第194話 革命の終結へ
レジスタンスと第1騎士団が衝突している城前広場を目指しながら歩いていた。
石畳の道を進むと、遠くから金属がぶつかり合う音や、怒号が聞こえてくる。戦闘が激しく行われているのが分かる。雨音に混じって響く剣戟の音が、革命の現実を物語っていた。
「そういえば、ヒーリングレインした方が良いかな?」
『それは先ほどクリーンと一緒にしてあるので大丈夫ですよ』
アクアが先手を打ってくれていた。さすがの手回しの良さだ。
「じゃあ、急いで救出しようか」
『だな、その前にフードもかぶっとけ』
グレンが注意してくれる。
「わかった」
フードを目深にかぶった。雨が直接顔に当たらなくなり、視界も少し改善される。
「案内してくれる?」
『こっちだ』
グレンの後に付いていくと、広場とは違う方向に向かうようだ。細い路地を抜け、階段を下りていく。
「広場は良いの?」
『イザベラは地下牢に捕らわれているからな』
グレンが説明してくれる。
「なるほど……」
正面からではなく、地下牢に最短で行くルートがあるってことね。
グレンの後に続くと、石段を降りたりしながら進んでいく。古い石造りの通路は湿気がこもり、カビ臭い匂いがする。ようやくグレンが立ち止まったが、横にあるのは苔むした石垣の壁なんだけど……?
『まん丸、石垣が崩れないようにな』
グレンがまん丸に指示を出す。
『は~い』
まん丸が元気よく答える。
感覚的に、城の裏側になると思う場所だった。
「この道ってどこに続いているの?」
『軍港ですよ』
アクアが答えてくれる。
なるほど、階段をやけに下ると思ったら、港に降りるためだったのか。潮の香りが微かに漂ってくる。
「そっか」
私とアクアがそんな話をしている横で、まん丸が石垣が崩れないように補強しながら、大きな穴を慎重に開けていた。石の削られる音が静かに響く。
『ラミナ、ここからは暗いから俺の目を使え』
グレンが提案してくれる。
「了解」
グレンの視覚を共有し中に入った。真っ暗な空間でも、グレンの目を通すとはっきりと見えるようになる。
穴を抜けた先には、一つの牢の中だった。石造りの壁と鉄格子に囲まれた、陰鬱な空間だ。
『鉄格子を外しちゃうね~』
まん丸が軽やかに言う。
そう言うと、目の前にあった頑丈な格子が瞬時にインゴット化された。金属が溶けて固まり直す様子は、まるで魔法のようだ。
『こっちだ……』
グレンが案内してくれる。
牢の中を見ると、沢山の人が捕らわれていた。みな騎士の制服を着ており、疲労と絶望の表情を浮かべている。
入ってきた場所がなんで空だったんだろうか?
「姉ちゃんどこから入ってきた?」
牢の中から、驚いたような声で話しかける人がいた。髭を生やした中年の騎士だ。
『そいつらは皆第6騎士団の奴らだ、後で解放する』
グレンが説明してくれる。
「えっと、後で解放しに来ます……」
「あん?」
騎士が困惑したような表情を見せる。
そして、グレンが案内してくれた先にあったのは、重厚な鉄製の扉だった。扉には複数の錠前がかけられ、重要な囚人を閉じ込めるためのものだということが一目で分かる。
「ぇ」
『独房ですよ、重要人物なんかは大体独房に捕らわれるんです』
アクアが説明してくれる。
「そうなんだ」
『リタも何度か世話になったな』
グレンが懐かしそうに言う。
『ッフッフ、そうでしたね』
アクアが楽しそうに笑う。
『さっさと抜け出したんやけどな』
ミントが補足する。
「なんで、捕まったの?」
『リタの力を独占しようとした貴族に捕まったんだよ~』
フゥが軽い調子で説明する。
あぁなるほど……。無駄な気もするけど、そこまで頭が回らなかったのかな?
『確かあの時は眠剤入りのご飯をわざと食べて寝たんでしたよね』
アクアが思い出している。
『だな、なんでも旨そうだったからって理由だったな』
グレンが呆れたような声を出す。
毒入りだと分った上で美味しそうだったから食べたのか……。私には無理な判断だ。
『実際、凄く美味しかったよね~』
フゥが楽しそうに言う。
『せやな、まん丸も同じもん作れるやろ』
ミントが確認する。
『もちろん~』
まん丸が自信満々に答える。
毒入りと分っても食べたご飯、私も食べてみたいかも。
「じゃあ今度お願い」
『いいよ~、扉開けちゃうね~』
まん丸が軽やかに答える。
鉄製扉の前でなんとも緊張感のない会話をしながら、まん丸が扉の錠前を全て解除していく。重い扉がギィッと音を立てて開かれる。
中に入ると、手枷と鎖でつながれ、上からつるされているボロボロの肌着を着た女性がいた。体は傷だらけで、長期間の監禁による衰弱が見て取れる。しかし、その瞳には諦めない強い意志の光が宿っている。
「だれ……」
弱々しい感じでこちらに顔を向ける。声はかすれているが、騎士としての気品は失われていない。
「アクア、まん丸」
フードを外して、アクアとまん丸に依頼した。
『分りました』
アクアが即座に反応する。
『は~い』
まん丸も同時に動き始める。
アクアは女性の回復魔法を施し、まん丸は女性をつないでいる手枷を瞬時にインゴット化して女性を解放した。鎖が外れる音が静かに響く。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、ありがとう、あなたがリリアンが言っていた子ね」
女性の声に力が戻ってきている。
「多分そうです。ラミナと言います」
女性は傷が回復したとは言え、凄く疲労しているように見えた。長期間の監禁の影響は、魔法だけでは完全には取り除けないようだ。
「あのこれを飲んでください」
カバンからスタミナポーションを取り出し女性に渡した。小瓶が手のひらで温かく感じられる。
「ポーション?」
「はい」
「ありがとう、喉が渇いているし、お言葉に甘えさせて貰うわ」
そういうと、女性は一気にスタミナポーションを飲み干した。その瞬間、頬に血色が戻り、背筋がまっすぐになる。
「これは、スタミナポーションね……」
「はい、疲れは取れました?」
「えぇ、おかげさまで、そういえば自己紹介がまだだったわね、私はイザベラ・サンビーム、第6騎士団の団長をしています」
その声には、団長としての威厳が戻っていた。
「はい」
『ラミナ、その格好で外に出るのはあれなので、カバンに入っているローブを彼女に』
アクアが気を利かせてくれる。
「あ、うん」
「???」
イザベラの頭に"?"が浮いているのがよく分る表情を見せていた。急に一人で会話しているように見えるのだから当然だろう。
「これを」
カバンからシンプルなローブを出し彼女に手渡した。
「ありがとう」
イザベラは受け取ったローブを身に纏った。ボロボロの衣服が隠れ、騎士らしい品格が戻る。
靴とかサンダルはあったかな……?
カバンの中に手を入れて意識してみるが、彼女の足に合う履き物は無かった。
「ラミナさん、今の状況を教えて貰えますか?あなたがここに居るって事はレジスタンスが動き出していると思っているのだけど」
イザベラが状況把握を求める。
『広場は制圧済みです。トリスタンとエドワードが1階ロビーで戦っていますが、もうじきそれも終わります』
アクアが現在の戦況を報告する。
「1階ロビーで、トリスタンとエドワードが戦って居るみたいです」
「そう、レジスタンスのメンバーは既に城内に足を踏み入れてるのね」
イザベラの表情に安堵の色が浮かぶ。
これはもう、この戦いの終盤ってことだろうか?
「はい」
「教えてくれてありがとう、私も向かいます」
イザベラが立ち上がり、戦いに戻る意志を示す。
「分りました」
『外にいる人達も開放したよ~』
まん丸が作業完了を報告する。
まん丸にしては仕事が早い気がする。
「外にいる騎士団の方も開放してあります」
「ありがとう、私は先に行くわ」
イザベラが決然とした表情で言う。
「はい」
イザベラは裸足のまま、騎士としての誇りを取り戻して走って外に出て行った。その後ろ姿には、不屈の精神が表れている。
「ねぇ、アクア今なら王様をやれる?」
『えぇ、もちろんです』
アクアが確信を持って答える。
「なら、逃げられないようにして貰って良い?逃げた場合は……」
『えぇ、構いませんよ』
アクアが了承する。
多分これでこの革命自体は成立するはず。私の役目は、おしまいだろう。
「もう、私手助けしなくても大丈夫だよね」
『だろうな』
グレンが同意する。
「んじゃ、最後にこの国の倉庫に案内してくれない?」
『何するの?』
フゥが興味深そうに尋ねる。
「小麦粉を置いていこうかと」
『ガレスと約束しとったもんな』
ミントが思い出してくれる。
「うん」
『なら、この地下牢を倉庫にしちゃおうか~』
まん丸が提案する。
「ぇ?」
反応した瞬間、凄い広さの空間が出来た。天井が高く上がり、壁が遠くまで広がって、巨大な倉庫のような空間に変貌している。
「広っ!」
その規模に驚く。
『元々あの部屋の下に港に繋がる倉庫があったんだよ~』
まん丸が説明してくれる。
「そことつなげただけ?」
『そういうこと~』
でも、辺りを見渡しても、元々倉庫があった場所に保管してあったと思われる物が皆無なわけですが。
「えっと、元々の倉庫にあった物資は……?」
『何も無かったよ~』
まん丸が答える。
「そっか……」
やはり民衆から搾取した物資は、別の場所に隠されているか、既に消費されてしまったのかもしれない。
とりあえず、ここに収まるだけの小麦粉を並べた。麦の詰まった藁袋が整然と並ぶ光景は壮観だ。
「こんなもんかな?」
『せやな』
ミントが確認する。
「でもこれだけじゃ足りないよね」
『国民の半分にも行き渡らないでしょうね』
アクアが現実的な分析をする。
「ん~」
考えた。他に保管できる場所を。
「ねぇ、バトラス要塞を巨大な倉庫に建て直さない?」
『いいよ~』
まん丸が快諾する。
『そこに全部突っ込むんだな?』
グレンが確認する。
「うん」
『いいんじゃないでしょうか』
アクアも同意する。
そうと決まったら、ガレス宛の置き手紙を残そう。
ここにある小麦粉は約束した物だということ、残りはバトラス要塞にある旨を書いた手紙を、目立つ場所に残した。
「よっし、バトラス要塞に向かって、さっさと終わらせてミアン達が待ってるミネットに帰ろう」
その後は、王都コレンスクを後にし、夜空を駆けながらバトラス要塞に向かった。ルナの蹄音が夜の静寂を破り、星空の下を疾走していく。
要塞に到着すると、まん丸の驚異的な力により、その日のうちに復旧というより完全な改築を済ませた。元の軍事要塞は、巨大な食料倉庫に生まれ変わっている。全ての部屋に大量の小麦粉を置いてから、ようやく任務完了となった。
長い革命支援を終え、私たちはミアンとミッシェルの待つミネユニロント王国王都ミネットに向かった。久しぶりに戦いではない、平和な時間を過ごせることへの期待で胸が弾む。
読んでくれてありがとうございます!
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