第25話 合格発表
二人の女子学生と一緒に、私はアカデミーへ向かっていた。
先輩方の名前は先ほどのガーネットさんのお店のやり取りで把握したけれど、ちゃんと知っておきたい。
「あの、先輩方のお名前、教えてもらってもいいですか?」
「あっ、そうだね~自己紹介してなかったよね。私は魔法科六年のミラ・ラッカートン。よろしくね!」
「私は貴族科六年の、プリム・ロックフォルトです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「先輩方、よろしくお願いします!」
「ふふ、そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ?」
自己紹介を受け、私は二人と並んで歩いていた。すると――
『ロックフォルトか~、懐かしいなぁ』
『ええ、本当に』
突然聞こえたミントとアクアの言葉に、私は首を傾げた。
「ん? 何か知ってるの?」
『うん、リタがな、唯一仲良うしとった貴族の友人がロックフォルト家の子やったんよ。貴族嫌いのリタが、やで?』
「へぇ……」
貴族嫌いだったリタが、貴族の友人を? 何があったんだろう。
「ん~? また精霊さんとお話ししてたの?」
「はい、そんな感じです」
「どんな話だったの?」
「ロックフォルトって名字を聞いて、精霊さんたちが“懐かしい”って言ってたので……」
「なるほど。多分、それは私の先祖のことですね」
「え、そうなんですか?」
「はい。その方は若くして亡くなったのですが、貴族嫌いで有名だったリタ様が、ずっと気にかけてくださっていたそうです」
「そうなんだ……病気か何かで?」
「ええ」
『せや。リタが唯一治せへんかった病のひとつや』
『それでも、少しでも長く生きられるようにと、進行を抑える手段は見つけてたんですけどね』
「……そうなんだ」
そのまま私たちはしばらく黙り込み、やがてアカデミーの門が見えてきた。
「あそこで、合格発表がされてるよ」
ミラが指差す先には、大きな掲示板に張り出された紙と、それを見ようと集まった人だかり。
合格はもう聞かされていたけれど、それでも近づくと少し緊張してしまう。
「合格者は、制服の採寸があるから、私たちは先に向かってるね」
「あの……できれば先にそっちへ行きたいのですが」
「それなら、このまま一緒に来てもらって大丈夫よ」
そう言って、2人の先輩に連れられて私は大きな建物の前までやってきた。
「ここは?」
「ここは第二屋内練習場。いろんな運動部が使ってる場所なんだよ~」
ミラが軽快に言いながら、扉を開ける。
中にはすでに多くの人がいて、制服の採寸が始まっていた。
「ささ、中に入って~」
「はい」
「ねぇプリム、ラミナちゃんの採寸、私たちだけで済ませちゃわない?」
「そうですね。聖女リタの再来とうわさが広まってますし、騒ぎになりかねませんからね」
「決定~! 私、用紙と道具取ってくるね~!」
「じゃあ私は、ラミナちゃんを連れて更衣室行ってるね」
「了解~! あとで合流しよう~!」
ミラがどこかへ駆けていき、プリムと私は地下の更衣室へと向かった。
「ここって……?」
「第二屋内プールの女子更衣室。今日は誰も使ってないから、静かでちょうどいいのよ」
「なるほど……」
「ミラが来たら、採寸始めるわね」
「はい、よろしくお願いします」
更衣室には誰もおらず、しばらくプリムと雑談しながらミラの到着を待つ。
……しかし、待てど暮らせど、彼女はなかなか戻ってこない。
結局、1時間ほどが経過した頃、ようやくミラが慌てた様子で戻ってきた。
「遅くなってごめんね~!」
「何かあったんですか?」
「いや~クロエ先生に道具持ち出そうとしてるとこ見つかっちゃってさ~、それで問い詰められて、“それは嘘ですね”って一発で見破られて……結局ぜんぶ白状するはめに」
ミラは肩をすくめ、苦笑しながら言った。
「ミラの嘘はわかりやすいですからね……」
隣で聞いていたプリムが、半ば呆れたように言う。
「あの先生がそういうスキルじゃん!」
「そうですけど、分かりやすいのは事実ですよ」
「ぇ~、そんなことないと思うけどなぁ~」
ミラは不満げに口をとがらせたが、プリムはにこりともせず、現実を淡々と突きつけるあたりが、なんとも対照的だった。
「でも、“これ以上騒ぎになったら、ラミナちゃんが入学しなくなっちゃうかも!”って何度も言って、ようやく解放されたってわけ」
そこまでして私のことを考えてくれていたのかと思うと、胸の奥が少し温かくなった。
「ミラの嘘って、ほんと分かりやすいから……」
「う~ん、そんなことないと思うんだけどな~」
「ともかく、ラミナちゃん待たせてるんだから、さっさと始めましょう」
「うんうん、そうだね~。ごめんね、ラミナちゃん!」
その後、ふたりにあれこれ採寸してもらい、ようやく解放された。
「そうだ、クロエ先生から伝言があるの」
「はい?」
「“新入生挨拶をお願いするので、考えておいてください”だって」
「えっ……、いきなりそんなこと言われても……」
驚きに思わず声が裏返った。まさかそんな大役を振られるなんて、想像もしていなかった。
「主席合格者がやるって決まりだからね~」
「私の時もそうでした。急に言われても困りますよね」
「うん……どうしよう……」
挨拶なんて一度もちゃんとしたことないのに。
『あ~懐かしいわぁ』
『ですね。リタも採寸の日に言われて、ぽかんとしてましたもんね』
『あの時、どうしたんやっけ?』
『遠い国の新入生挨拶を、そのまんま引用したんですよ』
『そうやった、そうやった』
「それ、教えて……」
『一語一句覚えとるから、まかせとき』
「よかった……」
胸を撫で下ろした。これなら、どうにかなりそうだ。
「精霊さんたちが助けてくれそうだね~」
「はい、多分、なんとか……なると思います」
ちょっと不安もあるけど、信じるしかない。
「入学式は、四月三日。八時半までにはアカデミーに来てくださいね」
「わかりました」
「んじゃ、今日の予定はこれでおしまいかな」
「そうなんですか?」
「うん、もう帰って大丈夫だよ」
「ありがとうございました!」
「ミラ、私が外まで送っていきますね」
「うん、んじゃ私は先に行ってるね。ラミナちゃん、またね~」
ミラは更衣室を飛び出していった。
「それじゃあ、校門まで送りましょうか」
「ありがとうございます」
そんなに気を使ってもらわなくても……と思いつつ、ありがたく甘えることにした。
アカデミーの正門近くまで来ると、さっきまで人だかりでにぎわっていた合格発表の掲示板の前が、今は静かになっていた。二人だけが掲示板を見ているだけだ。
「ちょっと、見てきてもいいですか?」
「いいですよ」
私は掲示板の前まで歩き、目を凝らす。左側には、合格者の受験番号がずらりと並び、右側には上位十名の得点と名前が貼り出されていた。
一番上にあるのは、
――『1位 ラミナ 500点』
その下には、
――『2位 ジョーイ 340点』『3位 ミアン・ロックフォルト 240点』
ジョーイ……あの鷹獣人の子だ。やっぱり、実力あるんだな。
「あれ? ミアン・ロックフォルトって……」
「私の妹ですよ。この順位なら、ラミナちゃんと同じクラスになるでしょうね」
「そうなんですか?」
「ええ。成績順でクラス分けされるので、ミアンと仲良くしてあげてね」
「もちろんです!」
私の返事に、プリムはやさしく笑った。
「それじゃ、気をつけて帰ってね」
「はい、ありがとうございました」
深く頭を下げて、私はアカデミーをあとにした。
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