表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/181

第3話 精霊と契約

 突如、頭の中にあの女の子の声が響いた。

 気がつけば、私のまわりを無数の緑色の光の玉が、舞うように漂っていた。


『ウチの声、ちゃんと聞こえてるんやろ?』


 その声に、私は黙って頷いた。

 そして、目の前に――その声の主と思われる、小指ほどの大きさの女の子がふわりと浮かんでいた。

 彼女の髪も服も全身が淡い緑色に光り、光の粒がそのまま姿を成したようだった。


『良かった。聞こえてへんのかと、ちょっと心配したわ』


 その声は以前と同じ、元気でどこか陽気な響きだった。


「ラミナ君、アマンダさんの元に戻りなさい」


 神父様の声が現実に引き戻す。


「はい」


 私は神父様に一礼し、祖母のもとへと歩いた。

 その瞬間、小さな声がふわりと耳の奥に届いた。


『喜んでくれて、うれしいわ』


 その言葉が、胸の奥にあたたかく染み込んでいく。


「良かったねぇ」

「うん」


 祖母の笑みに、私も自然と笑顔になった。


「さて、二人とも。これからいろいろなことがあると思いますが、どうか決して悪用しないようにしてくださいね」

「はい」

「はい」


 私とフォウルが声をそろえて返事をすると、神父様は優しく微笑んだ。


「それでは、お開きにしましょうか」


 そのまま祖母と一緒に村長宅を後にし、帰り道を歩く。

 ふと、私はあることに気づいた。


 村のあちらこちらに、緑や青、黄色の光の玉がふわふわと飛んでいる。


「……この光の玉って、全部精霊さん?」

『せやで』


 あの女の子の声が、すぐに応えてくれる。

「何か見えるのかい?」


 祖母が少し驚いたように、私の顔を覗き込んだ。


「うん。さっきの部屋にも、外にも……緑の光の玉がたくさん飛んでるの」

「そうかい。精霊様が見守ってくれてるんだねぇ」

『せや、リタとの最期の約束やからね』

「リタって?」

『あんたのご先祖さんの名前やで』

「婆様の名前だが、何かあったのかい?」

「精霊さんが、“リタとの最期の約束だから”って」

「そうかい……。いつまでも見守ってくれて、ありがとうございます」

『気にせんでええよ。あんたの感謝の祈りは、ウチらにはむっちゃ居心地がええもんやから』

「おばあちゃん、精霊さんが言ってたよ。“気にしなくていい”って。おばあちゃんの祈りは、精霊さんにとってすごく居心地がいいんだって」

「そりゃ嬉しいねぇ」

『ラミナ~、あとでウチとゆっくり話しような?』


 二人きりで話すってことかな……?


「うん! ねえ、精霊さん。時々見かける、色の違う光の玉はなに?」

『ああ。ときどき混じってる水色のは、水の精霊・ウンディーネ。黄色いのは、地の精霊・ノームやで』

「水の精霊さんも、土の精霊さんもいるんだ……」

『せや。ただな、大精霊はウチだけやね』

「えっ? 大精霊……?」

『そう。ウチは植物の“大精霊”なんや』

「ラミナ、今“大精霊”って聞こえたんだが……。大精霊様が、見守ってくれてるのかい?」

「うん、そうみたい。植物の大精霊って、言ってた」

「そうかい、ありがたや~……」


 祖母が、そっと手を合わせた。


「ねえ、精霊さんの名前ってあるの?」

『名前なんて、ウチらにはいらんもんやしな』

「ないの? ひいひいおばあちゃんには、何て呼ばれてたの?」

『“ミドリ”って呼ばれとったわ。……でもな、ウチの名前は、ラミナが契約してくれるときに、好きなようにつけてくれたらええんよ』


「契約……?」

『せやで。契約したら、ウチの力を自由に使えるようになるんや』

「……どうやって契約するの?」

『簡単や。ウチに名前をつけてくれたら、それが契約になる』

「それだけでいいの?」

『ええで』


 私は立ち止まって、ふと空を見上げた。

 緑色に輝く、やさしい小さな光が、私の周りで舞っている。


 ……緑色で、かわいくて、温かくて――この子にぴったりの名前って、なんだろう?


「ミントはどうかな? 私は香りも好きだし、何だか元気が出る気がするの」

『ええね、それめっちゃええ! ほんで決まりや! ウチの名前は“ミント”や!』


 弾むような声に、私の口元も自然とほころんだ。


「気に入ってもらえてよかった」

『ありがとうな、ラミナ。これでウチとあんたは繋がったで。ウチの力、これからは使えるようになってん』

「……本当に? すごい!」

『ほんまやで。まだ簡単なことしかできへんけど、例えばな、植物の育成を早めたりできるんよ』

「えっ、すごい! それ、すぐにできるならやってみたい!」

『ええよええよ。やり方、ちゃんと教えたるからな』

「ありがとう、ミント!」

『気にせんでええって。それより、まずはおうち帰ろっか』

「うん!」


 私たちは軽やかな気持ちで歩き出した。

 家に戻ると、おばあちゃんはすでに夕食の支度に取りかかっていた。

 私は、わくわくする気持ちを胸にミントに尋ねる。


「それで、植物の育成ってどうやるの?」

『まずはな、納屋にある麦の種を一粒、もろてこよか』

「わかった!」

 私はすぐにおばあちゃんのところへ駆け寄った。

「おばあちゃん!」

「なんだい?」

「納屋にある麦、ひと粒だけもらってもいい?」

「精霊様の力を借りるんだね? いいよ」

「ありがとう! ミント、行こう!」

『ほいほーい!』


 おばあちゃんに許可をもらい、私はミントと一緒に外へ出て納屋へと向かった。


『そのへんの床に落ちてる麦でええで』

「落ちてるものでいいの?」

『ええよ。ついでやし、これも見てみよか』


 ミントがふわりと浮かび、納屋の隅に置かれた、小さな植物で編まれた箱の上に舞い降りた。


「それ、なに?」

『リタが使ぉとったやつやね』

「そうなんだ」


 私はそっと箱を手に取った。

 それは少し重くて、古びた編み目の隙間から砂埃がふわりと舞い上がった。


「……埃、すごい」

『長いこと使われてへんかったからねぇ』


 私は、床に落ちていた麦の種をひと粒拾い、ミントの待つ箱と一緒に抱えて納屋を出た。

 古くて懐かしい気配を感じながら、胸の高鳴りを抑えきれず、急いで家に戻る。

「おやまぁ、ずいぶん懐かしい物を持ってきたねぇ」

 家に戻った私が箱を差し出すと、おばあちゃんが目を細めてそう言った。

「おばあちゃん、これは何?」

「薬を作るときに使うローラーとすり鉢だよ。“薬研”とも言うねぇ。昔、婆様がよく使ってたんだよ」


 薬研――。聞き慣れない言葉だった。

 おばあちゃんが普段、薬草をすり潰すときにはすり鉢とすりこぎを使っているけど……それとは違うのかな?


「あぁ、麦を粉にするやつ?」

「それは“石臼”だよ。石臼はね、今じゃ水車が代わりにやってくれるから、ほとんど使わなくなってねぇ……。もしかして、薬でも作るのかい?」

「ううん、まだ。でも使ってみたいなって」


 薬研って、どんなものなんだろう。後で中をのぞいてみよう。


「これで薬、ほんとに作れるの?」

『そんなん、簡単やで』


 ミントが自信満々に答えてくれる。その頼もしさに、思わず笑みがこぼれた。


「じゃあ、明日は薬の作り方も教えて!」

『ええよ。楽しみやなぁ。でも今は、そっちの箱はとりあえず端っこに置いとこか』

「おばあちゃん、この箱、どこに置いておいたらいい?」

「そこらへんに置いといていいよ」


 私は夕食や寝るときに邪魔にならないよう、部屋の隅にそっと箱を置いた。


「ミント!」

『ほいよ。ほな、まずは麦の粒を握って、目ぇ閉じてみ』

「うん」


 私は右手のひらに麦の粒を乗せ、優しく握りしめる。


『そんでな、ゆっくりと、その麦が成長していく姿をイメージするんや』


 麦の種をまいて、芽が出て、背が伸びて、やがて穂をつける。

 何度もお手伝いして見てきたから、その流れはよく知っていた。

 私は、頭の中で種から麦穂が実るまでの過程を、ひとつひとつ丁寧に思い描いた。


『……ほな、いくで』


 ミントの声が、静かに響いた次の瞬間――。

 私の意識は、ふっと暗転した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ