」
『意図的にバラまいていったって聞いたときに!』
フゥの軽快な相槌に、思わず苦笑が漏れる。仕事が早くて何より。
「というか、前回子どもたち一杯だしたけど、まだ足りなかった?」
『いや、あの時点でトロランディア地方のクレイジーラットは絶滅させたがな』
グレンの言葉に、炎の揺らめきのような自信が感じられる。
「ってことは……」
『レクトーンから新しく来た子だね!』
フゥの声が少し残念そうに聞こえる。
「ん~、各港町でクレイジーラット対策しないとダメって事じゃん?」
『そういう事だろうな』
各港町でキャットバット飼ってくれたら楽になりそうだけども……。海風に髪が揺れる。
被害が広がらないようにするのはどうすればいいんだろう?遠くに見える水平線を眺めながら考え込む。
レクトーン大陸の港町の方で対処してくれないのかな……?
「ふと思ったんだけど、レクトーン大陸の方で何かが起きてるの?」
海鳥の鳴き声が遠くから聞こえる中、問いかける。
『これと言ってないですが、しいて言うなら長雨で少し生態系がおかしくなっているくらいじゃないですかね?』
アクアの落ち着いた声が、どこか他人事のように響く。
『せやなぁ、洪水とかで流されてる奴もおるし』
アクアのこれと言ってないですがって……、洪水とかで流されるって結構大きなことな気がするんだけど気のせいかな⁉
精霊達にとってはちっぽけなことなんだろうか!?
スケール感の違いに目眩がしそうだ。
「えっと、それで外に出るようになったと?」
『そうじゃないかなぁ~』
まん丸ののんびりした返答に、額を押さえたくなる。
「そっか……、例えばここで子どもたち量産して、レクトーン大陸にいるクレイジーラット殲滅~とかは……?」
希望を込めて提案してみる。
『やろうと思えばやれる気がするが……、移動だけで魔素を消耗してたどりつける奴がいるのかどうかだな』
『だね~ここからだと魔素が噴き出るスポット少ないからね~』
グレンとまん丸の言葉に、計画の難しさが浮き彫りになる。
『ボクの子なら空にいっぱいいるよ!』
シルフの明るい声が、希望の光のように響いた。
そりゃ風の精霊だからなぁ、火の精霊よりは数が多そうだけど……。空を見上げると、白い雲がゆっくりと流れている。
「地上に降りてクレイジーラット殲滅とかできるの?」
『ん~出来るけど効率悪いかも!?』
シルフの声に少し迷いが混じる。
「何か理由があるの?」
『ラミナの魔素で生み出した子は魔素をいっぱいいっぱい貯めこんでるの!けど、自然発生の子は、そんなに多くないよ!魔素スポットとかで補充できるけど!』
「魔素スポットって、スペルン遺跡みたいなところの事だよね」
あの不思議な力が渦巻く場所を思い出す。
『そうそう!』
『もっと言うと、自然界では上位精霊の発生はまれですからね、大半が下位精霊ですし』
アクアが説明を続ける。
『せやなぁ、下位精霊の攻撃なんてたかが知れとるしな』
ミントの言葉に、現実の厳しさを感じる。
「上位精霊量産していたからトロランディア地方とかのクレイジーラットは殲滅したと」
『そういう事だな』
「そっか……」
海風が強くなり、潮の香りが濃くなってくる。
どこかの夏休みでレクトーン大陸に行こうかな……。そうすれば少なくとも現地のクレイジーラット対策にはなるし……。遠い大陸に思いを馳せる。
まぁ、今は目の前のことに集中しよう。服の中でミーシャがもぞもぞと動く。
しばらくすると、霞んでいた視界の先に、徐々に大きな港の輪郭が浮かび上がってきた。無数の帆船のマストが林立し、港町特有の喧騒が風に乗って聞こえてくるようだ。
「あれが?」
指差す先には、石造りの立派な港湾施設が見える。
「あぁ、ノルトハイムだ、ヤーハンのところに行くか?」
スコルが速度を落としながら尋ねる。
「うん、ミントお願い」
『ええで、蔦で縛っとくわ』
ミントの声に、いたずらっぽい響きが混じる。
これで逃げることは出来ないはず。港が目前に迫り、新たな展開への予感が胸に広がった。
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