第292話 遊牧民
心の中がもやもやしたままルナの背に揺られ続けていた。
風が吹く——
草が揺れる——
考えがまとまらない——
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日が暮れ始めたころ、前方に複数のテントが見えてきた。
「あれって……」
『えぇ、遊牧民の集落ですね』
アクアが答える。
「近寄らない方がいいかな……?」
『行った方がええと思うで』
『警戒はすべきでしょうけどね』
『だな』
「ん?何かあるのかな?」
『彼らはね~、まともな医療知識がないからね~』
『子どもが生まれそうなんだけどね!前にラミナがやった子みたいなやつ!』
フゥが慌てたように言った。
『逆子ってことです』
『まぁ、他にもいろいろある』
「急ごう!」
逆子と聞いて黙って見過ごすことができなくなった。逆子となると、最低限の手術が必要になる。
「私の魔素を持って行って、すぐに取り掛かれるように!」
ミント、アクア、まん丸、グレン、フゥ、エセリアがそれぞれ私から魔素を受け取り、見える状態に変化する。
ルナの背に乗りながら、まん丸用のミスリル粒子と、ミントのウッドゴーレム用の人形を取り出した。
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集落に近づくと、数人の男たちが警戒した様子で立ち上がった。手には槍や弓を持っている。
ザッ、ザッと——
足音——
緊張が走る——
「止まれ!何者だ!」
一人の男が叫んだ。
私はルナを止め、両手を上げて敵意がないことを示した。
「治癒院の者です!妊婦さんがいると聞きました。助けに来ました!」
「治癒院……?」
男たちが顔を見合わせる。
「本当か?」
「はい!逆子で苦しんでいる方がいるんですよね?」
その言葉に、一人の男の顔が驚きに変わった。
「なぜそれを……!」
「精霊から聞きました。私にできることがあれば、助けたいんです」
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男たちは少し迷った様子だったが、やがて一人が頷いた。
「……わかった。こっちだ」
私はルナから降り、男の後についていった。精霊たちも見える姿のまま、私の周りを飛んでいる。
テントの中に入ると、一人の女性が苦しそうに横たわっていた。その傍には、不安そうな顔をした年配の女性が寄り添っている。
苦しそうな呼吸——
汗が滴る——
「大丈夫ですか?」
私は女性の側に膝をついた。
「あなたは……?」
「治癒院のラミナです。助けに来ました」
「治癒院……本当に……?」
女性の目に涙が浮かんだ。
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私はすぐに診察を始めた。やはり逆子だ。このままでは母子ともに危ない。
「お腹を切って子どもを出します。すぐに準備します」
『了解や』
ミントがウッドゴーレムを操り、私が鞄から取り出した道具を並べていく。まん丸が地面の土をつかい手術台等を形成する。
土が形を変えていく——
「怖くないですよ。必ず助けますから」
私は女性の手を握った。
「ありがとう……ありがとう……」
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手術は順調に進んだ。アクアが声かけをし痛みを和らげ、グレンが止血を助け、エセリアが照明を提供してくれた。
静かな集中——
手が動く——
呼吸を整える——
やがて——
「オギャア!オギャア!」
赤ん坊の泣き声が響いた。
元気な声——
生命の音——
「男の子ですよ」
私は赤ん坊を抱き上げ、母親に見せた。
「あ……あぁ……」
母親が涙を流しながら笑った。周りにいた人たちも、安堵の表情を浮かべている。
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手術を終え、母子ともに安定したのを確認すると、私はテントの外に出た。
夕焼けが美しい——
風が心地いい——
疲れた——
でも、救えた——
「ありがとう……本当にありがとう……」
集落の長らしき老人が、深々と頭を下げた。
「いえ、当然のことです」
「いや、あなたは命の恩人だ。我々には何もないが……せめて今夜は泊まっていってくれ」
「ありがとうございます」
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夜、焚き火を囲んで食事をしていると、集落の人たちが集まってきた。子どもや老人も混じっている。
パチパチと——
薪が弾ける音——
温かい——
「あの……他にも具合の悪い方はいますか?」
私が尋ねると、人々が顔を見合わせた。
「実は……うちの祖母が熱を出していて……」
「父が怪我をしていて……」
次々と声が上がった。
「わかりました。みんな診ますね」
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その夜、私は集落の人たちを次々と治療していった。熱を下げ、怪我を治し、病気を癒していく。
人々の表情が、だんだんと明るくなっていく——
「ありがとう……」
「痛みが消えた……」
「本当に治癒院の人は天使だ……」
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治療が一段落したころ、老人が重い口を開いた。
「あなたには……話しておかなければならないことがある」
「はい」
「我々は……盗賊としても活動している」
周囲が静まり返った——
「知っています」
私の言葉に、老人が驚いた顔をした。
「知っていて……助けてくれたのか?」
「はい」
「なぜだ……?我々は悪人だぞ……」
「理由があるんですよね?」
老人は深くため息をついた。
「……ああ。昨年の夏過ぎ頃からか、軍が来て我々の商品である馬を盗んでいった。我々の生活の糧だった馬をだ」
「それだけじゃない」別の男が続けた。「貴族どもが通行税と称して、我々から金を巻き上げていった」
「領主は嫌がらせで家畜を没収した」年配の女性が涙を流しながら言った。「子どもたちが飢えていたのに……」
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人々の声が、次々と上がった。
それぞれの苦しみ——
それぞれの怒り——
それぞれの悲しみ——
「生きるために……盗賊にならざるを得なかった……」
老人の声が震えていた。
「わかります」
私はゆっくりと頷いた。
「生きるために仕方なかったんですよね」
その言葉に、人々が驚いた顔をした。
「責めないのか……?」
「責められません。誰だって、生きるために必死になります。それは悪いことじゃない」
「だが、我々は人を傷つけた……」
「それでも、あなたたちは生きるために戦った。それを私は責められません」
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老人が、ゆっくりと膝をついた。
「あなたは……本当に神のような人だ……」
周りの人々も、次々と膝をついていく。
「もし……もし、この国が変わる時が来たら……」
老人が顔を上げた。その目には、強い決意が宿っていた。
「我々は、あなたの味方になる。必ず」
「そんな……」
「いや、決めた。あなたは我々を救ってくれた。命だけじゃない、心も救ってくれた」
他の人々も頷いている。
「治癒院が何かをする時、我々は必ず力になる。約束する」
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焚き火の炎が揺れる——
星が瞬く——
風が吹く——
私は、ただ黙って頷いた。
何も言えなかった——
でも、心の中で思った——
この人たちを、守りたい——
この人たちが、安心して暮らせる国にしたい——
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