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神様と呼ばれた精霊医 ~その癒しは奇跡か、祝福か~ 【原作完結済】  作者: 川原 源明
第14章 メレス王国へ

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第241話 第1王子と第2王子

「ん~、気になるなら、二人と会ってみたら?」


 クゥが本から顔を上げ、ぽつりと言った。


「え、今から?」


「うん。スラム街の酒場にいるよ。案内するよ」


 クゥが本を閉じて立ち上がる。


「でも、突然訪問して大丈夫なの?」


「大丈夫。私が言えば会ってくれる」


 そう言って、クゥは部屋の扉を開けた。


---


 クゥに連れられて外に出た。


 夜の帳が降りた帝都の街を、二人で歩く。石畳の道には街灯が灯り、温かい光を投げかけている。繁華街を抜け、次第に街灯も少なくなっていく。建物も古びて、道も狭くなっていく。


「クゥは二人と面識があるの?」


「うん、帝都に詳しい冒険者をって事でギルドから紹介を受けてね~」


 クゥが何でもないように答える。


 スラム街の中に入ると、バラックの中からこちらを見る視線が多い気がする。窓の隙間から、警戒するような目が覗いている。子どもたちが物陰に隠れて、こちらを窺っている。


「なんか見られてる?」


「そりゃね~。ここの人たちは明日も知れぬ生活だからね~。出来たらお金が欲しいって思ってるから」


 クゥの声には、同情するような響きがある。


「クゥは、怪盗やったときに?」


「うん、ここの子たちがスリを働いてたりしてたからね」


 そういえば、クゥは盗まれた財布を持ち主に返していたっけ。


「はぁ……、セリス農場のもの分けたほうがいいかな?」


 ロシナティスのダンジョンにある農場で、作物はすべて精霊達の手によって造られたものだ。ダンジョン内の時間を活かして食料を大量に生産している。余っているものも多い。


「いいかもしれないね~」


 クゥはそう言うと、立ち止まった。


「ここだよ」


 クゥが見上げた場所を見ると、とてもじゃないが酒場とは思えない場所だった。古びた木造の建物で、看板も出ていない。窓からは薄暗い明かりが漏れているだけだ。


 中に入るなり、クゥが酒場の店主と思われる男性に何か耳打ちをしていた。店主は無愛想な顔つきだったが、クゥの言葉を聞くと表情を変えた。


「入りな」


 何を言ったのか分からないが、店主がカウンターの中に入るようにと促してきた。


 カウンターの中に入り、さらに奥へと行くと——狭い通路を抜けると、突然雰囲気が変わった。清潔で整った空間。侍従が一人、静かに待っていた。


「こちらへどうぞ」


 案内されたのは、小さいが上品な部屋だった。暖炉には火が灯り、部屋を暖かく照らしている。スラム街の酒場の裏にあるとは思えない、立派な調度品が並んでいる。


 しばらく待っていると、扉が開いた。


 入ってきたのは、二人の若い男性だった。


 一人は金色の髪を持つ、端正な顔立ちの青年。もう一人は、栗色の髪を持つ、穏やかな印象の青年。どちらも20代半ばくらいだろうか。二人とも、質素な服を着ているが、その立ち居振る舞いに高貴な雰囲気が滲み出ている。


「やぁ、クゥ。久しぶりだね」


 金髪の青年が笑顔で言う。


「こちらが、父の護衛をしてくださったラミナ殿かな?」


「はい、ラミナです」


 私は礼をした。


「私は第一王子のアルベルトだ。よろしく」


「私は第二王子のエドワードです。父を無事に送り届けていただき、本当にありがとうございます」


 二人は丁寧に頭を下げた。


 その様子は、確かに仲の良い兄弟に見える。対立しているようには、全く見えない。むしろ、互いを思いやるような優しい眼差しを向け合っている。


「どうぞ、座ってください」


 アルベルトが椅子を勧めてくれる。


 四人で椅子に座ると、エドワードが侍従に合図して、温かい紅茶を用意させた。湯気が立ち上り、良い香りが部屋に広がる。


「道中は結構襲われたのかな?」


「いえ、精霊達が事前に隠れている場所を教えてくれたので」


「そうか、ありがとう」


 アルベルトが安堵した表情を見せる。


「いえ、当然のことです」


「謙遜されますね。クゥからも聞いています。あなたの側にいる精霊の達の力、素晴らしいものだと」


 アルベルトが微笑む。


 紅茶を一口飲んで、私は本題を切り出した。


「お二人に、お聞きしたいことがあります」


「何でしょう?」


「お二人は……本当に対立しているのですか?」


 二人は顔を見合わせた。そして——


「やはり、疑問に思われましたか」


 エドワードが苦笑する。


「実は、私たちは対立などしていません」


「え?」


「むしろ、協力しているんです」


 アルベルトが真剣な表情で言った。


「協力……?」


「はい。国内で起きている混乱——それは私たちが引き起こしているものではありません」


 エドワードが身を乗り出した。


「誰かが、メレス王国を内部から崩壊させようとしている。私たちはその黒幕を探すために、継承者争いを演じているんです」


「演じて……」


 信じられない。あの混乱が、全て演技だったなんて。


「そうです。表向きは対立している兄弟を装い、黒幕が動きやすい状況を作っている。そうすれば、相手も油断して尻尾を出すだろうと」


 アルベルトが説明する。その目には、強い決意が宿っている。


「でも、国内は本当に混乱していますよね?村が襲われたり、盗賊が出たり……」


「それが問題なんです」


 エドワードが苦い表情で言った。眉を寄せ、拳を握りしめている。


「私たちが演技をしているうちに、それぞれの派閥の貴族たちが勝手に動き始めてしまった」


「勝手に……」


「ええ。特に、互いの領地に接している貴族たちが暴走気味なんです」


 アルベルトが頭を抱える。苦悩が表情に滲んでいる。


「私たちは『争うな』と指示を出しているのですが……彼らは聞かない。むしろ、『王子様のために!』と言って、勝手に相手の領地を襲ったりしている」


「それで、村が襲われたり……」


「はい。私たちの意図とは全く違う形で、国内が混乱してしまっている」


 エドワードが悔しそうに拳を握る。声が震えている。


「黒幕を探すための演技が、かえって国を傷つけている。皮肉なものです」


「でも、演技をやめられないんですか?」


「やめたら、黒幕が警戒して隠れてしまう。今、少しずつ手がかりが掴めてきているんです」


 アルベルトが真剣な目で言う。


「だから、もう少しだけこの演技を続けたい。そして、黒幕を炙り出したい」


「黒幕は……誰なんでしょうか」


「それが分からない。貴族の誰かか、あるいは他国の者か……」


 二人は顔を曇らせる。長い間、この謎と戦っているのだろう。


「でも、父が狙われたということは、黒幕は本気だということです」


「父を亡き者にして、国を混乱させ、最終的には乗っ取るつもりでしょう」


 エドワードが深刻な表情で言った。


「だから、お願いがあります」


 アルベルトが私を真っ直ぐ見つめた。


「父を守ってください。帰路も、そしてこの帝都滞在中も」


「もちろんです。それが私の仕事ですから」


「ありがとうございます」


 二人は深く頭を下げた。その姿に、父を想う息子たちの真摯な気持ちが表れている。


「それと……もし、黒幕の手がかりが見つかったら、教えていただけますか?」


「分かりました。私も、精霊たちと一緒に注意しておきます」


『了解~』


『任せとけ』


 精霊たちも協力を約束してくれる。


---


 酒場を後にして、クゥと共に自宅へと戻る道すがら、私は考えていた。


 スラム街の暗い道を、二人で歩く。さっきまでの視線は、もう感じない。人々は家に戻ったのだろう。


「複雑だね……」


「うん、思ってたより面倒だね」


 クゥがあっさりと言う。


「二人は悪くない。でも、周りが勝手に暴走している」


「貴族って、そういうものだよ」


「黒幕……誰なんだろう」


「さあ?でも、私も調べてみるよ。帝都にいる間に、何か分かるかもしれないしね」


 クゥの言葉に、少し安心した。


 空間を操るクゥなら、誰にも気づかれずに調査できるだろう。帝都のあらゆる場所に入り込める。


「お願いね」


「うん」


 自宅に戻り、部屋に入る。


 ベッドに倒れ込むと、今日一日の疲れがどっと押し寄せてきた。


 国王の護衛、二人の王子との面会、そして明かされた真実——


 明日は風の日。少しゆっくりして、何か動きがあるまで頭を整理しよう。


 そして、土の日からは国際武道会だ。


 でも、その裏では、陰謀が渦巻いている——


 私は目を閉じ、深い眠りに落ちていった。



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