第299話 救国の聖女
食堂に向かいながら疑問に思ったことを口にしてみた。
「診察した時と手術する時の腫れ具合が違ったんだけど、あれってエセリアの浄化のおかげ?」
『そうですよ』
アクアが答え、横でエセリアがニコニコしながら頷いていた。
「なんで小さくなってたの?」
『エセリアの浄化というより、光魔法の浄化は、腫れる要因を作っている成分をも消すことが出来るんです』
「アクアクリーンは出来ないの?」
『えぇ、出来ません。アクアクリーンはあくまでも毒素や細菌等を洗い流すという魔法です。一方浄化はそれに加えて状態異常を起こしている成分までもを消滅させることができるんです』
「朝食会の時に国王が倒れた時、エセリアが居たから……」
『えぇ、あの時私ができたのは、体内に残っていた魔力茸の成分を抜くこと。そしてエセリアが炎症を起こしていた成分を消したというわけです』
なるほど——
「光魔法があれば水魔法での回復とかいらなくなる?」
『そうですね、おおむねその考えで間違いありませんよ。光魔法は回復特化属性ですし、一方水魔法は攻撃に防御、回復にサポートまできる属性ですからね』
「アクアヒールは継続回復で、ヒールは瞬間回復って言ってたもんね」
『その通りです。状況次第では水魔法の回復の方が有効という場合もありますが、回復や状態異常の治療でしたら、光魔法に軍配があがるのです。水系の回復はあくまでもサポートなんですよ』
「そうなんだ」
浄化とアクアクリーンの違いはあまりないと思っていたけど、ここまで大きく違いが出るものだとは思っていなかった。
ふと気になったことがある。
「それってさ、浄化も穴の開いた針が必要になるのかな?」
アクアクリーンは、洗い流すというイメージなら、浄化は消滅させるという感じになるのかが気になり聞いてみた。
『そこはあまり変わりませんね。昔胃に穴が空いた患者が居ましたよね?』
「あぁうん、ファラ先輩とミミ先輩が連れてきたリンクル族の子」
『そうです。あの状況で穴の開いた針を使わずに浄化をした場合、あまり効果が出ずに体内に残ってしまうのです』
「そうなんだ、アクアクリーンと浄化の違いは臓器とかの炎症をも抑えられるって事なんだ」
『そういう事です』
そんなことを話していたら昨夜の食堂にたどり着いた。
ガヤガヤと——
中から賑やかな声が聞こえてくる——
「ん~……」
昨夜のアリアナの発言を思うと、絶対によくないことが起きるのがわかる。
やっぱりやめようかな……。なんて思い立ち止まっていると——
「おっ、来たな!」
背後から聞き覚えのある声がした。
後ろを振り返ると、アリアナが変装したリクという男がいた。相変わらず大柄な狼系獣人の姿で、にこやかに笑っている。
「ほれ、こんなところで立ち止まってないで中に入ろうぜ!」
リクに背中を押されながら店内に入ることになった。
というか、キャラが違いすぎてアリアナだとは思えないのだけど……。
演技力すごい——
---
店内は昨夜と同じく賑わっていた。私が入ってくると、何人かの視線がこちらに向く。
「おっ、治癒院の子だ!」
「昨日の子か!」
ザワザワと——
リクが私を昨夜と同じテーブルへと案内してくれた。
「さぁ、座れ座れ」
「はい……」
私が席に座ると、リクも向かいに座った。
店主が駆け寄ってくる。
「お嬢ちゃん!今日も来てくれたか!」
「あ、はい……」
「今日のおすすめは鶏の煮込みだ。どうだ?」
「じゃあ、それでお願いします」
「あいよ!」
店主が厨房へと戻っていく。
すると、カウンター席やテーブル席にいた常連たちが集まってきた。昨夜と同じ顔ぶれだ。
「なぁなぁ、あんた今日は何してたんだ?」
一人の男が興味津々といった様子で尋ねてくる。
「えっと……」
「まぁまぁ、焦らせるな」
リクが手を上げて制する。
「あんたら、気になってるんだろ?治癒院の人たちのこと」
その言葉に、周囲がシンと静まり返った——
「治癒院の人たちは……救出できたのか?」
誰かが小さく尋ねた。
「はい。無事に解放しました」
私が答えると、食堂中がどよめいた。
「本当か!?」
「奴隷紋は!?」
「消しました。もう自由です」
「そうか……良かった……」
安堵のため息があちらこちらから漏れる——
「それで……領主の娘は……?」
別の男が恐る恐る尋ねた。
「エリナさんも、治療が終わりました」
「本当か!?」
「はい。もう苦しむことはないと思います」
その言葉に、食堂中が歓声に包まれた。
「やった!」
「エリナ様が助かった!」
「領主様も……きっと喜んでるだろうな……」
涙を流す者もいる——
抱き合って喜ぶ者もいる——
温かい空気が流れる——
「すげぇな……本当にやったのか……」
リクが感心したように言った。
「はい」
「あんた、本物だな」
「そんな……」
「いや、本当だ」
リクが真剣な目で私を見た。
「それで、領主様はどうなったんだ……?やっぱり神罰か……?」
誰かが言った。
「いえ、私は何もしてないです」
神罰は娘さんの病という事になっている。だから私自身は何もしていない。
「そうか、死んではいないのだな」
「はい」
その時、一人の老人が立ち上がった。
「みんな聞いてくれ!」
老人の声に、食堂中が静かになる。
「この子は、治癒院の人たちを救い、領主の娘を治した。そして、神と共に戦場に立った子だ」
老人が私を指差す。
「この子こそ、この国を救う希望だ!」
その言葉に、食堂中から拍手が起こった。
パチパチパチと——
拍手の音——
これは……、よくない流れだ……。
「あんたならこの国の病魔を何とか出来るんじゃねぇのか!?」
「あぁ!確かに!」
「いやいやいやいや!」
店主が料理を持ってきた。
「お嬢ちゃん、これはサービスだ!たくさん食ってくれ!」
テーブルには、鶏の煮込みだけでなく、パンやサラダ、デザートまで並べられていた。
「え、こんなに……」
「いいからいいから!あんたは恩人なんだからな!」
店主が豪快に笑った。
「さぁ、食え食え」
リクが勧めてくれる。
「……いただきます」
私は料理に手を付けた。
温かい——
優しい味——
美味しい——
『よかったなぁ、ラミナ』
ミントが優しく囁いた。
「……うん」
その時、食堂の扉が勢いよく開かれた。
「見てくれ!」
入ってきたのは昨日気胸で苦しんでいた男だった。
何をと思いながら男の方を見ると、男が黄色い布を広げた。
その黄色い布には、治癒院のシンボルマークに、ウォンバルと思われる大きな狼の横顔が両サイドに描かれていた。
「なんだそいつは……」
誰かが言う。
「決まってるじゃないか!その子を象徴する御旗だよ!」
男が私の方を見て言う。
「そんなもん作ってどうすんだ?」
「この国を救ってもらうんだ!」
次の瞬間、食堂内が大きくざわつき始めた。
あちらこちらから、同調するような声が聞こえる。
私の中では、何言ってるの!?という状態だった。
「確かに、この子を攻撃することは神に対する反逆……」
「そんなことをしたら……」
なんて声も聞こえる。
「そうだ!この子なら、この国を変えられる!」
「神の加護を受けた聖女だ!」
「ウォンバル様が側におられるんだぞ!」
次々と声が上がる——
止まらない——
「いやいやいや!私はそんな……!」
私が否定しようとするが、声は熱気に飲み込まれていく。
「この子が立ち上がれば、俺たちもついていく!」
「そうだ!もうこんな争いはうんざりだ!」
「税は重く、戦は終わらず……この国はもう限界だ!」
「でも、この子なら……!」
「神が認めた子だ!間違いない!」
食堂中が興奮に包まれていく——
「俺の息子は戦で死んだ……もう誰にもそんな思いをさせたくない!」
一人の老人が涙を流しながら言った。
「私の夫も……戦で亡くなりました……」
若い女性が震える声で続ける。
「もう十分だ……平和が欲しい……」
「この子なら……平和をもたらしてくれる!」
「聖女だ!」
「救国の聖女だ!」
「治癒院の聖女ラミナ!」
誰かが叫ぶと、それが合唱のように広がっていった。
「ラミナ!」
「ラミナ!」
「ラミナ!」
私の名前が——
何度も何度も——
叫ばれる——
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私が立ち上がって声を上げた。
でも——
「謙虚だ!」
「そういうところも素晴らしい!」
「やはり聖女だ!」
逆効果だった——
「この御旗の下に集まろう!」
気胸だった男が高々と旗を掲げる。
「おう!」
「賛成だ!」
「俺たちの希望だ!」
「この国を救ってくれ!」
「お願いだ!」
「頼む!」
次々と声が重なる——
「俺は商人だが、資金を出そう!」
「俺は元兵士だ、剣を取る!」
「私は治癒の心得がある、手伝わせて!」
「俺の農場で出来た食料を提供する!」
「うちの工房で武器や道具を作る!」
それぞれが、それぞれの形で——
協力を申し出てくる——
「これは……」
私は言葉を失った。
ただの食事のはずが——
いつの間にか——
私は祭り上げられている——
「みんな!静かに!」
店主が大声を上げた。
ようやく、少し静かになる。
「お嬢ちゃんを困らせるな。今日はゆっくり食事をさせてやれ」
「そ、そうだな……」
「すまない……つい熱くなってしまった……」
人々が少しずつ席に戻っていく。
でも、その目は——
希望に満ちていた——
私は、ぐったりと椅子に座り込んだ。
「はぁ……」
疲れた——
リクが小さく笑った。
「ほら、面白いことが起きるって言っただろ?」
「……これ、面白いって言うんですか……?というか……、仕組んだんですか……?」
「いや、あいつが勝手にやったことだ、まぁ、夕べの時点で旗を作るのは知ってたがな」
私は項垂れた。
『まぁ、予想通りやな』
ミントが呆れたように言った。
『これが民の声ってやつだね~』
まん丸も楽しそうだ。
私は、冷めかけた鶏の煮込みを口に運んだ。
もう——
どうにでもなれ——
読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
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