第297話 診察
廊下を進み、一つの部屋の前で止まった。
扉の前で、領主が一度深呼吸をする——
「エリナ、入るぞ」
優しい声で——
扉を開けると、部屋の中はカーテンが引かれ、薄暗かった。ベッドに、一人の少女が横たわっている。
エリナ——
十二歳とは思えないほど、痩せ細っていた。顔色は青白く、呼吸が浅い。苦しそうに息をしている。
「エリナ、治癒院の先生が来てくださった」
領主が優しく声をかける。
「……お父様……」
か細い声——
エリナがゆっくりと目を開けた。その目には、疲労の色が濃く浮かんでいた。
「こんにちは、エリナさん。ラミナといいます」
私はベッドの横に座った。
「……こんにちは……」
エリナが小さく微笑もうとするが、すぐに苦しそうに顔を歪める。
「喉が……苦しいです……」
「わかりました。今から診させてくださいね」
「……はい……」
私はエリナの額に手を当てた。
熱い——
あきらかに発熱している——
「エリナさん、お口を開けてもらえますか?」
「……はい……」
エリナがゆっくりと口を開ける。その動作だけでも、痛そうにしている。
グレンが口の中を覗き込むように見ているので、視界共有をすると、扁桃腺が真っ赤に腫れ上がっている。通常の何倍もの大きさに膨れ上がり、白い膿のようなものが付着していた。
ひどい——
『完全に慢性化していますね。それに悪化を繰り返しているようですね』
アクアが分析する。
『今は悪化しとんや……このままやと呼吸困難になるで』
ミントの声が心配そうだった。
---
「エリナさん、いつから喉が痛くなりましたか?」
「……二か月くらい前……最初は……ただの風邪だと思ってました……」
エリナが苦しそうに答える。
「それから、良くなったり悪くなったりを繰り返してたんですね?」
「……はい……良くなったと思ったら……また熱が出て……喉が痛くなって……」
「食事は……?」
「……飲み込むのが……痛くて……」
エリナの目に涙が浮かんだ。
「最近は……水を飲むのも……辛いです……」
私はエリナの首に触れた。リンパ節が腫れている。
首の横——
ゴリゴリと——
腫れたリンパ節が触れる——
『リンパ節も炎症を起こしていますね』
『何度も炎症を繰り返したせいで、扁桃腺が肥大化してしまっとるんや』
『このまま放置すると、窒息する可能性もあるね~』
まん丸の声が深刻だった。
「エリナさん、夜は眠れていますか?」
「……いいえ……息が……苦しくて……」
エリナが首を振る。
「横になると……もっと苦しくて……」
「座った状態じゃないと眠れないんですね」
「……はい……」
プライム辺境伯が、苦しそうな表情で娘を見ていた。
---
私は診察を終え、ゆっくりと立ち上がった。
「エリナさん、ありがとうございました。必ず治しますからね」
「……本当に……治りますか……?」
エリナの目に、わずかな希望の光が灯った。
「はい、治ります」
私はしっかりと頷いた。
「今まで何人もの治癒師が来たけど……誰も……」
「大丈夫です。私が治します」
---
エリナが、小さく微笑んだ。
「……ありがとう……ございます……」
「少し休んでいてくださいね」
「……はい……」
「エセリア、いったんエリナさんの扁桃腺周辺の浄化をお願いしていい?」
エセリアが私の言葉に、ニコニコしながら頷くと、淡く光った。
柔らかな光——
これでエリナの扁桃腺で悪さをしている菌は居なくなったはずだ。そうなれば、これ以上の悪化はすぐにはしない。手術までの時間稼ぎには十分だろう。
---
私は部屋を出て、領主と廊下で話をした。
「どうだ……?治せるか……?」
プライム辺境伯の声が震えている。
「はい。治せます」
「本当か……!」
「ただし、手術が必要です」
「手術……?」
「はい。腫れている部分を摘出する手術です」
私は説明を始めた。
「エリナさんの扁桃腺という部分が、何度も炎症を繰り返したことで肥大化しています。このままでは、呼吸困難になる危険があります」
「そんな……」
「摘出すれば、炎症も治まり、普通の生活が送れるようになります」
---
プライム辺境伯が、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。手術をしてくれ」
「ただし、先ほども言いましたが、道具をそろえる必要があるので少し時間をいただくことになります」
「何日かかっても構わん。確実に治してくれ」
「わかりました」
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その時、廊下の奥から足音が聞こえてきた。
パタパタと——
執事が、数人の人々を連れて戻ってきた。
白衣を着た人たち——
治癒院の人達だった。
「プライム様、治癒院の方々をお連れしました」
「うむ」
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治癒院の人達は、疲れた表情をしていたが、首筋の奴隷紋はまだ消えていなかった。
「エセリア、お願い」
エセリアは頷くと、淡く光り、治癒院の人たちの首筋が淡く光った。
そしてパッと——
光が弾ける——
奴隷紋が、消えていく——
「あ……消えた……」
「本当に……消えた……」
治癒院の人たちが、お互いの首筋に手を当てて驚いている。
「皆さん、お疲れ様でした。もう大丈夫です」
私が声をかけると、一人の中年男性が涙を流しながら頭を下げた。
「ありがとうございます……本当に……ありがとうございます……」
「いえ、当然のことです」
プライム辺境伯が、深々と頭を下げた。
「すまなかった……本当に……すまなかった……」
治癒院の人たちは、複雑な表情で領主を見ていた。
「それでは、いったん道具を準備してきます。午後にはまた戻ってきます」
---
私は治癒院のメンバーたちに声をかけた。
「皆さん、プライヤーの治癒院まで送っていきますね」
「ありがとうございます」
中年の男性が頭を下げる。
「いえ、当たり前のことですから」
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領主邸を出て、町の中を歩く。
石畳の道——
パタパタと——
足音が響く——
治癒院のメンバーたちは、まだ信じられないという表情をしていた。自由になったことが、夢のようなのだろう。
「本当に……解放されたんですね……」
若い女性が、何度も自分の首筋に触れている。
「はい。もう大丈夫です」
「エリナ様は……本当に治るんでしょうか……?」
別の男性が心配そうに尋ねた。
「はい、必ず治します」
「そうですか……良かった……」
男性が安堵のため息をついた。
---
しばらく歩くと、治癒院が見えてきた。二枚のヒール草がクロスし、その上から白い鳥が両翼で包み込むようなシンボルマークが、壁に描かれている。
「着きました」
「ありがとうございました」
治癒院の人達が、深々と頭を下げた。
「これから、ゆっくり休んでくださいね」
「はい……」
治癒院の扉が開き、スタッフたちが驚いた顔で飛び出してきた。
「みんな!無事だったのか!」
「本当に帰ってきた!」
抱き合う人々——
涙を流す人々——
再会の喜び——
私は、その光景を静かに見守った。
---
「ありがとうございました、治癒院の方」
年配の女性が、私の手を握った。
「いえ、当然のことです」
「あなたは……本当に神のような方だ……」
「そんな……」
「いいえ、本当に。ありがとうございます」
---
私は治癒院を後にして、人通りの少ない路地へと入った。
「さて、クゥの所に行こう」
『せやな』
『準備しないとね~』
私は周囲を確認し——
誰もいない——
鞄の中からいつもの練習場に飛ぶカードを取り出し魔素を流した。
次の瞬間——
ヒュンと——
視界が歪む——
空間が揺らぎ——
世界が切り替わった——
---
気づけば、見慣れた白い空間に立っていた。
帝都地下都市ダンジョン最下層の一角
何もない——
ただ広いだけの空間——
「クゥ~、さっき診たエリナさんのダミーをお願い~」
私が叫ぶと、目の前に、ベッドが現れた。
そして、その上には——
エリナそっくりの少女が横たわっていた。
「ありがとう」
私はベッドに近づき、ダミーのエリナを見た。
本物そっくり——
呼吸の様子まで——
「じゃあ、練習を始めようか」
『せやな』
『頑張ろうね~』
精霊たちが励ましてくれる。
私は深く息を吸った。
これから——
何度も練習して——
完璧にする——
エリナを——
必ず救うために——
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