第295話 逃げられない運命
食堂を後にして、宿を探しに外に出た。
辺りは既に暗く——
灯りが点々と灯っている——
夜風が冷たい——
「ん~、宿を探そうか……」
『せやなぁ』
『救出は明日~?』
まん丸の発言を聞いて少し考える。
病の娘のためということなら、ひどい扱いをしていないと思う。もし虐待のような扱いをしているなら、アリアナがすでに教えてくれているはずだ。
「ん~そうしようかなと」
『ゆっくり休んだ方がええしな』
ミントが賛成してくれた。
---
通りを歩いていると、宿の看板が見えた。「旅人の宿 ゆらぎ亭」と書かれている。
「ここにしようか」
中に入ると、フロントには、年配の女性が立っていた。
「いらっしゃいませ。お部屋をお探しですか?」
「はい、一部屋お願いします」
「かしこまりました。治癒院の方ですね」
女性が治癒院の制服を見て、優しく微笑んだ。
「はい、ありがとうございます」
---
部屋に案内され、荷物を置く。
シンプルな部屋だが、清潔で居心地が良さそうだった。ベッドが一つ、小さなテーブルと椅子、窓からは町の灯りが見える。
ふぅ——
長い一日だった——
私はベッドに腰を下ろした。
『お疲れ』
『今日はよく頑張ったね~』
精霊たちが優しく声をかけてくれる。
「うん……」
---
その時——
コンコンと——
扉がノックされた。
「はい?」
「入るぞ」
扉が開き、一人の女性が入ってきた。
黒い毛色の獣人女性——
アリアナだった。音もなく、しなやかな動きで部屋に入ってくる。
「アリアナ……さん?」
「あぁ。少し話がある」
アリアナは椅子に座り、テーブルの上に何枚かの紙を広げた。その動作は無駄がなく、洗練されている。
---
「これは……?」
「領主邸の見取り図だ」
紙には、細かく建物の構造が描かれていた。
「治癒院の人間は、ここ——東棟の客室に滞在している」
アリアナが指で示す。
「客室……?」
「あぁ。奴隷紋は刻まれているが、扱いは貴族の客としてのものだ」
「そうなんですか……」
『やはりな』
グレンが呟いた。
「食事も三食きちんと提供されているし、部屋も清潔に保たれている。ただ……」
アリアナが言葉を区切る。
「ただ?」
「奴隷紋があるため、自由に外に出ることはできん。辺境伯の命令には逆らえない状態だ」
---
「娘さんの……病気は……?」
私が尋ねると、アリアナは重い表情で頷いた。
「辺境伯の娘、エリナは十二歳だ。病に倒れたのは、二か月ほど前だな」
「症状は……?」
「最初は、喉の痛みと発熱だった。普通の風邪だと思われていたが……次第に呼吸が苦しくなっていったようだ」
アリアナの声が沈む——
「喉が腫れて、食事も飲み込めなくなり……夜は息苦しくて眠れん日が続いている」
「喉の腫れ……」
『深刻な状況ですね』
アクアが囁いた。
話を聞く限り扁桃腺とかそのあたりだろうか?
以前アクアから、聞いたことを頭の中で整理する。
急性扁桃炎で倒れる。これはあり得る話だったはず。
二か月前の話となると、慢性化に移行し、急激に悪化でもしたという事だろうか?
「治癒院の人間も、手を尽くしたそうだ。薬草を試し、ヒールと浄化かけ……だが、一時的に良くなっても、すぐに元に戻ってしまう」
浄化の魔法を使って一時的に回復して、悪化しているとなると……。
「そうなんですか……」
「辺境伯は、娘を何としても救いたい。その一心で……治癒院の人間を手放せなくなった」
アリアナがまっすぐ私を見た。
「ラミナ。お前なら……治せるか?」
「……わかりません。でも、やってみます」
「そうか」
アリアナが軽く頷いた。
「これを持っていろ。明日、どう動くかはお前に任せる」
アリアナは見取り図を私に手渡した。
「わかりました」
「それから、ヤーハンの動きだ」
「ん?」
ヤーハン——その名前に、緊張が走る——
「精霊達から何を聞いている?」
「えっと、レジスタンスが結成されるきっかけを作ったとか」
「その通りだ。レジスタンスを育て、邪魔な貴族と第一王子と第二王子を消す計画だ」
「ぇ……、アルドゥハイので後継者争いは終わったけど、やっぱりまだ続くんだ……」
「あぁ、クロウを王にするためにだな。だがレジスタンスの中にはクロウを王にする考えはない。おまけにまとまりがないから育たないのが現状だな」
複雑——
「そうなんだ……」
「お前はどうする?このまま指をくわえてみているのか?」
「ぇ」
「地神ウォンバルに認められた子、世間はお前のような救世主を待っているんだよ」
救世主——
重い——
なんとなくだが、アリアナは私の背中を押している。もしかしてリリアンから私が第三勢力のトップとして動く事を聞いているのだろうか?
それを考えると色々と辻褄が合ってくる。ガレスの言っていた洋上拠点と戦力……。これは私が第三勢力として立ち上がったときの……。
「もしかしてですが、リリアンさんから黒幕の話とか聞いてたんですか?」
「当然だ。リリアンがあの時お前に伝えるべきではないと判断したから話さなかったんだろう。あいつが私とガレスの報告書に目を通してないわけがあるまいに」
やっぱり——
「もしかしてですけど、私が治癒院の勢力として立ち上がるのも……」
「あぁ、避けられない運命だそうだ」
「……そうなんだ……」
胸が重い——
「すでに舞台は整えてある」
「ぇ?」
「さっきの酒場の話を聞いただろ?」
「アリアナさんが変装して話してた話ですか?」
「あぁ、あの話をメレス王国のすべての町で私の部下たちがやっている」
「ぇ……」
全部の町——
それって——
「私の仕事は諜報だからな?噂を流すなどたやすいことだぞ」
たしかに、ステルツィアの第四騎士団は、暗部、暗殺や諜報を得意とする団だとガレスが言っていた。
「町の奴らの声を知りたいか?」
「知りたいような知りたくないような……」
「この国の病魔を取り除いてほしい、もう争いはたくさんだ、平和的に解決できる指導者を求めてるんだよ。まぁしばらくはこの町から動けなくなるだろうがな……」
「ぇ?」
「国中の病人や怪我人がこの町に押し寄せるだろうよ」
「もしかして……、私の治療を求めてですか?」
「あぁ、そういう事だ。治癒院の奴を救出してもこの町に居とけ」
この町に——
人々が集まってくる——
「ヴィッシュ先生とも合流予定なので、それでいいんですけども……」
「そうか。その先生の働き掛けもありメリディアの治癒師たちは解放されたそうだ。それから教会で保護されていた治癒師も同様にな」
「アルドゥハイ南部の戦いが終わったからですか?」
「あぁ、拉致される心配がなくなったからだろうな」
「そうですか……」
「明日も、さっきの食堂に顔を出せ」
私としては、さっきの騒ぎもあり、あまり行きたくないんだけど……。
「嫌そうだな?」
「まぁ、あの騒ぎのあとだから……」
「気にするな、きっと面白いことが起きるぞ」
それは、私にとってろくでもないことに違いないと確信持って言える!
絶対——
「そういえば、食堂で、私に話しかけたのはケガさせて治す治療方法を堂々とできるようにするためですか?」
「そうだが?何か問題があったか?」
「いえ、堂々とできるようになったので助かったというか……」
「そうか、ならよかった」
アリアナが立ち上がった。
「じゃあな。明日、頑張れ」
「はい……」
アリアナは、まるで影に溶け込むように部屋を出て行った。
音もなく——
扉が静かに閉まる——
私は一人、部屋に残された。
見取り図を眺める——
複雑な構造——
明日のこと——
そしてこれから先のこと——
救世主——
第三勢力のリーダー——
重すぎる——
『ラミナ、大丈夫や』
ミントが優しく声をかけてくれた。
『うちらがおるからな』
『そうだよ~、ラミナは一人じゃないよ~』
まん丸の声も温かい。
『俺らがいる』
『そうだよ!』
グレンとフゥが力強く言ってくれる。
『私たちは、どんな時もラミナの味方ですよ』
アクアの声に、少しだけ救われた気がした。
エセリアもニコニコしてい頷いていた。
「……ありがとう、みんな」
私はベッドに横になった。
柔らかい——
でも、心は重い——
天井を見上げる——
明日——
治癒院の人たちを救出して——
娘を治して——
そして——
この国の未来に——
私が関わっていく——
不安——
でも——
やるしかない——
目を閉じる——
少しずつ、意識が遠のいていく——
明日に備えて——
今は、休もう——
---
静かな夜——
町の灯りが——
窓の外で揺れている——
風の音——
遠くから聞こえる人々の声——
すべてが——
静かに流れていく——
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