第241話 第1王子と第2王子
「ん~、気になるなら、二人と会ってみたら?」
クゥが本から顔を上げ、ぽつりと言った。
「え、今から?」
「うん。スラム街の酒場にいるよ。案内するよ」
クゥが本を閉じて立ち上がる。
「でも、突然訪問して大丈夫なの?」
「大丈夫。私が言えば会ってくれる」
そう言って、クゥは部屋の扉を開けた。
---
クゥに連れられて外に出た。
夜の帳が降りた帝都の街を、二人で歩く。石畳の道には街灯が灯り、温かい光を投げかけている。繁華街を抜け、次第に街灯も少なくなっていく。建物も古びて、道も狭くなっていく。
「クゥは二人と面識があるの?」
「うん、帝都に詳しい冒険者をって事でギルドから紹介を受けてね~」
クゥが何でもないように答える。
スラム街の中に入ると、バラックの中からこちらを見る視線が多い気がする。窓の隙間から、警戒するような目が覗いている。子どもたちが物陰に隠れて、こちらを窺っている。
「なんか見られてる?」
「そりゃね~。ここの人たちは明日も知れぬ生活だからね~。出来たらお金が欲しいって思ってるから」
クゥの声には、同情するような響きがある。
「クゥは、怪盗やったときに?」
「うん、ここの子たちがスリを働いてたりしてたからね」
そういえば、クゥは盗まれた財布を持ち主に返していたっけ。
「はぁ……、セリス農場のもの分けたほうがいいかな?」
ロシナティスのダンジョンにある農場で、作物はすべて精霊達の手によって造られたものだ。ダンジョン内の時間を活かして食料を大量に生産している。余っているものも多い。
「いいかもしれないね~」
クゥはそう言うと、立ち止まった。
「ここだよ」
クゥが見上げた場所を見ると、とてもじゃないが酒場とは思えない場所だった。古びた木造の建物で、看板も出ていない。窓からは薄暗い明かりが漏れているだけだ。
中に入るなり、クゥが酒場の店主と思われる男性に何か耳打ちをしていた。店主は無愛想な顔つきだったが、クゥの言葉を聞くと表情を変えた。
「入りな」
何を言ったのか分からないが、店主がカウンターの中に入るようにと促してきた。
カウンターの中に入り、さらに奥へと行くと——狭い通路を抜けると、突然雰囲気が変わった。清潔で整った空間。侍従が一人、静かに待っていた。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、小さいが上品な部屋だった。暖炉には火が灯り、部屋を暖かく照らしている。スラム街の酒場の裏にあるとは思えない、立派な調度品が並んでいる。
しばらく待っていると、扉が開いた。
入ってきたのは、二人の若い男性だった。
一人は金色の髪を持つ、端正な顔立ちの青年。もう一人は、栗色の髪を持つ、穏やかな印象の青年。どちらも20代半ばくらいだろうか。二人とも、質素な服を着ているが、その立ち居振る舞いに高貴な雰囲気が滲み出ている。
「やぁ、クゥ。久しぶりだね」
金髪の青年が笑顔で言う。
「こちらが、父の護衛をしてくださったラミナ殿かな?」
「はい、ラミナです」
私は礼をした。
「私は第一王子のアルベルトだ。よろしく」
「私は第二王子のエドワードです。父を無事に送り届けていただき、本当にありがとうございます」
二人は丁寧に頭を下げた。
その様子は、確かに仲の良い兄弟に見える。対立しているようには、全く見えない。むしろ、互いを思いやるような優しい眼差しを向け合っている。
「どうぞ、座ってください」
アルベルトが椅子を勧めてくれる。
四人で椅子に座ると、エドワードが侍従に合図して、温かい紅茶を用意させた。湯気が立ち上り、良い香りが部屋に広がる。
「道中は結構襲われたのかな?」
「いえ、精霊達が事前に隠れている場所を教えてくれたので」
「そうか、ありがとう」
アルベルトが安堵した表情を見せる。
「いえ、当然のことです」
「謙遜されますね。クゥからも聞いています。あなたの側にいる精霊の達の力、素晴らしいものだと」
アルベルトが微笑む。
紅茶を一口飲んで、私は本題を切り出した。
「お二人に、お聞きしたいことがあります」
「何でしょう?」
「お二人は……本当に対立しているのですか?」
二人は顔を見合わせた。そして——
「やはり、疑問に思われましたか」
エドワードが苦笑する。
「実は、私たちは対立などしていません」
「え?」
「むしろ、協力しているんです」
アルベルトが真剣な表情で言った。
「協力……?」
「はい。国内で起きている混乱——それは私たちが引き起こしているものではありません」
エドワードが身を乗り出した。
「誰かが、メレス王国を内部から崩壊させようとしている。私たちはその黒幕を探すために、継承者争いを演じているんです」
「演じて……」
信じられない。あの混乱が、全て演技だったなんて。
「そうです。表向きは対立している兄弟を装い、黒幕が動きやすい状況を作っている。そうすれば、相手も油断して尻尾を出すだろうと」
アルベルトが説明する。その目には、強い決意が宿っている。
「でも、国内は本当に混乱していますよね?村が襲われたり、盗賊が出たり……」
「それが問題なんです」
エドワードが苦い表情で言った。眉を寄せ、拳を握りしめている。
「私たちが演技をしているうちに、それぞれの派閥の貴族たちが勝手に動き始めてしまった」
「勝手に……」
「ええ。特に、互いの領地に接している貴族たちが暴走気味なんです」
アルベルトが頭を抱える。苦悩が表情に滲んでいる。
「私たちは『争うな』と指示を出しているのですが……彼らは聞かない。むしろ、『王子様のために!』と言って、勝手に相手の領地を襲ったりしている」
「それで、村が襲われたり……」
「はい。私たちの意図とは全く違う形で、国内が混乱してしまっている」
エドワードが悔しそうに拳を握る。声が震えている。
「黒幕を探すための演技が、かえって国を傷つけている。皮肉なものです」
「でも、演技をやめられないんですか?」
「やめたら、黒幕が警戒して隠れてしまう。今、少しずつ手がかりが掴めてきているんです」
アルベルトが真剣な目で言う。
「だから、もう少しだけこの演技を続けたい。そして、黒幕を炙り出したい」
「黒幕は……誰なんでしょうか」
「それが分からない。貴族の誰かか、あるいは他国の者か……」
二人は顔を曇らせる。長い間、この謎と戦っているのだろう。
「でも、父が狙われたということは、黒幕は本気だということです」
「父を亡き者にして、国を混乱させ、最終的には乗っ取るつもりでしょう」
エドワードが深刻な表情で言った。
「だから、お願いがあります」
アルベルトが私を真っ直ぐ見つめた。
「父を守ってください。帰路も、そしてこの帝都滞在中も」
「もちろんです。それが私の仕事ですから」
「ありがとうございます」
二人は深く頭を下げた。その姿に、父を想う息子たちの真摯な気持ちが表れている。
「それと……もし、黒幕の手がかりが見つかったら、教えていただけますか?」
「分かりました。私も、精霊たちと一緒に注意しておきます」
『了解~』
『任せとけ』
精霊たちも協力を約束してくれる。
---
酒場を後にして、クゥと共に自宅へと戻る道すがら、私は考えていた。
スラム街の暗い道を、二人で歩く。さっきまでの視線は、もう感じない。人々は家に戻ったのだろう。
「複雑だね……」
「うん、思ってたより面倒だね」
クゥがあっさりと言う。
「二人は悪くない。でも、周りが勝手に暴走している」
「貴族って、そういうものだよ」
「黒幕……誰なんだろう」
「さあ?でも、私も調べてみるよ。帝都にいる間に、何か分かるかもしれないしね」
クゥの言葉に、少し安心した。
空間を操るクゥなら、誰にも気づかれずに調査できるだろう。帝都のあらゆる場所に入り込める。
「お願いね」
「うん」
自宅に戻り、部屋に入る。
ベッドに倒れ込むと、今日一日の疲れがどっと押し寄せてきた。
国王の護衛、二人の王子との面会、そして明かされた真実——
明日は風の日。少しゆっくりして、何か動きがあるまで頭を整理しよう。
そして、土の日からは国際武道会だ。
でも、その裏では、陰謀が渦巻いている——
私は目を閉じ、深い眠りに落ちていった。
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