第197話 本当の夏休み到来
翌朝、湖面を見ると、ファントムフラワーが無くなっていた。
朝日が湖面を金色に染めているが、昨夜の幻想的な花々の姿は跡形もない。まるで夢でも見ていたかのような錯覚に陥る。
「あれなくなった……?」
困惑しながら呟く。
『月明かりでしか見えないだけなんです』
アクアが説明してくれる。
『せやで』
ミントも確認してくれる。
なんだか、どこかの主みたいな話だ。ネッシアンもそんな感じじゃなかったっけ?特定の条件でしか姿を現さない神秘的な存在。
「そっか」
見えない物は仕方ないし、気持ちを切り替えてお城に帰ろう。昨夜の美しい光景は心に刻まれている。
「よっし、お城に行こう!」
声を上げると、ルナが私が乗りやすいように優雅に膝を折って現れた。その動作は毎回見ても美しく、まるで宮廷の礼儀作法のようだ。
『やっとだな』
グレンが安堵したような声を出す。
『フッフフ、長かったですね』
アクアが感慨深そうに言う。
『もう半分以上終わっとるな。時間が経つのは早いもんや』
ミントが時の流れを嘆く。
「ほんとそうだよ!」
貴重な1ヶ月半の休みはもう残すところ約2週間しか残っていなかった。時間の経過の速さに改めて驚く。
ただ、この経験があったからこそ、ルナとセレス、エセリアの3人に出会えたと思えば、有りなのかもしれないけれど……。新しい仲間との出会いは何物にも代えがたい財産だ。
エセリアの方を見ると、相変わらず言葉は発しないが、ニコニコと嬉しそうに光っているだけで、ルナは"乗らないの?"とでも言いたげな表情で私を見ていた。
「行こうか」
背に乗ると、ルナはしっかりと立ち上がった。その安定感は相変わらず抜群だ。
そしてそのまま軽やかに走り出し、ミネットの町入り口に向かった。朝の爽やかな風が頬を撫でて気持ちいい。
「今回は堂々とで大丈夫だよね?」
『えぇ、問題ありませんよ』
アクアが確信を持って答えてくれる。
ローブを脱ぎ、ルナから降りた。久しぶりに正々堂々と町に入れるのは気持ちがいい。
検問の列に並びながら自分の番が来るのを待っていると、町の方からミアンとミッシェルが駆けてくるのが見えた。二人とも嬉しそうな表情を浮かべている。
「ラミナっ!」
ミアンはそう叫ぶと私に向かって勢いよく抱きついてきた。その温かさに心がほっとする。
「久しぶりですわね」
ミッシェルが上品な笑顔で挨拶してくれる。
「ほんとだよ……」
ステルツィア王国に出発する前に会ったきりだから10日は会ってない気がする。こうして再会できるのは本当に嬉しい。
「戦争止めれたんだね」
ミアンが嬉しそうに言う。
「いや……、あれは自然災害かな……?」
一応そういうことになっている。
「現地にいた兵達が、ステルツィア王国側の陣営で火に包まれた竜巻がって言ってましたわよ」
ミッシェルが情報を教えてくれる。
「うん、私も近くの丘から見てたから知ってる」
確かに見ていた。
「精霊さん達じゃないの?」
ミアンが鋭い指摘をする。
「自然災害らしいよ?」
「そう、まぁいいわ、そんなところで並んでないで私と行きますわよ」
ミッシェルの表情としゃべり方を見ると、絶対に自然災害じゃないと思ってる!私もそう思っているけども。
「ぇ?」
ミッシェルの後に付いていくと、検問をスルーして中に入れた。王族の権限は凄い。
そりゃ、姫様相手だとそうなるよね……。
「そういえばラミナさん、このまま謁見の間に通しますわ」
ミッシェルが突然言い出す。
「ぇ?」
「戦争を止めたんだから当然だよ!」
ミアンが興奮気味に言う。
「いや~それは別に良いんだけど、そういえば軍師スキルを持った人は?」
気になっていた謎の人物について尋ねる。
「3日位前に姿を消しましたわ」
ミッシェルが答える。
「ぇ?」
『ステルツィアで革命が成った直後ですね』
アクアが分析する。
それが原因なんだろうか?結局その人の素性を知らぬままになっちゃった。
「そうなんだ……」
「それよりも、クロードから手紙が届いたよ」
ミアンが話題を変える。
「ぇ?なんて?」
「多くの地域で飢饉状態が解消されたそうですわ」
ミッシェルが嬉しそうに報告してくれる。
「あぁ、そりゃ良かったね」
セレスの活動が実を結んでいるようで安心する。
「何をしたの?」
ミアンが興味深そうに尋ねる。
「私は何もしてないかな……」
私がやったのは、ロシナティスの商業ギルドと水の神殿の主セレスをつないだだけだから……。
「そうなの?」
「うん」
「まぁいいですわ、早く謁見の間にいきますわよ」
ミッシェルに急かされるように謁見の間に向かった。石造りの廊下を歩く足音が響いて、だんだん緊張してくる。
謁見の間の大きな扉の前に来ると、緊張しているのが分かる。重厚な扉から漏れる厳粛な雰囲気に圧倒される。
「やめない?私こういう空気苦手なんだけど……」
正直な気持ちを吐露した。
「大丈夫ですわ」
ミッシェルが励ましてくれる。
大丈夫じゃないから言っているのに……。
ミッシェルが両扉を押し開くと、荘厳な謁見の間が現れた。高い天井、立派な柱、そして右サイドには貴族と思われる方々が整列している。その中にはシーアとラミィーの姿も見える。
「何で……」
二人がここにいることに驚く。
「ラミナよそ見はダメだよ」
ミアンに注意された。
「はい……」
ミッシェルが私の前で優雅に跪いたので、私とミアンも慌てて続くように跪いた。石の床の冷たさが膝に伝わってくる。
「父上、例の英雄殿をお連れしました」
ぇ!?ミッシェルがとんでもないことを言った。英雄なんて大げさすぎる。
「うむ、面を上げよ」
国王の威厳ある声が響く。
「はい」
私もあげて良いのかな?チラリと横にいるミアンをみると顔を上げていたので、私も恐る恐る顔を上げた。
国王は威厳に満ちた表情で玉座に座っており、その存在感に圧倒される。
「勇敢なるラミナよ、汝の果敢な行動により、この国は平和を取り戻し、多くの命が救われた。汝が示した勇気と決断力は、我がミネユニロント王国の誇りであり、未来への希望である。戦争を止めた汝の偉業と、仲間を救出したその純粋な心は、我々全てにとって大いなる光となるだろう。ここに、国王の名において、汝に最上級の栄誉を授ける」
格調高い言葉に戸惑う。なんと答えれば良いのだろうか?そもそも未遂だからずっと平和だったんじゃ?なんて野暮なことが頭をよぎっていた。
『国王陛下、この度は高貴なるお言葉を賜り、心より感謝申し上げます。これからも、国王陛下のご期待に添えるよう、賢明に行動して参ります』
悩んでいるとアクアが言うべき言葉を教えてくれた。
「国王陛下、この度は高貴なるお言葉を賜り、心より感謝申し上げます。これからも、国王陛下のご期待に添えるよう、賢明に行動して参ります」
アクアの言葉をそのまま復唱する。
「ふっふっふ、そなたはこの国の家臣でも民でも無いのだ、そう固くならずとも良い」
国王が優しく笑ってくれる。
あれ?
「そうですな」
国王の横に居るおじいさんが続いて言っていた。宮廷の重要人物らしい品格がある。
「時にラミナよ、そなたには何か褒美をと思うのだが、何か欲しいものはあるか?」
「いや、特に……」
強いて言うなら時間を巻き戻して夏休みを堪能したいと言ったところだけど、言っても仕方ないことなので言わないでいた。
「そうか、ミッシェルの言うとおりだな」
「ぇ?」
「エルドリック、彼女に例の物を」
「はい、かしこまりました」
国王の横に居たおじいさんが私のもとまで来て丁寧にしゃがんだ。
「ラミナさん、こちらを」
そう言って手渡された物は美しい紙に書かれた公式文書のようだった。
「ありがとうございます」
何だろうこれ?
「今渡した物は、Sランクへの推薦状だ、冒険者活動するなら、何れ必要となるだろう」
国王が説明してくれる。
「ぇ……?」
ただですら好きでAランクになったわけでもないのにSランクになりたいなんて全然思ってないのに……。
「ありがとうございます……」
困惑しながらも礼儀として感謝の言葉を述べる。
「ふっふふ、それでは本日の謁見はこれにて終了です。ラミナさん、ミアンさん退出していただいて結構ですよ」
エルドリックというおじいさんに笑われていたけど、嬉しくないというのが伝わったかな?
立ち上がり、ミアンに習って、国王と貴族側にそれぞれ一礼をしてから退出した。
「はぁ、疲れた……」
緊張から解放されてため息をつく。
「ラミナはもうAランクなんだから、謁見の作法は覚えた方が良いですよ」
ミッシェルがアドバイスしてくれる。
「好きでAになったわけじゃないのに……」
本音が漏れる。
「でもSランクに上がったら色々権限が増えるんですよ」
ミアンが説明してくれる。
「要らない……、冒険者として名を馳せたいわけじゃないし……」
素直な気持ちを述べる。
「ラミナらしいですね、私達は先に部屋に戻りましょう」
ミアンが微笑む。
「うん」
その後、ミアンと一緒に客室に戻った。廊下を歩きながら、先ほどの謁見の重々しい雰囲気から解放されてほっとする。
「あれ?ツキさんは?」
部屋にツキの姿が見えない。
「昼食の買い物に出かけていますよ」
ミアンが説明してくれる。
「そっか~、ところで夏休みの課題って終わってる?」
全然手が付いていない場所だ……。最終手段としてアクアがどうにかしてくれると思っているからそこまで心配はしていないけれども……。
「私とミッシェルは実技と魔法実技、算学なら終わってますね、歴史、生物学、文学はこれからです」
ミアンが進捗を教えてくれる。
「実技魔法実技も課題あるんだ……」
パスだから一度も授業に出てないし、課題なんてものがあるのを初めて知った。
「何方も、自分より強いと思われる人に指導して貰うこと、そして評価して貰うことなんですよ」
ミアンが詳しく説明してくれる。
「へぇ~、じゃあこの国の騎士とかに教わったの?」
「そうですよ」
ある意味贅沢な指導者な気がする。
「へぇ~」
「ラミナの場合は、魔法も実技も指導者側だよね」
ミアンが鋭い指摘をする。
「や~私は実技はそこまででもないから……」
謙遜しながら答える。
『どうだろうな、ハンゾー相手にやってるからそう思うだけだと思うがな』
グレンが反論する。
『そうですね、私も見ていて最初の頃から大分上達していると思いますよ』
アクアも同意してくれる。
もし上達しているなら、ハンゾーの教え方が良いだけだと思う。
『だよな、一度ここの騎士相手にやってみろよ』
グレンが提案する。
「ぇ~……」
『実際、ええ勝負になると思うで』
ミントが関西弁で評価してくれる。
『だよね~ハンゾーの動きが見えてきてるよね~』
まん丸が同調する。
『あぁ、縮地はまだ無理だが、ハンゾーの掴みを払えるまでになってるからな』
グレンが具体的に説明してくれる。
過大評価しすぎな気がするけれど……。言われてみれば、最初に比べてハンゾーの動きは見えてきている気はしている。まぁ、それでもプロを相手には辛い気がする。
「精霊さんはなんて?」
ミアンが興味深そうに尋ねる。
「ん、私も騎士団の人とやりあったら良い勝負するかもみたいなこと言われた」
「ハンゾー先輩から教わっているもんね」
「うん、けれど、その道のプロ相手はあまり自信ないかな……」
魔法に関しては、多少は自信あるけど実技はね……。
「はぁ……、算学の課題やろ……」
現実に戻って課題に取り組む。
「わかんないところあったら言ってください」
ミアンが親切に申し出てくれる。
「うん」
カバンから数学のプリントを出し、1問ずつ丁寧に解いていく。久しぶりの勉強は頭の体操になる。
課題を進めていると、ミッシェルとラミィー、シーア達がやってきた。賑やかな声が廊下から聞こえてくる。
「課題をやってるんですの?」
扉があけられると、ミッシェルが興味深そうに尋ねる。
「うん……、夏休みの課題全然やってないから……」
正直に白状する。
「なら、私らもまだなんだ、一緒にやろ」
そう言ったのはラミィーだった。
「シーアも?」
「あぁ、どうも座学は苦手でね……」
シーアが苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、いっしょにやろ」
その後は、5人で一緒に夏休みの課題をしたり、馬に乗って遠出をしたりと夏休みを満喫することになった。ようやく本当の意味での平和な夏休みが始まった。友達と過ごす時間の貴重さを改めて実感する。
読んでくれてありがとうございます!
「面白い!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけたら、
作品ページ上部の【☆評価】【ブックマーク】、そして【リアクション】ボタンをポチッと押していただけるととても励みになります!
みなさんの応援が、次回更新の原動力になります。
引き続きよろしくお願いします!