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第22話 入学試験3

 二人の女子学生が笑い合っていると、すぐそばまで審判が足音もなく近寄ってきた。


「次に進んで大丈夫ですか?」


「大丈夫です~」


 茶髪の女子学生が、まだ少し荒い息を整えながら明るく答える。頬には赤みが戻り、体調も回復したようだった。


「そうですか。それでは、ロット君、半蔵君、上がってきてください」


 審判の呼びかけに応じて、新たに二人の男子学生がリングへと登場した。


 一人は標準的な学生服に身を包み、茶色の髪を無造作に撫でつけていたが、もう一人はどこか異国めいた、見慣ない黒い装束を着ていた。ゆったりとした袖と、帯のような布で腰を締めた独特の衣装だ。そして腰には、細く反り返った棒状の武器を差している。その黒髪は後ろで小さく束ねられ、凛とした立ち姿は見たことのない文化圏の戦士を思わせた。


 その不思議な服装の彼からは、ただ静かに立っているだけなのに、どこか鋭い"圧"のようなものが伝わってくる気がした。まるで研ぎ澄まされた刃のような緊張感だ。


『へぇ……油断できへんね~。それにな、あいつの獲物……』


 獲物? と、思わずミントの言葉を反芻する。


『そうですね。……懐かしいものを持っていますね』


 懐かしい? 一体何が?


「なんで?」と小声で聞き返すと、今度はミントではなくアクアが静かな口調で応じた。


『あの、見慣れへん服着とる子な。あの子のスキルは"縮地"やねん』


 思っていた答えとまるで違う言葉が返ってきた。


『一瞬で、距離を詰めてくるんですよ』


「えっ……どうするの?」


 アクアの言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。ワープのようなものだろうか……?

 戦う前からプレッシャーだけがじわじわと背中を押してくる。


『私に考えがあります。いいですか?』


「ううん、大丈夫。お願い」


 アクアの提案にうなずくと、隣でミントがぽつりと呟いた。


『せやなぁ。ちょっとずっこい気もするけど、あいつの縮地、まともに受けたら防げへんしな』


 二人の話を聞いていると、向こう側の女子学生たちもこちらの様子に気づいたようだった。


「ん~、精霊さんと作戦会議中かな~?」


 茶髪の女子学生がくすりと笑って、いたずらっぽい表情でこちらを見てから続ける。


「その様子だと、ハンゾーのスキルも見抜いたってところね……」


「みたいだね~。じゃあ、私たちも作戦会議しよっか」


「うん、そうね」


 そう言って二人は軽やかに手を振り、男子学生たちのもとへと歩いていった。制服のスカートが風に揺れている。


『まぁ、うちらはこんなもんでええんちゃう?』


 ミントが肩の上でのんびりとあくびをしている。その様子はどこか余裕に満ちていた。


『それじゃあ、ミントはラミナの護衛をお願い』


『OK~、まかしとき~』


『ラミナも、大丈夫ですか?』


「うん……大丈夫」


 私は小さくうなずいた。心臓の鼓動が少し早くなっているのを感じる。


『それなら、私たちの準備は完了です』


 その頃には、向こうの四人も輪になって相談を終えたようだった。


 私はポーチから残りのエリシュの種をいくつか取り出して、自分の周囲の地面にそっと配置する。小さな茶色の種が石の床の隙間に転がっていった。そして、少しだけ深呼吸した。冷たい空気が肺に入ってくる。


「私たちは、大丈夫です~」


 茶髪の女子学生が審判に向かって手を上げて告げた。


 審判がこちらを振り向いた。


「こちらも大丈夫です」


「それでは、双方位置について!」


 審判の威厳ある声が響くと、四人の試験官役たちがそれぞれの持ち場につき、間隔を開けて武器を構えた。

 特に半蔵と呼ばれた男子学生は、腰を深く落とし、刀の柄にそっと手を添える。その鋭い黒い瞳は、まっすぐこちらをじっと見据えていた。獲物を狙う猛禽類のような眼差しだった。


 空気が変わった。

 間もなく始まる戦いに、体の奥がじんわりと熱を帯びてくる――。


『アクアの予想通りになりそうやね。せやけど……精霊使いって言うたから、ちゃんと対策されとるね』


『そうですね。でも、まぁ……関係ありませんけど』


 アクアの返答はどこか静かで、揺るがないものだった。その声には絶対的な自信がこもっている。


「そういえば、先祖様の時はアイスウォールで囲んだって言ってたよね? それの対策かな?」


『たぶん、そうやろな』


 私は武器を持っていないが、それでも一応ファイティングポーズらしきものを取る。拳を軽く握り、足を肩幅に開く。意味があるかはともかく、気持ちの問題だ。


「それでは、始め!」


 審判の合図と同時に、腰を深く落としていた男子学生――半蔵と呼ばれた彼が、まるで陽炎のようその場から姿を消した。


 同時に響いたのは――


「ファイヤーランス!」


 火の魔法の鋭い詠唱が空気を切り裂いて飛ぶ。


 こちらもすぐに動いた。あらかじめ周囲に配置していたエリシュの種から、緑色の蔦が土から芽を出すように一気に成長し、みるみるうちに枝分かれしながら緑の壁となって私の周囲を三ケ月状の壁のように包み込む。


 アクアは気温をさらに下げ、さっきよりも冷たい冷気でリング全体を真冬の猛吹雪のようにのように包みながら、分厚いアイスウォールを広範囲に展開。飛んできたファイヤーランスを水しぶきと蒸気と共に難なく防いだ。


 私はというと、蔦の内側で膝をつき、頭を抱えて身をかがめる。完全な防御姿勢だ。亀のように身を縮こませる。


 その直後だった。


 ――バキィンッ!


 鈍く乾いた、ガラスが砕けるような何かが折れる音が蔦の向こうから響いた。


「むっ……!」


 男性の低い声が聞こえる。


『うっし! アクアの企み通りや!』


 ミントが勝利の笑い声を上げる。すぐに別の声が続く。


「……ふむ。降参だ」


 審判が力強く声を張り上げる。


「それまで!」


 その声と同時に、いつの間にか安全地帯へ避難していた審判の姿が視界に入った。


 私は蔦の壁がまるで秋の落ち葉のようにしおれて消えていくのを見届けてから、ゆっくりと顔を上げる。


 そこには、半蔵が呆然として立っていた。手にしていたのは、根元からぽっきりと真っ二つに折れた――刀だった。刃先が石の床に転がっている。


「……なぜ、折れたんだ……?」


低温脆性ていおんぜいせいって言ってな、金属は瞬間的に一定温度以下に冷やされたら脆くなるんよ』


『そうですね。極端な冷却によって、刃の分子構造が保てなくなったのでしょう』


 私はミントとアクアの言葉をそのまま、困惑している半蔵に伝えた。


「……"低温脆性"という現象で……金属は瞬時に冷やされると、脆くなるそうです」


「そうか……それを知らなかった拙者の、油断……それが敗因か」


 半蔵は静かにうなだれたが、その姿からは怒りではなく潔さのようなものも感じ取れた。武士道精神とでも言うべきだろうか。


「行ける、と思ったのに……負けちゃったか~」


 もう一人の男子学生――ロットが苦笑いを浮かべながら歩いてきた。その後ろには、試験官役だった女子学生二人の姿もあった。


「半蔵の刀……」


「ああ、折れた。寒さのせいらしい」


「そうか……。どうするんだ、それ……?」


「さあな。修復できる鍛冶師がいるかどうか……」


 どこか虚ろで諦めにも似たやり取りを聞きながら、私は胸の奥にちくりと罪悪感のようなものが芽生えるのを感じた。大切なものを壊してしまったという申し訳なさで胸が痛む。


「……なんか、ごめんなさい」


「いや、いい。物はいつか壊れるもの……。今がこいつの寿命だったんだろう」


『……潔い奴やな』


『そうですね。少し、申し訳ない気持ちにはなりますけど……』


「何か、私にできること……ないかな……」


「ん?」


 ぼそっと呟いた私に、ミントが答える。


『この手のことなら、大地の大精霊ノームやろな』


『リタの時代と変わっていなければ……たしか四月のサバイバル学習で会えるはずです』


 ああ、あの――どういう経緯か"ジャガイモ"って呼ばれていた精霊のことだ。ちょっと、見た目はともかく。


「サバイバル学習?」


『せや。クラスごとに少人数でグループ組んで、五日間森で暮らす授業や。絆を深める目的やって聞いとった』


「……そんな授業、あるんだ」


 ぽつりと呟いた私を、目の前の試験官二人が不思議そうな表情で見ていた。


「どうしたんだ?」


「……ああ、ごめんなさい。精霊さんとお話してて……」


「ほらね~。で、なんか言ってたの?」


「あっ、はい。入学してすぐに"サバイバル学習"ってあるんですか?」


「あるある。スペルン平原での五日間、野外活動だね~」


『ノームが住んどる場所やな』


『ええ、間違いないです』


「……あの、その剣、もしかしたら……なんとかなるかもしれません」


「本当か?」


 半蔵の黒い瞳が、少しだけ希望の光を取り戻した。


「大地の精霊さんと契約できれば、ですが……」


『契約できるとは思うけど……その前に、ラミナ。まず入試、合格せな』


「……あっ、そっか。まだ、合格決まってなかったんだ……」


 気が緩んでいた自分に気づいて、ちょっとだけ頬が熱くなる。


 思わずぽつりとこぼすと、茶髪の女子学生が声を立てて笑って首を振った。


「もうラミナちゃんは合格決定だよ~。この試験でちゃんと魔法使ってたし、魔法試験は免除。筆記が仮にゼロでも確実に合格できるから安心して!」


「えっ、ほんとに……?」


「ほんとほんと。だって実技試験、三戦全勝でしょ? それだけで三百点追加。それに魔法試験パスでさらに百点。合わせて四百点だよ~。しかも今のところ、三戦目まで進めたのって、ラミナちゃんだけだしね、みんな良くても二百五十点前後くらいで止まっちゃってるし」


 金髪の女子学生が振り返って、審判の先生を見る。


「ですよね、ランドル先生?」


 その声に応じて、審判をしていた男性が静かに歩み寄ってきた。温和な表情の中年男性で、グレーの髪が薄くなり始めている。


「……まぁ、そうだな。ただし、こういう情報は本来、試験中には伝えるべきではない」


「あ、ごめんなさい」


 女子学生がぺこりと謝ると、先生は軽くため息をついてから、私の方を見て父親のようにやさしく微笑んだ。


「ともかく君は、もう不合格の心配はしなくていい。実に見事だったよ」


「……ほんとに……?」


 胸の奥から、ふっと緊張の糸が切れたように力が抜けた。

 もし不合格だったら、ボッシュさんになんて顔をすればいいか……そんな不安がずっと心の隅につきまとっていたのだ。


「ラミナ君、受付に戻って実技と魔法試験を終えたことを伝えなさい。その後、筆記試験の教室に案内されるはずだ」


「はい、ありがとうございます!」


 心からの感謝を込めてしっかりと頭を下げると、周囲から温かい声が飛んできた。


「ラミナちゃん、残りの筆記試験も頑張ってね~!」


「四月、アカデミーで会えるのを楽しみにしているよ」


「拙者もだ」


「俺もだぜ。待ってるからな」


 先輩たちの温かい言葉に、胸がじんと熱くなる。目元がちょっとだけ、潤んでしまったのを悟られないように、私は小さく笑った。


「先生、先輩方……試験に付き合ってくださって、ありがとうございました!」


 心からの感謝を込めてそう伝えると、女性の先輩たちが笑顔で手をひらひらと振ってくれた。


「ふふ、またね~」


 私は深く一礼をして、足取り軽くリングをあとにした。


 さあ、残るは筆記試験……もうひと頑張りだ。

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