第229話 ラミナのピンチ
誰かが入ってくる。
私の心臓が、激しく跳ね上がった。
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撤収しようとしたら、宝物庫の入り口の扉が開き、騎士が2人入ってきた。銀色の鎧が松明の光を反射して鈍く光っている。
やば!
反射的に近くの大きな棚の影に身を潜めた。騎士たちが宝物庫の中をくまなく調べている間、私は息を殺して壁に身を寄せた。心臓の音が聞こえそうなほど静寂が支配する。冷たい汗が背中を伝う。
「どうだ!?異常は無いか!?」
低く響く声。2人の騎士が部屋の中まで入り、隅々までチェックしていた。一つ一つの棚を確認し、床に落ちているものがないか目を光らせている。
「隊長!陛下の依頼した品が届いています!」
若い方の騎士が、私が置いたばかりのケースを指さして報告する。依頼した品というのは闘技場で回収した品のことらしい。4つの品が、ガラス越しに静かに輝いている。
「なんだと!?無くなっている物は!?」
「ぱっと見無くなった物もありません!」
「どういうことだ?」
隊長らしき騎士が困惑した様子で部屋を見渡す。その視線が私の隠れている方向に向かい、思わず息を止めた。
「ケースの中とか改めてもよろしいでしょうか!?」
「いや、中だけ抜いて消えるというのは無いだろう」
そりゃそうだ、私が怪盗だったら丸々持って行く。ケースごと盗む方が手っ取り早い。
『まずいことになったな』
『しばらく待ってれば出て行くでしょう』
彼らは私の隠れている壁のすぐそばまで来たりしていた。鎧の軋む音、剣の鞘が揺れる音、全てが異様に大きく聞こえる。あと数歩で見つかってしまう距離。
「依頼の品以外異変は見当たりませんね」
騎士たちは疑念を抱きつつも、再び部屋の中を調べ始めた。その隙に、私は壁に沿ってそっと移動した。足音を立てないように、体重移動に細心の注意を払う。騎士たちが部屋の反対側に気を取られている間に別の棚の影へ、また別の柱の陰へと移動を繰り返し、同じ場所に止まらないようにしていたが、一向に宝物庫の外に出れる気配がなかった。
"早く出て行ってください!"と心の中で強く願いつつ、現状の打開策を考えた。このままでは朝まで閉じ込められてしまうかもしれない。
『この下ってなにがあるの?』
『魔法書が貯蔵されている書庫だよ~』
『近くに窓は?』
『あるな、だが窓を出たところはバルコニーでその先は海だぞ』
1階のバルコニーか……、その先は海ね……。
このまま足下に穴を開けて貰って書庫に移動、書庫に移動して窓ガラスを破って外に、バルコニーで立ち止まり、まん丸に魔法で巨大な石を海に放り込んで貰う。派手に水しぶきを上げて騎士たちの注意を引く——
そんなストーリーが頭の中をよぎった。
『そんなことしなくても良くない~?』
『だな、剣とお守りの効果を使って騎士達を押しのけて力押しで脱出出来ると思うぞ』
ん、とりあえず早めに外に出たいところ……。確かに力押しも手だけど、できれば穏便に済ませたい。
いつ行動に移そうか悩んでいると、廊下から新たな足音が聞こえ、どんどん人が増えていく……。増援が来てしまった。状況は悪化する一方だ。
どうしよう……、廊下にでも良いから出たいが騎士達が入り口を塞いでいる。完全に退路を断たれた形だ。
『グレン、庭付近で爆発音をお願い……』
『あぁ、分った。今よりは改善しそうだしな、いくぞ』
グレンがそう言うと、遠くの方——城の庭の辺りから、轟音と共に爆発音が鳴り響いた。ドガァァンという音が城全体を揺らす。
「2人残して行くぞ!残りは全員庭へ急げ!」
「「「「「っは!」」」」」
多くの騎士達が、剣を抜きながら宝物庫を離れていった。重い足音が遠ざかり、廊下が静かになる。
騎士達が単純で良かったと思いたい。
見張り役として残った2人の騎士は入り口付近で外の様子を窺っており、室内への注意が疎かになっている。今がチャンスだ。息を殺し、足音を立てないように、2人の騎士の間をそっと抜けた。鎧の隙間から見える視線が、幸い外を向いている。数秒が永遠のように長く感じられた。
ようやく廊下に戻ってきた。窓から見えるのは日が落ちきった景色だった。オレンジ色だった空は完全に藍色に染まり、星が瞬き始めている。
周囲に気を遣いながら、来た道を逆に辿って城の外へと向かう。途中、爆発音の調査に向かう騎士たちとすれ違いそうになり、何度も物陰に身を隠した。廊下を曲がるたびに心臓が高鳴る。階段を降り、厨房を抜け、通用口から外へ——
城の外に脱出できた頃には外はすでに暗く、夜の帳が下りていた。私は城の影に身を隠しながら、城壁を越えるための次の一手を考えていたが、城の入り口の方に回り込むか、城壁を越えて市街地に抜けるかを考えたけれども、騎士たちの注意が庭の方に集中しているお陰で、ここまで来たらもう簡単に街の方に抜けることが出来た。正門から堂々と出る形になったが、誰も私に気づかない。
「なんか凄く疲れたんですけど……」
全身の力が抜けていくのを感じた。精神的な緊張が一気に解けて、足が重い。
『だろうな、宝物庫に長時間いたからな』
城を離れると、私はほっと一息ついた。冷たい夜風が頬を撫で、ようやく現実に戻ってきた感覚。
一息つくと空腹感に襲われ、飲食の屋台から良い匂いが漂ってきた。焼き鳥の香ばしい匂い、揚げ菓子の甘い香り、スパイスの効いたスープの湯気。収穫祭で賑わう夜の街は、昼間とはまた違った活気に満ちている。
「なんか食べて帰ろうか」
『さんせ~』
その後は、精霊達と食べ歩きを堪能しながら寮に戻った。焼きたてのパンに、ジューシーな串焼き、ほくほくの焼き芋——どれも美味しくて、疲れた身体に染み渡る。精霊たちも嬉しそうに匂いを楽しんでいた。
今日の怪盗ミッションは、想定外の展開もあったけれど、無事に完了。盗んだ品々は指定の場所に置いた。
私も無事に帰還できた。
これで、怪盗アレクサンドルの仕事は終わり——のはずだ。
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