第191話 王都潜入作戦
兵糧積みが終わった後は暇を持て余していたので、ミントとまん丸が作った銛を持って海水浴を楽しんでいた。
銛は鋭く研がれた金属製で、海の中でも扱いやすいよう絶妙なバランスに調整されている。まん丸の職人技術は本当に素晴らしい。青い海に飛び込むと、魚たちが銀色に光りながら泳いでいるのが見える。
「そろそろ準備しろよ」
桟橋の上にいるガレスから、力強い声がかかった。その声には出航への期待と緊張が込められている。
「はい」
暑い夏に冷たい水の中に飛び込むのは気持ちいい~!塩水が肌を包み込んで、全身が爽快感に包まれる。ロシナティスでキラーウェールと遊んだ時以来だったけれど、凄く久々の感触だった。あの時の巨大な海の生き物たちとの交流が懐かしい。
アクアとフゥが側にいると水中での呼吸の心配をしなくて良いことを知った。まるで魚になったかのように、自由に海の中を動き回ることができる。
桟橋から垂れている木製のハシゴを使って海から上がった。海水が滴り落ちて、桟橋の板に小さな水たまりを作る。
「アクアお願い」
『えぇ』
身につけている服が瞬時に全て乾き、身支度が整った。魔法の便利さには毎回感心させられる。
「銛使う間無かったね」
『仕方ありませんよ、この辺りは小魚が多いエリアですから』
アクアが説明してくれる。
「そっか」
確かに大きな魚は見かけなかった。とりあえず、ガレスの後を追った。
ガレスに追いつくと、既に多くの騎士、兵士達が整列をしていた。皆、制服を着込み、武器を携えて出航の準備を整えている。その表情には決意と緊張が入り混じっている。
ガレスがこちらを見ると、直ぐに目の前の騎士達の方に視線を戻した。
「そろったな、時は来た!これより王都に向かう!」
ガレスの声が港全体に響き渡る。
「「「「「おーーーー!」」」」」
兵士たちの雄叫びが海風に乗って響く。その迫力に思わず鳥肌が立つ。
「全員乗船!」
「「「「「「おーーーー!」」」」」
テンション高いなぁ、なんて思いながらガレスの後に続き一番大きな帆船に乗った。船は立派な三本マストの戦艦で、甲板は広く、大砲も装備されている。
「全員乗船したな!出港!」
ガレスの命令と共に、兵士達が船上を忙しそうに動き回り始めた。帆を上げる者、錨を上げる者、舵を取る者—皆が熟練した動きで各自の役割を果たしている。
邪魔にならないようにと思い、隅っこで海を眺めていた。船がゆっくりと港を離れ、沖合へと向かっていく。ルシャノフの町並みが徐々に小さくなっていく光景は、何とも言えない感慨深さがある。
しばらくすると、ルシャノフの町が水平線の向こうに消えた。周囲は青い海と空だけの世界になり、まさに大海原という感じだ。
「船酔いは大丈夫か?」
ガレスが心配そうに尋ねてくる。
「大丈夫です」
多分船酔い状態になっても、アクアがなんとかしてくれると思われる。
「そうか、おまえさんにと言うより、精霊達に頼みがあるんだがいいか?」
ガレスの表情が真剣になる。
『なんでしょうか?』
アクアが応じる。
「良いみたいですよ」
「王都に自然な嵐を呼べるか?」
『理由は?』
アクアが確認する。
「理由は?って、聞いています」
「こちらの動きを悟られぬ為だ、俺が嵐を召喚すると不自然な嵐になるからな」
いきなり嵐が現れるって感じになるんだろうなぁなんて思った。確かに突然現れる嵐は怪しまれそうだ。
『分りました。フゥもいいですか?』
アクアがフゥに確認する。
『もちろん!』
フゥが元気よく答える。
「大丈夫みたいです」
「助かる。希望は今夜から明日1日中強い雨で頼む」
『わかりました』
アクアが了承する。
「分りましたって言ってます」
「頼んだ」
ガレスはそう言うと、私の側から離れていった。その足取りには安堵の色が見えた。
『王都南にある雨雲を使う~?』
フゥが楽しそうに尋ねる。
『えぇ、それでお願いします』
アクアが答える。
『任せてっ!』
フゥがそう言うと、不安しかない……。とんでもないクラスの嵐になりそう。フゥの性格を考えると、加減を知らない可能性が高い。
しばらく船が進むと、夜も更け月明かりのみで航海していた。満天の星空が海面に反射して、まるで宝石をちりばめたような美しい光景だ。
甲板でぼーっとしているが、海風がとても気持ちいい。潮の香りと共に運ばれてくる風が、頬を優しく撫でていく。
「真っ暗だけど大丈夫なのかな?」
『慣れてる奴らなら、星の位置で航路をとるからな』
グレンが説明してくれる。
『そうですね、それに時々左側に町の明かりが見えますからね、あれを見てどこどこの沖合にいるって把握してるってことでしょうか』
アクアが補足する。確かに遠くに小さな光の点々が見える。
『ボクらがいたら、そんなの関係なく場所把握出来るからね』
フゥが得意げに言う。
「はぁ~」
精霊達の話を聞いていて感心した。確かに精霊達がいれば星の位置とか関係なく現在地の把握は出来そうだ。自然そのものの存在だから、当然といえば当然なのかもしれない。
さらにしばらく進むと、月が雲に隠れ始め、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。最初は小さな雨粒だったが、徐々に本格的な雨に変わっていく。
『王都が近くなりましたね』
アクアが確認する。
「もうすぐなんだ」
『えぇ』
次第に雨風が強くなってきた。船も少し揺れ始めて、いよいよ嵐らしくなってきている。
左前方に1つの明かりが見えたと思った瞬間。
"ド~~~ン"という大きな音が辺りに響いた。雷とは明らかに違う、重厚で響く音だ。
明らかに雷じゃない音だった。
「なに!?」
驚いて声を上げる。
『ドラですよ、あれで周囲の味方に合図を送っているようです』
アクアが冷静に説明してくれる。
「あっ、そうなの!?」
もしかして左前方の明かりと何か関係あるのだろうか?
そんなこと思っていると、乗っている船が明かりに向かっていることに気づいた。船の進路が明らかにその光の方向に向いている。
「もしかして、あそこに降りるのかな?」
『アリアナが待ってるからな』
グレンが答える。
「そっか……」
この雨風の中待っているって、さすがに遠慮したい。暗殺者は大変な職業だ。
近づくと分ったことがある。ここは王都ではない。
「王都じゃない?」
『王都郊外の桟橋ですね』
アクアが説明してくれる。
やっぱり……。ここで降りてどうするのだろうか?
船が木造の桟橋に横付けにされ、太いタラップが下ろされた。雨に濡れた木の桟橋が滑りやすそうで少し不安になる。
「ラミナ、行くぞ」
ガレスが先頭に立つ。
「はい」
ガレスと共に桟橋に降りると、雨の中からアリアナの姿が現れた。フードを被っているが、その特徴的なシルエットですぐに分かる。
「おそかったな」
アリアナが少し不機嫌そうに言う。
「そうか?俺の中では予定通りなんだが」
ガレスが首をかしげる。
「まぁいい、良くない事が起きた」
アリアナの表情が険しくなる。
「良くないこと?」
「あぁ、まずは、イザベラが先日捕らえられたそうだ」
第6騎士団の団長だったっけ?
「なぜだ?」
ガレスの声に緊張が走る。
「レジスタンスの者との接触の疑いでだ」
「イザベラがヘマをすると思えんが……」
ガレスが困惑する。
「あぁ、部下を庇っての事らしい、そして次だ」
アリアナの報告が続く。
「まだあるのか?」
「あぁ、オズワルド、フィン、セレナらが城壁の外に展開して待ち受けてる」
アリアナの声に緊迫感が増す。
「んだと……、エドワードが城内で、他は外でって事かよ」
ガレスが舌打ちする。
「そういうことだ、この嵐だから来ると踏んでだろうな」
「くっそ、少しでも発見を遅らせるために依頼したが、裏目に出たか……」
ガレスが悔しそうに呟く。
ん~、レジスタンスのサポート役ならここは私が引き受けるべきなのかな?
「あの、その3人を私が引き受けるというのはどうですか?」
提案してみる。
「引き受けるって言ってもな、相手は5,7,8騎士団全員だぞ……」
ガレスが心配そうに言う。
「私としてはそうして貰えると助かる。外で騒ぎが起きれば町中にいるレオナルド達が動きやすくなるからな」
アリアナが戦略的な観点から答える。
「だって、手伝ってくれる?」
精霊たちに確認する。
『構わんぞ』
グレンが力強く答える。
『もちろん!』
フゥが元気よく応じる。
『私も出ましょう』
アクアも参戦の意思を示す。
グレン、フゥ、アクアが手伝ってくれるらしい、ミントとまん丸はどうするのかな?
「ミントとまん丸は?」
『ぼくらはぼくらで手を打つよ~』
まん丸が意味深に答える。
『せやな』
ミントも同調する。
なにか考えがあるのだろうか?
「精霊さん達はやる気のようです」
「そうか助かる。それならば正面に3人が引きつけられている隙に、西門からガレスの隊を入れるよう手はずを整えよう」
アリアナが作戦を説明する。
「わかった」
ガレスが頷く。
「では、後ほど」
そういうと、アリアナが雨の中に溶け込むように消えた。
「すまねぇな、俺一人であの3人相手はちときつい」
ガレスが申し訳なさそうに言う。
ちとどころで済むのだろうか?ガレスの専門は海軍だから海戦だろう、陸戦ともなるとまた違ってくるだろう。
「どれくらいいるんですかね……?」
『だいたい450人ですね』
アクアが正確な数字を教えてくれる。
そこまで多くはなかった。相手が精霊使いのみだからだろうか?
「騎士団員のみなら500居ないくらいだろ」
ガレスの予想も、アクアと大差なかった。
「それくらいなら直ぐに終わるかと」
「頼もしい限りだな、あそこの道を突き当たりまで行くと大通りに出る。そこを右に行けば王都コレンスク正門に続く」
ガレスが道順を説明してくれる。雨に濡れた石畳の道が薄暗い中に続いている。
「わかりました。もう行っちゃっても良いんです?」
「あぁ構わない、戦いが始まったら上空に火の玉でもなんでもいい、1発撃ってくれ」
ガレスが合図について説明する。
グレンに依頼すればいいかな?
「分りました」
「あぁ」
「了解、それでは、ルナ」
『ブ、ブブ……』
ルナが光の粒子となって姿を現したので背に乗る。雨に濡れてもその美しい毛並みは輝きを失わない。
「じゃあ、また後で」
「頼んだ」
雨の中、ガレスを背にして王都コレンスク正門を目指した。ルナの蹄音が雨音に混じって響き、石畳の道を駆け抜けていく。嵐の中での戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
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