第20話 入学試験1
入学試験当日。
先日ガーネットさんにもらった服に袖を通すと、肌に馴染むような柔らかさに思わず頬がゆるんだ。村で着ていたものとは比べ物にならないほど肌触りがよく、布の質が全く違うことがわかった。
今日の持ち物は、実技で使う武器だけでいいらしい。けれど私は武器なんて触ったこともなかったから、何も持たずに行こうとしていた。
『なぁなぁラミナ、この前買うたエリシュの種、いくつか持っていこ』
「え? あれって屋上に植えるために買ったんじゃなかったの?」
『ちゃうよ、今日の実技で使うためやで』
「使うって……そういう植物なの?」
そもそも私は、「エリシュ」という植物について何も知らなかった。ミントが欲しいと言い出したときは、何かの薬の材料だと思っていた。
『せやで~、役に立つんや。ちゃんと持っとき』
私は薬を包装するための紙を棚から取り出し、エリシュの種を丁寧に包んでポーチに入れた。
それからふと、実技試験があるなら、ヒールポーションやマジックポーションも持っていったほうがいいかもしれないと思い、急いで三本ずつ用意してポーチに詰めた。
「これでいいかな?」
『ええで~。ほな、行こか』
家を出て、忘れずに鍵をかけてからアカデミーへと向かった。
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アカデミーの門の前には、すでに多くの受験生が集まっており、ごった返していた。
その中でも、ひときわ目を引いたのが——綺麗な金髪にウェーブがかった髪の可愛らしい女の子と、背中に白銀の翼を持つ、涼しげな雰囲気の男の子だった。
「羽が生えた人がいる……」
『せやなぁ。鷹の獣人って、めったに見いひんからな』
『そうですね。彼らは高山地帯で暮らしていて、人との交流もほとんどないですから』
「……飛べるの?」
『当たり前やで』
空を飛べるなんて、なんだかすごくうらやましいな——
そう思いながら、しばらく見つめてしまった。
「へぇ……」
『そんなんよりも、はよ受付済ませえや』
「あ、そうだった!」
我に返って、受付の列に並ぶ。しばらくして、私の番がきた。
「出身地とお名前を」
「ルヴァ村のラミナです」
「ルヴァ村のラミナさんね」
受付の人は、控えめな口調で言うと手元の名簿を確認し始めた。
「保護者は、ボッシュさんでよろしいですか?」
おばあちゃんじゃなくてボッシュさんが保護者なんだ——
そんな風に思いながらも、私は首を縦に振った。
「はい、大丈夫です」
「あなたの受験番号は252番です。この後は、後ろの道を左に進み、闘技場を目指してください。実技試験から開始です」
「わかりました。ありがとうございます」
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受付を終えて指示通りに歩き出すと、「実技試験こちら」と書かれた張り紙が目に入った。
それに従って進むと、すでに闘技場では試験が始まっており、数組の受験生が試験官役の上級生と戦っていた。
『懐かしいなぁ』
『そうですね』
「実技も魔法も、任せていい?」
誰の試験なのかと聞かれれば、それは私なのだけど——村にいた頃から、狩りも争いごとも、ずっとミントとアクアに任せきりだった。
『ええで~』
『いいですよ』
二人があっさり引き受けてくれて、ほっと胸を撫でおろす。
安心していると、近くにいた男子学生が声をかけてきた。
「君、受験生?」
「あっ、はい」
「受験番号と名前を教えてもらっていいかな?」
「252番のラミナです」
「252番ね。それなら "D" と書かれている列に並んでもらっていい?」
「はい、ありがとうございます」
「うん、試験頑張ってね」
男子学生はにこやかに言うと、また別の受験生へと声をかけに行った。
『Dのとこ行こ!』
「うん」
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Dの列の後ろに並んで辺りを見回すと、隣のCでは鷹獣人の男の子が実技試験を受けているところだった。
その様子を見て、思わず目を見張った。
合図と同時に、彼は一瞬の迷いもなく弓に2本の矢を番え、試験官に向かって放った。放たれた矢はどちらも正確に命中し、試験官の両脚——太ももに突き刺さる。それだけで試験は即終了。ほんの一瞬の出来事だった。
『あの子、いい腕してますね』
『せやな。鷹獣人の特性を活かした戦い方やんな』
『ええ。とても実戦慣れしてる動きでした』
「特性って?」
『鷹獣人はな、全種族の中でもとびきり器用でな。めっちゃ細かい動作が得意なんよ』
『そうですね。だから彼のように、弓や投げ槍、投擲系の武器を持たせたら、右に出る者はいないって言われてるくらいです』
「へぇ……。これって、間違って相手が死んだりしないよね?」
『せえへんよ』
『このリング自体が魔道具で、重傷や即死クラスのダメージを受けると、自動でリング外に弾き出される仕組みなんです』
『リタが作ったんやで~』
「えっ、そうなの!?」
まさか、こんなところで先祖の名前が出てくるなんて思わなかった。
ミントたちと話しながら、ぼーっとその鷹獣人の方を見つめていると——
「君、大丈夫?」
「え?」
突然声をかけられて、びくっと肩を揺らした。
「さっきから、独り言を言っているようだったから……」
「あ、えっと……大丈夫です」
「そっか。君の番なんだけど、すぐに戦えるかい?」
「はい」
「じゃあ、リングに上がって」
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案内されるままにリングへと上がる。
私の試験官は、どうやら徒手空拳で戦う女子学生のようだった。リングに立つと、彼女が大きな声で宣言する。
「受験生、大きな声で受験番号と名前を!」
「252番、ラミナです!」
「よろしい。それでは双方、準備を!」
「私は大丈夫です」
試験官役の女性は、いつでも始められそうな雰囲気だった。
『アクア、うちからでええ?』
『いいですよ』
『ほなラミナ、両手に種を1つずつ持って』
ミントの指示に従い、私はポーチから種を包んだ紙を取り出し、中身を確認する。そこから2つの種を取り出して、残りはポーチに戻した。
『これでいい?』
『ええで』
そう答えたミントは、私の手首あたりにふわりと腰を下ろした。
「準備OKです!」
「それでは、双方位置について!」
位置……? と一瞬迷ったが、足元に引かれた線を見つけて、そこに立つ。
「それでは——始め!」
合図と同時に、女子学生が駆けてきた。
『ほな、もらうで~』
ミントの声と同時に、体の内側から両手にかけて、何かが流れ込んでくるような感覚が走った。その直後——手に握っていた種が、勢いよく蔓へと変化し始めた。
太さはおよそ二センチ。しなやかで、まるで生き物のようにうねりながら成長していく。しかもその蔓は、独自の意思を持っているかのように、くねくねと動き出した。
対する女子学生は、一度後方へ跳んで距離を取るが、すぐに再びこちらへと突っ込んできた。
しかし、彼女が右手から伸びた蔓の射程内に入った瞬間——その蔓は生き物のように女子学生を追尾し始めた。
「ねえミント……これ、いったい何なの……?」
『食人植物の蔓や。捕まえた相手を壺型の葉に押し込んで、溶かして栄養にするんやで』
「……なんでそんな危ないの買わせたの……」
戦慄しかけた私に、ミントはさらりと説明を続けた。
『せやけど、人を食べるほどには成長せんのよ。せいぜい食虫植物レベルや。それにな、こいつの蔓、薬にもなるんやで。痛み止めの材料になるんよ』
「あ……そうなんだ」
薬の素材だと聞いて、ようやく納得がいった。
手首にいるミントとそんな会話を交わしている間にも、女子学生は蔓から逃げ回っていた。
『よう避けるなぁ……もう一本、追加や!』
ミントの声とともに、右手から伸びた蔓が途中で枝分かれし、三本目が生えてくる。彼女は三方向から蔦に追われ、逃げ場を失っていた。
蔓の一本が地を這い、もう一本は空中からしなるように振り下ろされる。女子学生は身をひるがえして避けたが、次の瞬間、三本目の蔓が背後から絡みついた。
「っち……!」
舌打ちが聞こえた瞬間、一本の蔓が女子学生の足に直撃。彼女は体勢を崩し、床に倒れた。そのまま三本の蔓が絡みつき、彼女をぐるぐる巻きに縛り上げる。
『いっちょあがり!』
「それまで!」
審判の声と同時に、蔓がすっと力を抜いて女子学生を解放した。解放された蔓は、任務を終えたかのようにしおれ、やがて粉々に崩れて風に舞った。
「ラミナ君は、Eへ!」
『あら、場所が変わるようですね』
『せやな~。リタのときはこのまま続けとったのに』
「はい、ありがとうございました!」
私は試験官と審判に、礼を込めて深く頭を下げた。
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『リタと違って、行儀ええなぁ』
『そうですね。リタさんは終始、相手を煽っていましたから』
『せやな~。ほな、Eのとこ行こか』
リングを降りて、"E"と書かれた試験エリアへ移動する。
そこではちょうど、先ほどの鷹獣人の男の子——ジョーイというらしい——が、試験の真っ最中だった。
既に一人の試験官を戦闘不能にしていたが、今は剣を持った試験官と接近戦を繰り広げている。
『弓使いが接近戦……もう詰みやな』
「飛べばいいんじゃないの?」
『プライドが許さへんのやろな』
「試験結果よりも、そっちの方が大事なのかな……」
『せやろなぁ』
私なら、安全な上空に逃げてから弓を使うと思うのに——。
結局、ジョーイはリングの端へと追い詰められ、そのまま外に落とされて試合終了となった。
「それまで!」
「ジョーイ君は、魔法試験へ向かってください!」
「はい」
ジョーイは土埃を払いつつ、素直に応じて去っていく。ズボンの裾を軽くはたくその姿には、悔しさよりも、どこか清々しさがあった。
彼の名前は、ジョーイ——覚えておこう。
「次の方!」
『ラミナ、順番きたで』
そして、次は私の番。
緊張と少しの期待を胸に、私はリングの上へと足を踏み出した——。
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