第202話 異文化交流
夕食の準備すると言っていたけど、この場に食材らしい食材は見当たらなかった。辺りを見回しても、調理用具や鍋はあるが、肝心の食材が見えない。
「夕食の準備ってどこでするの?」
「ココデスルヨ、モリノチュウオウニ、ショクザイタントウガイロイロモッテキテル」
クララが指差す方向を見ると、確かに何人かのアラクネーが森の奥から戻ってくる姿が見える。
「あっ、そうなんだ」
自分で持ってきたものは口にしてはいけないってシステムだし、物々交換できないかな?
「私もいろいろあるんだけど、交換しない?」
「イイヨ、ナニガアルノ?」
クララが興味深そうに尋ねる。
鞄からマジックコンテナを取り出し、セレス農園でとれた野菜や果物を近くの木製の台に色々並べていく。
最初のうちはリンゴやオレンジ等の品名を思い浮かべながら取り出していたが、次第に、まだ出していないものとイメージして取り出していった結果、見たことのない珍しい果物や野菜まで出てきた。色とりどりの食材が台の上に並んでいく。
気づけばアラクネー達が作業の手を止めて集まってきている。その目は好奇心と驚きに満ちている。
「ここにあるものならどれでもいいんだけど……」
「ゼンブデモイイノ?」
一人のアラクネーが信じられないといった様子で尋ねる。
「いいよ、まだまだいっぱいあるから」
「ココニアルモノ、ゼンブマソガイッパイ」
年配らしいアラクネーが感嘆の声を上げる。
そりゃそうだ、魔素が豊富なダンジョンで魔素を利用して精霊達が育てているのだから。普通の野菜や果物とは魔素の含有量が段違いだろう。
「ダンジョンで精霊達が育ててるからね、リクエストがあればもっと出せるけど……」
「ソレナラ、コレトコレヲ50クライモラエルカシラ?」
リンゴとトマトを指さしていた。リクエストしたアラクネーを見ると、他のアラクネー達が敬意を払っているところから、アラクネー達の長と思われる風格のあるアラクネーだった。体も一回り大きく、装身具も美しい。名は確かパルルだっけ?
「いいですよ」
ちょっと多めに出しておこうかな?そんなことを思い、それぞれ60個ほど丁寧に並べた。
「まだあるので必要なら言ってください」
「アリガトウ、リルル、ムルル、コレラヲモッテイキナサイ」
長が指名すると、二人のアラクネーが恭しく応える。
「「ハイ」」
名を呼ばれたアラクネーが、私が出した果物や野菜を大切そうに全部回収して調理場と思われる焚火の近くに運んでいく。大きな鉄製の鍋を用意し、リクエストしたリンゴとトマト以外の果物野菜を豪快に放り込んでいた。
あれ全部鍋にするのかな……?果物も全部?皮とか芯とか除かないのかな……?ちょっと心配になってくる。
「ラミナサン」
長らしいパルルが私を呼ぶ。
「はい?」
「ワタシタチカラワタセルモノガスクナインダケド、ドンナモノガホシイ?」
ほしい物か~。辺りを見渡して思ったことがある。先ほど果物と野菜を受け取ったアラクネーが着ているシャツがシンプルで動きやすそうで、とてもかわいいと思った。機能的でありながら美しいデザインだ。
「えっと、あのムルルさんが着てるシャツみたいなものが」
「ダソウヨ、ムルル」
パルルがムルルに指示を出す。
「アリガトウ!ツクリマスヨ!キジハドッチガイイ?」
ムルルが嬉しそうに手を叩く。
「生地って、シルクワームかアラクネーさんの糸で作った生地ってことですかね?」
「エェソウヨ」
「触り心地がわからないので……」
「ソウ、ムルル、マルルオイデ」
長が別のアラクネーも呼び寄せる。
2人のアラクネーが寄ってくる。それぞれ異なる質感の服を着ている。
「ムルルガキテイルノガ、ワタシタチノイトデツクッタモノ、ミズデヌレテモカワキヤスイワ、マルルガキテイルモノハ、シルクワームノイトデツクッタモノネ、サワリゴコチヲノゾムナラコッチネ」
パルルが丁寧に説明してくれる。
「触ってもいいですか?」
「エェ」「ドウゾ」
二人が快く許可してくれる。
触らせてもらってわかる。
ムルルが着ているアラクネーの糸で作られた服を触った感じだと、ツルリとした冷感のある肌触りで、軽くて張りのある質感だった。夏向きの機能的な素材のようだ。
一方、マルルが着ている服の質感は、肌に吸い付くような滑らかさと滑るような艶やかさがあった。まるで高級シルクのような上品な手触りだ。
インナーとかに使うならシルクワーム生地がよさそうだけど、ムルルの着ているシャツはインナーではないし。
「アラクネーさんの糸でお願いします」
「ムルル、イマ カノジョノサイズヲハカッチャイナサイ」
パルルがムルルに指示を出す。
「ハイ、コチラヘ」
ムルルの後についていくと、機織り機の置いてある小屋に案内され、ムルルが口から出した銀色の美しい糸で私のサイズを測ってくれた。その糸は想像以上に丈夫で、メジャーのような役割を果たしている。
メジャーじゃなくて、糸の長さで決めるんだなぁと思いつつ、ムルルが着ているのはシャツのはずなのに、足の長さや股下等の関係なさそうなところまで丁寧に測っていた。もしかして、シャツ以外も作ってくれるのだろうか?
「アリガトウ、ミンナノトコロニモドリマショウ」
ムルルが満足そうに糸を片付ける。
「うん」
「イロハナニイロガスキ?」
ムルルが色の好みを尋ねる。
「ん~水色とか青系かな?」
自分の好みの色を答える。
「ウン、ワカッタ」
ムルルが嬉しそうに頷く。
こうしてムルルと一緒にみんなのところに戻った。
戻る頃には鍋に入れたものに火が通ったのか、木で作られたお椀に美味しそうなスープを装っているところだった。野菜と果物が絶妙に混ざり合った、見た目にも鮮やかな料理になっている。
「ラミナサンモ タベテイッテクダサイ」
長が温かく勧めてくれる。
いいのかな、自分が渡した食材をアラクネー達が調理しただけだけども……。でも、これも異種交流の一環なのかもしれない。
そんなことを思いながら、温かいお椀を受け取り、みんなと一緒に木のスプーンを使って食べ始めた。意外にも果物と野菜の組み合わせが絶妙で、甘みと酸味、そして野菜の旨みが見事に調和している。魔素豊富な食材の効果だろうか、体の奥から温まるような感覚がある。
食べ終わる頃になると、どこからか美しい歌声が聞こえ始めた。その歌声は夕暮れの森に響いて、とても幻想的だ。
「どこかで誰かが歌ってるの?」
横でミルルにリンゴの欠片を与えているクララに聞いてみた。
「ミズウミニイル ローレライガウタッテルノ」
クララが湖の方を指差す。
はぁ~ローレライもいるんだ。あれ?アクアって元々海に住んでいた気が……。そんなことを思いながら元ローレライのアクアの方を見た。
『ローレライは海水淡水関係ありませんからね』
アクアが説明してくれる。
「あっ、そうなんだ」
『広いか狭いか、食べるものが豊富かどうかとかの違いで海で過ごす者が多いというくらいなんです』
アクアが詳しく教えてくれる。
「なるほど」
「サッキカラ トキドキ ヒトリゴトヲイッテルヨネ?」
クララが不思議そうに尋ねる。
「あぁ、うん、私の側にいる精霊さんと話してるんだ」
「ェ?セイレイツカイナノ?」
ミルルが一回り高いトーンで驚きの声を上げた。その小さな声が可愛らしい。
そしてミルルの言葉に反応するように、周囲のアラクネー達の視線が一斉に私に集まった。作業の手を止めて、興味深そうにこちらを見つめている。精霊使いという存在が、彼女たちにとって特別な意味を持つのかもしれない。
読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
作品ページ上部の【☆評価】【ブックマーク】、そして【リアクション】ボタンをポチッと押していただけるととても励みになります!
みなさんの応援が、次回更新の原動力になります。
引き続きよろしくお願いします!




