第21話 入学試験2
石造りの階段を上がってリングに足を踏み入れると、陽光を浴びて輝く金髪のポニーテールと、風に揺れる茶髪のショートボブの二人の女子学生が、それぞれ異なる装飾の施された杖を手にして登場してきた。二人とも制服の上に軽装の魔法使いローブを羽織り、自信に満ちた表情を浮かべている。
『さっきの試験で片方ケガしとったから、入れ替わったんかな?』
確かに、先ほど戦っていた剣士風の学生の姿はもう見当たらず、観客席の一角で包帯を巻かれている姿が小さく見えた。
『ふふ、今度は私の番ですね』
アクアが小さな手をぎゅっと握り締めて、少し嬉しそうに肩の上で張り切っている。その青い瞳が期待で輝いているのが分かった。
『魔法使い二人って……あぁ、金髪の姉ちゃんのほうは「詠唱破棄」持ちやな』
「なにそれ?」
『一度、自分で唱えるか耳にしたことのある魔法なら、詠唱なしで魔法名だけで発動できるんや。かなりの上級スキルやで』
「全属性に?」
『ちゃうちゃう、自分の適性魔法だけや。ちなみに彼女の適性は火属性やね。杖の先端に埋め込まれた赤い宝石が証拠や』
全属性いけるのかと思って一瞬ズルいと感じたけど、そうじゃないと聞いて胸を撫で下ろす。それでも火属性の詠唱破棄は脅威だった。
「受験生! 大きな声で受験番号と名前を!」
威厳ある審判の声に気を引き締め、私は背筋を伸ばして大きく答えた。声が少し震えているのを自分でも感じる。
「252番、ラミナです! よろしくお願いします!」
「よろしい! 双方準備を」
「私たちは大丈夫です」
金髪の女子学生が涼しげに微笑みながら答える。試験官側の準備は万端のようで、二人とも余裕の表情を崩していなかった。
『私も準備できています』
そう言って、アクアは私の肩から右腕へとひらりと移動し、そこにちょこんと腰かけて右手を凛々しく上に掲げる。小さな体に似合わぬ、堂々とした風格があった。
「こちらも準備できました!」
「では、位置について!」
リングの上に白いペイントで引かれた真っ直ぐなラインの前に立つ。足裏を通して石の冷たさが伝わってきて、緊張が一層高まった。
「それでは、はじめっ!」
審判の合図が響き渡ると、金髪の女子学生が杖を高々と掲げた。杖の先端の赤い宝石が太陽光を反射してきらめく。
「ファイヤーランス!」
彼女の凛とした声が会場に響くと同時に、空中に20本を超える炎の槍が一斉に出現した。それぞれが人の背丈ほどもある巨大な炎の武器で、先端は鋭く尖り、オレンジと赤の炎が激しく揺らめいている。空気がみるみる熱気で歪んでいくのが見えた。
『うわっ、えっぐい数やな……』
『大丈夫ですよ』
アクアが小さく指を鳴らすと、パチンという小さな音とともに、次の瞬間、私たちの前に分厚い水の壁が轟音と共に出現した。高さは3メートルを超え、透明度の高い水が美しく波打っている。
そして周囲の空気が、まるで真冬の山頂にいるかのように急速に冷えていく。吐く息が白くなり始めた。
『金髪の姉ちゃん、うちとは相性ええけど……アクアとは相性最悪やな』
飛来したファイヤーランスは、水の壁に次々と激しい音を立てて吸収されていった。ジュウジュウという蒸気の音と共に、白い湯気が立ち上る。
ただ、少し気になることがある。
水の壁が、表面からバリバリと音を立てて凍り始めていたのだ。氷の結晶が美しい模様を描きながら広がっていく。それに、空気中にキラキラと氷の粒のようなものがダイヤモンドダストのように舞い始めている。
前方の女子学生たちも、審判も、肩をすくめて寒そうに身を縮めていた。
特に審判は、腕を抱えて身体をさすりながら、困惑したような表情を浮かべている。
「何が起きてるの……?」
『手をちょっと前に出してみ?』
ミントの指示に従って手を前に出すと、瞬間、まるでナイフで刺されたような鋭い痛みが走った。
「痛っ……!」
『せやろ。濡れたタオルを振り回したら即凍るレベルや』
「すごく寒い状態ってこと?」
『そうです。寒すぎて、魔法名すらはっきり言えへんようになるやろな』
氷のような壁越しに見える相手の女子学生たちは、明らかに口元をガタガタさせて震えていた。顔色も青白くなってきている。
「そうなんだ……」
「ラミナ、審判の方をこのラインの手前に来るように誘導してもらっても?」
「寒くないの?」
「えぇ、今いる所と比べたらね」
「審判さん! このラインよりこちら側は寒くないそうです!」
私がそう声をかけると、審判は何も言わず小走りで足早にこちら側へとやってきた。その表情には明らかに安堵の色が浮かんでいる。
一方、女子学生たちもこちらに来ようとするが、アクアが展開したアイスウォールによって進路を塞がれていた。氷の壁は透明で美しいが、近寄る者を寄せ付けない冷気を放っている。
「……すまない、ありがとう」
寒さから解放されて安堵の表情を浮かべた審判が、小さく礼を口にする。その声には心からの感謝がこもっていた。
『2人とも降参せえへんのやな』
「降参したくても、たぶん言えないんじゃないかな……?」
ガタガタ震えている状態で「降参します」なんて声に出すのは、確かに難しそうだ。二人の唇は紫色に変色し始めている。
『そやな……そうかもしれへん』
『この状況だと、下手に喋れば舌を噛みますよ』
女子学生たちは明らかにこちら側に来たがっていたが、その気持ちとは裏腹に氷の壁と極寒の寒気がそれを許さない。彼女たちの瞳には諦めにも似た色が浮かんでいた。
もう十分だろうと感じて、私は審判の方を振り返った。
すると、彼は静かに、しかし確信を持って頷いた。
「それまで!」
その力強い声が響くと、氷の壁がまるで春の雪解けのようにすっと消え、空気がふわりと温かくなる。暖かな風が頬を撫でていった。
次の瞬間――女子学生二人が、糸が切れた人形のようにその場にへたり込むように座り込んだ。
『……やり過ぎましたかねぇ』
「やり過ぎ?」
『せやなぁ。二人とも軽度の凍傷を負ってる。ラミナ、ハイヒールポーション、渡したったら?』
まぁ、あと一戦あるし問題ないだろう。私はポーチからガラス瓶に入った淡いピンク色のポーションを取り出し、二人のもとへ歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
「えぇ……なんとか……」
二人とも汗びっしょりだった。あの極寒の空間から、いきなり常温に戻ったのだから当然だろう。制服が汗で肌に張り付いている。
「あの、これ私が作ったハイヒールポーションなんですけど……」
――少しだけ、緊張した。受け取ってもらえるか、不安だったから。
「え……?」
金髪の女子学生が、一瞬戸惑ったように大きな瞳で審判のほうを見た。
「受け取っても構いませんよ」
審判が温和な表情で頷くと、二人はようやく安心した様子でポーションを受け取り、それぞれ口にした。
「はぁ~……生き返るぅ~」
「ねぇ、本当……助かったぁ……」
二人の頬に赤みが戻り、顔にようやく笑顔が戻った。
「ラミナちゃんだっけ? 強いね。魔法名を言ってなかったあたり、無詠唱か精霊使い?」
「あっ……精霊使いです」
「いいなぁ~。私、聖女リタ様に憧れてたから、ずっと精霊使いになりたかったんだよね」
――リタ様に憧れて、精霊と契約したいと思っていた人が、ここにもいたんだ。
茶髪の女子学生がそう言ってから、隣の金髪の子の方をちらりと見た。
「ラミナちゃん、次の試合もよろしくね」
「ハンゾーの初撃をかわされたら、たぶん勝てないけど……」
「うん。そのときは潔く諦めましょっか」
二人は顔を見合わせて、くすっと笑い合った。
二人が笑い合うのを見て、ふと安心した。
試験なのに、どこかあたたかい時間が流れている気がした。
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