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神様と呼ばれた精霊医 ~その癒しは奇跡か、祝福か~ 【原作完結済】  作者: 川原 源明
第1章 はじまりの村

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第3話 精霊と契約

 突如、頭の中にあの女の子の声が響いた。


 気がつけば、私のまわりを無数の緑色の光の玉が、舞うように漂っていた。


『ウチの声、ちゃんと聞こえてるんやろ?』


 その声に、私は黙って頷いた。


 そして、目の前に——その声の主と思われる、小指ほどの大きさの女の子がふわりと浮かんでいた。彼女の髪も服も全身が淡い緑色に光り、光の粒がそのまま姿を成したようだった。


『良かった。聞こえてへんのかと、ちょっと心配したわ』


 その声は以前と同じ、元気でどこか陽気な響きだった。


「ラミナ君、アマンダさんの元に戻りなさい」


 神父様の声が現実に引き戻す。


「はい」


 私は神父様に一礼し、祖母のもとへと歩いた。


 その瞬間、小さな声がふわりと耳の奥に届いた。


『喜んでくれて、うれしいわ』


 その言葉が、胸の奥にあたたかく染み込んでいく。


「良かったねぇ」


「うん」


 祖母の笑みに、私も自然と笑顔になった。


---


「さて、二人とも。これからいろいろなことがあると思いますが、どうか決して悪用しないようにしてくださいね」


「はい」


「はい」


 私とフォウルが声をそろえて返事をすると、神父様は優しく微笑んだ。


「それでは、お開きにしましょうか」


 そのまま祖母と一緒に村長宅を後にし、帰り道を歩く。


 ふと、私はあることに気づいた。


 村のあちらこちらに、緑や青、黄色の光の玉がふわふわと飛んでいる。


「……この光の玉って、全部精霊さん?」


『せやで』


 あの女の子の声が、すぐに応えてくれる。


「何か見えるのかい?」


 祖母が少し驚いたように、私の顔を覗き込んだ。


「うん。さっきの部屋にも、外にも……緑の光の玉がたくさん飛んでるの」


「そうかい。精霊様が見守ってくれてるんだねぇ」


『せや、リタとの最期の約束やからね』


「リタって?」


『あんたのご先祖さんの名前やで』


「婆様の名前だが、何かあったのかい?」


「精霊さんが、"リタとの最期の約束だから"って」


「そうかい……。いつまでも見守ってくれて、ありがとうございます」


『気にせんでええよ。あんたの感謝の祈りは、ウチらにはむっちゃ居心地がええもんやから』


「おばあちゃん、精霊さんが言ってたよ。"気にしなくていい"って。おばあちゃんの祈りは、精霊さんにとってすごく居心地がいいんだって」


「そりゃ嬉しいねぇ」


---


『ラミナ~、あとでウチとゆっくり話しような?』


 二人きりで話すってことかな……?


「うん! ねえ、精霊さん。時々見かける、色の違う光の玉はなに?」


『ああ。ときどき混じってる水色のは、水の精霊・ウンディーネ。黄色いのは、地の精霊・ノームやで』


「水の精霊さんも、土の精霊さんもいるんだ……」


『せや。ただな、大精霊はウチだけやね』


「えっ? 大精霊……?」


『そう。ウチは植物の"大精霊"なんや』


「ラミナ、今"大精霊"って聞こえたんだが……。大精霊様が、見守ってくれてるのかい?」


「うん、そうみたい。植物の大精霊って、言ってた」


「そうかい、ありがたや~……」


 祖母が、そっと手を合わせた。


「ねえ、精霊さんの名前ってあるの?」


『名前なんて、ウチらにはいらんもんやしな』


「ないの? ひいひいおばあちゃんには、何て呼ばれてたの?」


『"ミドリ"って呼ばれとったわ。……でもな、ウチの名前は、ラミナが契約してくれるときに、好きなようにつけてくれたらええんよ』


「契約……?」


『せやで。契約したら、ウチの力を自由に使えるようになるんや』


「……どうやって契約するの?」


『簡単や。ウチに名前をつけてくれたら、それが契約になる』


「それだけでいいの?」


『ええで』


---


 私は立ち止まって、ふと空を見上げた。


 緑色に輝く、やさしい小さな光が、私の周りで舞っている。


 ……緑色で、かわいくて、温かくて——この子にぴったりの名前って、なんだろう?


「ミントはどうかな? 私は香りも好きだし、何だか元気が出る気がするの」


『ええね、それめっちゃええ! ほんで決まりや! ウチの名前は"ミント"や!』


 弾むような声に、私の口元も自然とほころんだ。


「気に入ってもらえてよかった」


『ありがとうな、ラミナ。これでウチとあんたは繋がったで。ウチの力、これからは使えるようになってん』


「……本当に? すごい!」


『ほんまやで。まだ簡単なことしかできへんけど、例えばな、植物の育成を早めたりできるんよ』


「えっ、すごい! それ、すぐにできるならやってみたい!」


『ええよええよ。やり方、ちゃんと教えたるからな』


「ありがとう、ミント!」


『気にせんでええって。それより、まずはおうち帰ろっか』


「うん!」


 私たちは軽やかな気持ちで歩き出した。


---


 家に戻ると、おばあちゃんはすでに夕食の支度に取りかかっていた。


 私は、わくわくする気持ちを胸にミントに尋ねる。


「それで、植物の育成ってどうやるの?」


『まずはな、納屋にある麦の種を一粒、もろてこよか』


「わかった!」


 私はすぐにおばあちゃんのところへ駆け寄った。


「おばあちゃん!」


「なんだい?」


「納屋にある麦、ひと粒だけもらってもいい?」


「精霊様の力を借りるんだね? いいよ」


「ありがとう! ミント、行こう!」


『ほいほーい!』


 おばあちゃんに許可をもらい、私はミントと一緒に外へ出て納屋へと向かった。


『そのへんの床に落ちてる麦でええで』


「落ちてるものでいいの?」


『ええよ。ついでやし、これも見てみよか』


 ミントがふわりと浮かび、納屋の隅に置かれた、小さな植物で編まれた箱の上に舞い降りた。


「それ、なに?」


『リタが使とったやつやね』


「そうなんだ」


 私はそっと箱を手に取った。それは少し重くて、古びた編み目の隙間から砂埃がふわりと舞い上がった。


「……埃、すごい」


『長いこと使われてへんかったからねぇ』


 私は、床に落ちていた麦の種をひと粒拾い、ミントの待つ箱と一緒に抱えて納屋を出た。


 古くて懐かしい気配を感じながら、胸の高鳴りを抑えきれず、急いで家に戻る。


---


「おやまぁ、ずいぶん懐かしい物を持ってきたねぇ」


 家に戻った私が箱を差し出すと、おばあちゃんが目を細めてそう言った。


「おばあちゃん、これは何?」


「薬を作るときに使う道具だよ。"薬研"とも言うねぇ。昔、婆様がよく使ってたんだよ」


 薬研——。聞き慣れない言葉だった。


 おばあちゃんが普段、薬草をすり潰すときにはすり鉢とすりこぎを使っているけど……それとは違うのかな?


「石臼とは違うの?」


「そうだよ。石臼は麦を粉にするやつだね。今じゃ水車が代わりにやってくれるから、ほとんど使わなくなってねぇ……。もしかして、薬でも作るのかい?」


「ううん、まだ。でも使ってみたいなって」


 薬研って、どんなものなんだろう。後で中をのぞいてみよう。


「これで薬、ほんとに作れるの?」


『そんなん、簡単やで』


 ミントが自信満々に答えてくれる。その頼もしさに、思わず笑みがこぼれた。


「じゃあ、明日は薬の作り方も教えて!」


『ええよ。楽しみやなぁ。でも今は、そっちの箱はとりあえず端っこに置いとこか』


「おばあちゃん、この箱、どこに置いておいたらいい?」


「そこらへんに置いといていいよ」


 私は夕食や寝るときに邪魔にならないよう、部屋の隅にそっと箱を置いた。


---


「ミント!」


『ほいよ。ほな、まずは麦の粒を握って、目ぇ閉じてみ』


「うん」


 私は右手のひらに麦の粒を乗せ、優しく握りしめる。


『そんでな、ゆっくりと、その麦が成長していく姿をイメージするんや』


 麦の種をまいて、芽が出て、背が伸びて、やがて穂をつける。


 何度もお手伝いして見てきたから、その流れはよく知っていた。


 私は、頭の中で種から麦穂が実るまでの過程を、ひとつひとつ丁寧に思い描いた。


『……ほな、いくで』


 ミントの声が、静かに響いた次の瞬間——。


 私の意識は、ふっと暗転した。


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