第294話 慕われる領主
静寂を壊すように、リクと呼ばれた男がこっちに向かってきた。
ザッ、ザッと——
足音が近づいてくる——
「なぁ、あんたがウォンバル様と一緒にいた子なのかい?」
「ぇっと……」
イエスと答えるべきじゃない気がして困っていると——
『彼は、アリアナが変装した姿なんですよ、なので本当の事を話していいと思いますよ』
アクアが囁いた。
「ぇ?」
ステルツィアの第四騎士団騎士団長のアリアナが何でこんなところにと思いながら……。
「はい……、そうです……」
「はぁ、やっぱり!あんたなんだろ、最近の治癒院で絶望的な出産を、お腹を切って親子の命を救ったりする治療法を考えたやつは」
「ぇ……?」
そんなことまで広まっているの……?
「帝都の治癒院でエリザベス王女が言ってたらしいからな」
「そうなんだ……」
「あぁ、今まで救えなかった命が救えるようになったってな。ウォンバル様が側にいることを考えると、治癒院じゃ怪我させて治療するのは教えの例外って事なんだろ?」
え?
思わないところで、切って治す治療法に対しての助け舟が飛んできた気分だった。
「えっと……、多分……?」
「そうなんだな、あんたは殆どの病気やけがを治せるって聞いたけど本当かい?」
「いやいやいや……、私にも治せないものはあります」
手遅れというレベルになったらどうすることもできない。
「ならちょっと待ってってくれ!」
アリアナが変装したリクという男が食堂の外に飛び出していった。
バタンと——
扉が閉まる音——
---
ざわざわする周囲の人たち。今すぐにでもこの場を去りたい気分だった。
「おい、本当にあの子がウォンバル様と一緒にいた子なのか?」
「治癒院の人間が神と一緒にいるなんて……」
「帝都から来たのか?」
ヒソヒソと——
視線が痛い——
居心地が悪い——
待つこと数分、リクという男が一人の男を抱えて戻ってきた。
ガチャリと——
扉が開く——
抱えられている男はとても苦しそうにしていた。顔色が悪く、呼吸が浅い。額に脂汗が浮かんでいる。
「おい!リクそいつは……」
「まぁまぁ……」
患者は何か問題がある人なのだろうか?
「なぁ、こいつは治せるか?昼間魔物討伐から帰ってきたんだが、ずっとこの調子でな」
「ぇ……」
『肺に穴が開き、外に空気が逃げていますね、穴の開いた針で肺の周りの空気を外に逃して穴を塞げばいけますよ』
アクアが教えてくれる。
「あぁ、気胸とか言ってたっけ……」
『えぇ、その通りです』
「へぇ、あんた見ただけでわかるのかい?」
「あ、いえ……、その人を床に寝かせてください」
「あぁ」
---
リクが抱えていた男を床に寝かせる。その際に、周囲にいた客たちが机や椅子を移動して空間を作ってくれた。
ガタガタと——
机を動かす音——
協力してくれる人々——
寝かせられた男のボタンをはずし、胸部をあらわにする。鞄から穴の開いた針を取り出した。
男の胸に耳を当てどちらの肺が異常をきたしているか確認する。
呼吸の音——
右側の呼吸音は普通だろうか?左側の胸に耳を当てると、明らかに呼吸する音が弱い。
「左側の肺かな?」
『えぇ、その判断で問題ありませんよ』
肋骨と肋骨の間に針を突き立てゆっくりと沈ませる。
そして次の瞬間——
シューッと——
針から空気が漏れる音がしてきた。
次第に空気が抜ける音が弱くなる。
『そろそろですかね、抜いて大丈夫ですよ』
「うん」
アクアの指示に従い針を抜く。すると、アクアではなくエセリアが淡く光った。おそらくヒールをかけてくれたのだろう。
柔らかな光——
温かい——
「これで大丈夫だと思いますよ」
---
男の呼吸が、だんだんと楽になっていくのがわかった。顔色も少しずつ戻ってきている。荒かった息遣いが、穏やかになっていく。
「あ……あれ……?」
男が目を開けた。
「呼吸が……楽に……」
「良かった……」
私は安堵のため息をついた。
「すげぇ……本当に治しやがった……」
「見ただけで診断して、あっという間に……」
「これが治癒院の力か……」
周囲の人々がざわめく——
---
リクが、深々と頭を下げた。
「ありがとう。こいつは俺の仲間なんだ。助けてくれて、本当にありがとう」
「いえ、当然のことです」
「いや、あんたは命の恩人だ」
男も、床に座ったまま頭を下げる。その手は、まだ少し震えていた。
「本当に……ありがとうございます……」
---
その時、店主が私のテーブルにシチューと黒パンを持ってきた。
「お嬢ちゃん、これはサービスだ。食ってってくれ」
「え、でも……」
「いいからいいから。治癒院の人間にゃ世話になってるからな」
店主が優しく笑った。その目には、感謝の色が浮かんでいる。
「……ありがとうございます」
---
私が席に戻ると、リクも前の席に座った。
「なぁ、あんた……プライヤーには何しに来たんだ?」
「えっと……」
どう答えるべきか迷っていると——
『本当のことを言っても大丈夫ですよ』
アクアが囁いた。
「治癒院の人たちを助けに来ました」
「やっぱりな」
リクが頷いた。その表情は、どこか複雑だった。
「プライム辺境伯の領主邸に捕らわれてるって話だろ?」
「はい……」
「そうか……」
リクは少し考え込むような表情をした。
---
「なぁ、みんな聞いてくれ」
リクが立ち上がり、食堂中に声をかけた。
ざわめきが止む——
全員の視線がリクに集まる——
「この子は、治癒院の人たちを助けに来たそうだ」
ざわめきが広がる——
「プライム辺境伯が治癒院の人間を攫ったのは、戦争に勝つためってのもあるが……」
リクが重い口調で続けた。
「辺境伯の娘が、重い病に冒されてるからだ」
「娘……?」
「あぁ。辺境伯は、娘を治すために治癒院の人間を攫った。でも、治癒院の人たちでも治せなかったらしい」
周囲の人々が、静かに聞き入っている。息を呑むような静寂が広がっていた。
「辺境伯は、娘を治せる者を探してる。少しでも進行を遅らせたい、だから治癒院の人間を手放さない」
「そんな……」
「でもな、アルドハイの領主と同じように、治癒院の人間を攫って奴隷にするなんて、神への冒涜だ。いずれ神罰が下る」
リクが私を見た。その目は、真剣だった。
「あんたなら……辺境伯の娘を治せるか?」
「……わかりません。診てみないと」
「そうか……」
リクは深くため息をついた。
「辺境伯は、元々悪い領主じゃなかったんだ。でも、娘が病に倒れてから……変わっちまった」
「娘を想う気持ちが、暴走しちまったんだな」
店主が付け加えた。その声には、同情の色があった。
「あぁ……」
「もし叶うなら、プライムへの神罰はやめてもらえないか?」
酒場に居た誰かが言った。その声は、切実だった。
「あぁ、あれほどの領主はなかなかいないんだ……」
その後も、酒場のあちらこちらから、領主の助命を願う声が上がった。
「税金が安いんだ、メレス王国内でも一二を争うくらい」
「頻繁に町や村に来て、俺たちと話してくれるんだ」
「困ったことがあれば、すぐに助けてくれる」
「娘さんが病気になるまでは、本当に良い領主だったんだ……」
人々の声——
それぞれの想い——
どうやらこの辺りは、メレス王国内でも一二を争うくらい税金が安く、頻繁に各町や村に訪れては領民と会話をしているらしい。
多くの人に慕われる領主——
でも、治癒院に手を出す禁忌を犯した——
彼はどのように対処すべきなのだろうか?
---
私はシチューを一口食べた。
温かい——
でも、胸の奥が重い——
味がよくわからない——
「治癒院の人たちを助けて……辺境伯の娘も治す……、そして領民に慕われる領主の罰……」
私の胸の中は再びもやもやが広がっていく——
娘さんを想う気持ちは分かる。
でも、治癒院を攫ったことまで許していいのかは……わからない。
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