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第23話 入学試験4

 実技試験の会場をあとにして、私は石畳の中庭を横切って受付まで戻ってきた。午後の陽光が建物の影を長く伸ばしている。


「すみません~、実技と魔法が終わったんですが……」


「受験番号とお名前をお願いします」


 受付の女性が、手元の書類に目を落としながら丁寧に応対してくれる。


「252番、ラミナです」


「確認できました。――ミランダさん」


 スタッフの女性がすぐ近くで待機していた女子学生を呼ぶと、女子学生が振り返って小さく返事をした。


「はい?」


「この方を筆記試験の教室へご案内して」


「あっ、はい。こちらです、どうぞ」


 案内役の女子学生の後ろに続いて、私は重厚な石造りの校舎内へと足を踏み入れた。廊下には午後の光が差し込み、磨き上げられた床が鈍く光っている。


 通路を歩いていると、いくつかの教室から受験生らしき人たちが三々五々と出てくるのが見えた。どの子も仕立ての良い服を着て、身なりが良く、どことなく気品が漂っている。話し方も上品で、育ちの良さが滲み出ていた。


「あれ? あっちの教室って……」


「ああ、あれは貴族の子たちですよ。彼らは先に筆記試験を受けて、そのあとに実技と魔法試験になるんです」


 案内役の女子学生が振り返りながら説明してくれる。


「なるほど……待ち時間を減らすためとか、そんな感じですか?」


「まあ、そんなところですね」


 私は小さくうなずいて、さらに廊下の奥へと進む。壁に掛けられた肖像画が、まるで見守るように私たちを見下ろしていた。


 しばらくして、ひんやりとした空気の漂う人気のない教室に案内された。窓から見える中庭では、夕方の風が木々を揺らしている。


「では、ここでしばらくお待ちください」


「はい、ありがとうございます」


 案内役の女子学生が軽やかな足音を立てて出ていくと、教室内は静寂に包まれた。


 けれど、いくら待っても誰も入ってこない。時計の音すら聞こえない教室で、時間だけが水のように無為に流れていく。


『……暇やねぇ』


『ほんとに、ですね』


 ミントとアクアのふたりも、だんだん退屈そうな口ぶりになっていた。肩の上でミントがあくびをしているのが分かる。


 道具さえあれば、薬作りでもできるのにな――そんなことを思いながら、私は窓の外をぼんやりと眺める。夕日が校舎の向こうに傾き始めていた。


 しばらくすると、ようやく他の受験生たちがぽつぽつと集まり始め、教室は靴音や衣擦れの音と共に静かににぎやかになっていった。疲れた表情の子もいれば、まだ緊張で顔が強張っている子もいる。


 定員いっぱいになる頃、ようやく試験官と思しき中年男性が重々しい足音と共に入室してきた。


「はい、それでは筆記試験の説明を始めます。各机の中に、インクとペンが入っていますので、出して準備してください」


 私は言われたとおり、机の引き出しをそっと開けてのぞく。古風な装飾の施されたペンと、深い藍色のインクが入った小瓶が入っており、それを静かに机の上に並べた。ペンの重みが手になじむ。


「ではこれから答案用紙を配布します。"試験開始"の合図があるまで、裏返しのままで置いてください」


 試験官が手際よく、受験生ひとりひとりの机に答案用紙を配っていく。紙の音がぺらぺらと響く。最後に私の机にも、わら半紙のような質感の用紙が置かれた。


 試験官が教壇に戻り、眼鏡をかけ直してから再び口を開いた。


「これより試験内容の説明を行います」


 そのまま延々と続く説明に、内容は右から左へと流れていくばかり。集中力が切れそうで、私は頬杖をつきそうになった。


『なんや、リタの時代と全く同じやんか』


『計算問題が、少し違うくらいですかね』


 まだ答案用紙は裏返しなのに、ふたりは完全に内容を把握しているようだ。どこまで見えてるんだろう……。精霊の能力の不思議さを改めて感じる。


 もう、任せよう。


『いいですよ。すぐ終わらせてしまいましょうか』


『ん? なにをするの?』


『試験が始まったら、右手でインク瓶に触れて、左手で答案用紙を撫でてください』


「……え?」


 よく分からないが、やることは単純そうだった。


『うん、わかった』


 私はこっそりうなずいた。


「それでは――試験、始め!」


 試験官の力強い合図とともに、私は答案用紙をそっと裏返し、アクアに言われた通り、右手でひんやりとしたインク瓶に触れて、左手でそっと紙面を撫でた。


 すると――


 撫でた場所に、薄く青白い光を帯びた文字が、まるで魔法のように浮かび上がっていった。美しい筆跡で、まるで見えない手が書いているかのようだ。


 ……なんだこれ、本当に魔法みたい。


 私は思わずごくりと喉を鳴らし、目を見開いた。


「……え?」


 そんな小さな驚きの声が漏れるほど、信じられない気持ちだった。


 言われた通りに答案用紙の全面をそっと撫でると、すべての設問に、水が染み込むように自然と答えが浮かび上がっていったのだ。


 自分の手から何かが出たわけでもない。ただ、触れただけなのに。


 本来、そんなことはあり得ない。

 でも、現に目の前の答案用紙は、びっしりと美しい文字の解答で埋まっている。


 恐る恐る表面を見直すと、最終問題に目が留まった。

 ボッシュさんから聞いていた通り、「自身の得意魔法の魔法陣を描け」という問題だ。


 だが、そこに記されていたのは――


 『私の使う精霊魔法に、魔法陣は存在しません。』


 その一文だけだった。だが、それこそが事実だった。アクアやミントの力を借りて使う精霊魔法には、一般的な魔法陣は存在しないのだから。


 他の問題も軽く目を通してみると、計算問題のほかに「アカデミー志望の動機」や「将来の夢」など、やさしい問いが多かった。

 答えはすでにすべて埋まっている。文字も美しく、まるで手本の字ようだ。


『終わりましたし、そろそろ帰りましょう』


『せやな、もう用は済んだもんな』


『……でも、途中退出ってしていいの?』


『説明の時に言うてたで。手順もあるから任せとき』


『手順? なにすればいいの?』


 試験前の説明をほとんど聞いていなかった私は、素直にミントに頼る。


『まず、答案用紙を裏返して。それから手を挙げてね。試験官が来たら、用紙を渡して退出してOKや』


『うん、ありがとう』


 私は言われた通り、答案をひっくり返し、そっと手を挙げた。

 すぐに試験官がこちらに気づいて静かな足音でやってきて、無言で答案を回収していった。その際、少し驚いたような表情を見せたのが印象的だった。


『ほな、出よか』


『うん』


 静かに席を立ち、靴音を立てないよう気をつけながら教室の外へ。

 廊下の足音さえも吸い込むような静寂のなか、私はそのまま、夕日に染まるアカデミーをあとにした。


 ――こうして、ほとんど何もせずに、けれど確かに試験は終わった。

 春の入学式が、少しだけ楽しみになった。

「面白い」「続きが気になる」「応援する!」と思っていただけたら、


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