第188話 ガレス・ストームブリンガー
砂浜で野営の準備をするフリと言っても、どうすればいいだろうか?
「まん丸、砂の家建ててくれる?」
私が頼むと、まん丸の温かい声が返ってくる。
『ほ~い』
まん丸は返事をすると、直ぐに取りかかってくれた。砂がもこもこと動き始め、見る見るうちに小さくて可愛らしい家の形に変わっていく。窓も扉もちゃんとあって、まるで砂の彫刻のような精巧さだ。
「その中で、ぼ~っとガレスって人を待ってれば良いかな?」
『良いと思いますよ、なんならこの沖合で取れる魚を捕りましょうか?』
アクアが実用的な提案をしてくれる。
「そうだね、せっかくだしお昼にしようか、まん丸調理する?」
『もちろん~!グレンもお願い~』
まん丸のテンションが上がった声が響く。
『お~よ、任せろ』
グレンも協力的だ。
最近、家事は精霊任せになってきたなぁ。洗濯はアクアの魔法アクアクリーンで対応、料理はまん丸が積極的にやってくれる。私も少し罪悪感を感じるが、精霊たちが楽しそうにやってくれているのも事実だ。
しばらく海風に吹かれながら砂の家でくつろいでいると、アクアが沖合で割と大きな魚を確保したらしく、海辺に氷漬けになった立派な魚が打ち上げられた。その魚は太陽の光を浴びてきらきらと光っている。
『ブルーフィン・マーリンだね~』
まん丸が嬉しそうに声を上げる。
『えぇ、沖合で採れるので』
アクアが誇らしげに答える。
『お昼はごちそうだ~、魔素もらうよ~』
まん丸の興奮が手に取るように分かる。
「どうぞ~」
これは美味しそうだ!期待が高まる。
まん丸が砂浜の砂を利用してサンドゴーレムの姿になり、砂浜に含まれる砂鉄を巧みに操ってナイフを調達する。その手際の良さには毎回感心させられる。野外で魚を丁寧に裁いていく様子は、まるで熟練の料理人のようだ。調理はアクアとグレンの協力を得てどんどん進めていく。
まん丸が調理中、私はまん丸の作ってくれた砂の家でのんびりくつろいでいた。ここもアクアとフゥが室内温度を快適な状態にしてくれているので、精霊達が調理する光景を眺めながら心地よく過ごしていた。海の潮騒と、精霊たちの楽しそうな声が心を和ませてくれる。
「おいおいおい、サンドゴーレムが魚裁いてやがる」
突然、驚いたような人の声が聞こえた。砂の家から慌てて出てみると、メイとその父親と思わしき大柄な男性が立っていた。
「こんにちは」
私が挨拶すると、メイが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「あっ、お姉ちゃん!」
「おまえがメイの言ってた精霊使いか」
男性の声は太く、威厳がある。体格も良く、まさに軍人という雰囲気だ。
「どうも」
私が軽く頭を下げると、男性が豪快に笑った。
「わりぃ名乗ってなかったな、ガレス・ストームブリンガーってんだ、メイを助けてくれてありがとな」
ザ・軍人といった感じに図体もでかければ、動作もでかい!おもいっきり肩をバンバン叩かれて、私は思わずよろめく。
「痛い……、私はラミナです」
私が苦笑いしながら答える。
「わりぃ、わりぃこんな所もなんだし町の中に、って言いたいが、これから食事か」
ガレスが砂の家と調理中のサンドゴーレムを見回しながら言う。
「そうですね」
私が答えた途端、直ぐ近くから小さな腹の虫の鳴く声が聞こえた。
「お腹空いた……」
メイが恥ずかしそうに呟く。
「お昼はまだだったからな」
ガレスが苦笑いしながら娘の頭を撫でる。
アクアが確保したブルーフィン・マーリンはかなり大きい魚だし、ガレス親子と一緒にご飯を食べても良いかな?
「まん丸、メイちゃんとガレスさんの分もお願いして良い?」
『いいよ~』
まん丸のサンドゴーレムが2度頷きながら答えた。その動きがとても愛らしい。
「まん丸ってのは、魚を裁いている精霊の名か?」
ガレスが興味深そうに尋ねる。
「です」
「はぁ~、精霊に料理させてんのかよ」
ガレスの声に少し呆れたような響きがある。なんだか、私が料理しないように聞こえるが、それは違う。まん丸が美味しいものを食べるために自ら進んで料理してくれるだけだ。
「まん丸は美味しいものを食べるために料理してくれるんですよ」
私が説明すると、メイが目を輝かせる。
「精霊さんもご飯食べるの~?」
「いや、精霊達はご飯食べないけれど、私と感覚を共有するの」
私が説明すると、ガレスが納得したような表情を見せる。
「はぁ、おまえさんが味わっているもんを精霊達も味わえるって寸法か」
「そういうことです」
「大半の人間にとっては食は楽しみだからな」
ガレスの理解ある言葉に安心する。多分ミントたち精霊も私と共有するから食を楽しみにしている気がする。
『ボクらも楽しみだからねっ!』
精霊達を代表してフゥが元気よく答えていた。
「精霊達も、みたいですよ」
私が通訳すると、ガレスが豪快に笑う。
「だろうな、わりいな俺等の分まで」
「いえ、結構大きな魚を持ってきてくれたので」
「魚も精霊か?」
「水の精霊さん"が"ですね」
「はぁ、便利なこったな」
ガレスが感心したような声を出す。色々と助かっているのは事実だ。
しばらく海風に吹かれながら待っていると、辺りに食欲をそそる良い香りが漂い始めた。醤油の香ばしい匂いと、魚の旨みが混じり合って、思わず唾を飲み込んでしまう。
「ほぉ、倭国のたたきって料理か」
ガレスが興味深そうに呟く。
倭国を知っている?
「知ってるんですか?」
私が驚いて尋ねる。
「何をだ?」
「倭国を」
「知ってるも何も、俺等は元々倭国に住んでたんだよ」
ガレスの答えに私はさらに驚く。
「お母さんの生まれが倭国なんだ~」
メイが無邪気に説明してくれる。
「あぁなるほど、それでこっちに引っ越してきたってことですか」
「俺の生まれがこの国だからな」
ガレスが頷く。
「なるほど」
『ちなみに、ガレスもルマーン国立アカデミーの卒業生ですよ』
まん丸の側で調理補助しているアクアが教えてくれた。
なるほど、学生時代に出会ったってオチか。
「ガレスさんの奥さんとの出会いは、やっぱりアカデミーで?」
私が尋ねると、ガレスの表情が少し警戒するようなものに変わる。
「あぁ、そうだが、何で知ってる?」
「精霊が教えてくれたんです」
私が説明すると、ガレスの警戒が少し解けたようだ。
「人の過去を覗けるのか?」
「いえ、ガレスさんが私の先輩だって教えてくれたんですよ」
「ほぉ、おまえもアカデミーの人間かよ、見た感じ基礎学年か?」
ガレスの表情が親しみやすいものに変わる。
「1年です」
「とんでもない1年だな、兵士に聞いたぞAランクなんだってな」
ガレスが感心したような声を出す。
「精霊達がいるので」
私が謙遜すると、ガレスが興味深そうに続ける。
「今年の武道会で優勝したか?」
これはなんと言うべきだろうか?
「私は参加してないですね」
「"私は"?どういうことだ?」
ガレスが眉をひそめる。
「優勝者とエキシビションマッチって形で精霊達が各部門の優勝者と戦ったんです」
私が説明すると、ガレスの目が輝く。
「ほぉ、それは面白そうだな、どうだ、メシが出来るまで手合わせしねぇか?」
突然の提案に私は慌てる。
「私は無理ですよ?」
『俺が相手をしてやろう』
精霊達の特攻隊長がお出ましですか。
「火の精霊が相手をするそうですよ」
私が通訳すると、ガレスが嬉しそうに拳を握る。
「ほぉ、戦いを司る精霊だな願ってもない」
グレンが、まん丸の側から私の側にやってきた。熱気を帯びた存在感が伝わってくる。
『ラミナ、魔素を貰うぞ』
「どうぞ」
『溶岩を頼む』
「はいはい」
グレンが私の肩にとまり魔素を受け取る。私はカバンから冷えて固まった溶岩石を出した。その重量感が手に伝わってくる。
「手甲も頼めるか?」
姿を現したグレンからさらに注文が入った。その姿は威厳に満ちている。
「はいはい」
グレンに手甲を渡すと、慣れた様子で腕に装着していた。金属が擦れ合う音が小さく響く。
「そなたのその姿、バフォメットか?」
ガレスが興味深そうに尋ねる。
バフォメット?
「さぁな」
グレンが曖昧に答える。
グレンの正体はバフォメットということだろうか?
「ふむ、関係の無い話だったな、すまん」
ガレスが頭を掻く。
「いや、いい」
グレンが気にしない様子で答える。
「あっちの平原でやれるか?」
ガレスが砂浜から少し離れた草原を指差す。
「あぁ、いいだろう」
グレンが返事すると、目の前から瞬間移動するように消えた。
「久々に暴れられそうだな!」
ガレスはそう言うと、嬉しそうに、グレンが行ったと思われる方向に大股で走っていった。その足音が砂浜に響く。
「お父さんは強いよ~~」
メイが誇らしげに言う。
「へぇ、そうなんだ」
火そのものを相手にどこまでやれるのかな?でも、私は2人の戦いよりも、目の前の魚がどうなるのかが楽しみだった。香ばしい匂いがどんどん強くなってきて、お腹が鳴りそうになる。
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