第19話 幕間 リタと風の大精霊2
植物の大精霊ミドリ(ミント)視点
聖女リタ最期の日/ルヴァ村の自宅
『今まで皆、ありがとうねぇ』
『そんなん言わんといて……』
うちらは皆、リタの命がもう長くないって気づいてた。せやけど、それでも——やっぱり、受け入れたくなかった。
『ふふ、皆にはたくさん世話になった。皆が居てくれたから私はやりたいことが出来て、とても幸せだったよ』
『おれも、あんたと一緒に旅が出来て楽しかったぞ!』
『ぼくも~』
『私もです』
『うちもや……』
精霊は魔素のかたまりで涙もないはずやけど、あのときばっかりは、涙がこぼれてるような気がしてしゃあなかった。
『ふふ、ありがとう。シュウはこの後どうするの?』
『俺は、友を残してるからキラベル火山に戻る』
『そっか、懐かしいね~。ファラドラちゃんによろしくね』
『あぁ……』
『ジャガイモはどうするの?』
『ボクは、スペルン遺跡に帰る~』
『そっか……二人にお願いがあるの』
『何だ?』『な~に?』
『もし、私の子が困ってあなた達を尋ねたら、力になってあげてほしいの』
『それぐらいは当然だ』
『ボクも~』
『ありがとう。ミドリとアオイ』
『なんや……?』
『なんですか……?』
『あなたたち2人はこの地にとどまってもらえないかな……?』
『ええけど、なんでや?』
『私の子どもが困ったときに、一番そばに居てほしいから』
『そんぐらい、ええよ……なんなら、畑仕事せんでええようにしといたるわ』
『私もです』
『ありがとう。それから、ミドリ』
『なんや? まだあるんか?』
『ええ、私の薬草園をお願いね』
『あたりまえや……。あんたと一緒に過ごした場所やで。ずっとずっと大事にするって決めとるわ』
『ふふふ、ミドリには最初から最後まで甘えっぱなしだったね』
『そんなん言わんといて……』
うちら4人に最後の願いを託し終えたあと——
「フゥは元気かな……」
ぽつりと呟いた、その一言を最後に、リタは静かに——ほんまに静かに、息を引き取ったんや。
しばらくのあいだ、誰も動けへんかった。言葉も出んかった。
『うっし、俺は帰る』
『ボクも~』
『そっか……』
『じゃあな。リタの子になんかあったら、必ず俺のとこに連れて来てくれよ』
『ボクのとこにも~』
『あたりまえや、困ってへんでも連れてったるわ』
そう言うて、うちが笑って返したら、シュウとジャガイモも少し笑うて、それから姿を消した。
『ミドリは、どうするんです?』
『うちは、ずっとここにおる』
『そうですか。私は村の中にある水のきれいな場所で待っていますね』
『わかった』
『それじゃあ、またね、ミドリ』
『またな』
アオイも静かに姿を消していった。
そんで、うちは叫んだ。
『フゥ! 聞いとったやろ!?』
その瞬間、窓の外から、かすかに嗚咽まじりの風の音が聞こえてきた。
『リタはずっと、あんたのこと気にしてたんやで……なんで……なんで2人とも、歩み寄ろうとせんかったんや……』
うちの心残りは、ただひとつ。それだけやった。
想い合ってるの、ずっと知ってたんや……それなのに、あの子らは、最後まで——
そのときや。村を一陣の強い風が通り抜けていってな……
ふと気づいたら、フゥの気配は、もうどこにもあらへんかった——。
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ラミナ視点
ミントの話を聞いているうちに、気がつけば涙が溢れていて、前が見えなくなっていた。
「そっか……その日から、毎年命日には、先祖の墓に……」
『せや、フゥの通り道におる風の子ども達、総出なんや』
『その日ばかりは、この辺り一帯が、風の精霊一色になりますもんね』
『せやな』
そんな会話を交わした後、私は夜まで薬作りを続けていた。
外がすっかり暗くなった頃、窓がガタガタと揺れる音が聞こえてきた。
『ラミナ、空を見てみ』
ミントにそう言われ、私は近くの窓から空を見上げた。
そこには、無数の淡い緑色の光の粒が、同じ方向に向かってゆっくりと、けれど確かな意志を持って飛んでいく姿があった。
『風の子ども達が、フゥのいるハィウェン風穴洞に向かってるんですよ』
急いで屋上へ駆け上がると、風はそれほど強くはなかったが、肌をなでるように流れていた。
そして——目の前に広がっていたのは、息を呑むほど幻想的な光景だった。
夜空を舞う無数の光の粒たち。それだけでなく、地表すれすれの場所でも風の子ども達が海の方向へ向かって、静かに、確かに飛んでいるのが見えた。
「……幻想的だね」
『せやろ。精霊使いにしか見えへん光景なんやで』
「風の大精霊さん、私とも契約してくれるかな……?」
『喜ぶやろな~』
『そうですね。大喜びだと思いますよ』
「でも……薬作りの邪魔されるのはちょっと……」
『そら、なんとも言われへんな』
『ふふっ。確かに、邪魔される未来が想像できますもんね』
ミントとアクアは、どこか楽しそうに笑っていた。
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そして翌日——
本当に、風は異様なほど強かった。
外に出ると私の周囲には風の精霊たちがびっしりと密集していて、数センチ先さえ見えなくなるほど。外に出るどころではなかった。
だから私は、昨日買っておいた薬草を使い、自宅で『ハイヒールポーション』や『ハイマジックポーション』といった高位ポーションを、初めて調合しながら一日を過ごした。
風に包まれるこの日が、先祖たちにとってどんな意味を持っていたのか——
少しだけ、感じ取れたような気がした。
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