第18話 幕間 リタと風の大精霊1
買い物を終えて自宅に戻り、ガーネットさんと別れたあと——
ミントとアクアの様子が、どこか沈んでいることに私は気づいた。
「どうしたの?」
何か心配ごとでもあるのかと、問いかける。
『あんな、明日は……リタの命日なんや』
ミントが、ぽつりと重たい言葉を口にした。
『そして、さっきガーネットさんが言ってた風のこと……あれ、私たち、"フゥの墓参り"って呼んでるんです』
「フゥの……墓参り?」
聞き慣れない名前に、思わず聞き返してしまった。
『フゥってのは、風の大精霊につけられた名前や。リタが名付けたんよ』
風の大精霊……?
今まで、先祖リタの話を何度も聞いてきたけれど、その名前が登場した記憶はなかった。
「風の大精霊って……今までの話の中に出てきたっけ?」
『そら、出てくるわけないやん』
『私達の中で、一番最後に契約して、一番最初にリタのもとを去った精霊ですから』
「……去った? リタが亡くなったからじゃなくて?」
私は思わず、言葉を飲み込んだ。まさかそんな話があるなんて……。
『ちがうんよ。あれは、いわば……喧嘩別れやな』
「……何があったの?」
知らなかったリタの一面に、自然と胸がざわついた。
『こっからな、船で3〜4か月ほど東に行ったところに、とある国があるんやけど……』
ミントの語りが始まろうとしていた。
リタと、風の大精霊フゥの間に、いったい何があったのか。それを知ることになるとは、このときの私はまだ、想像もしていなかった。
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植物の大精霊ミドリ(ミント)視点
ルマーン帝国から船で2か月ほど離れた港町に、うちらはおった。
その町は、意味不明の出血と高熱を伴う感染症に襲われとって、あっちこっちで人が倒れとる状態やった。リタも含めて、うちら精霊は4日間不眠不休で治療に当たっとったんや。
リタは、自分の手で薬草を調合して軟膏を作ったり、患者の世話に追われとった。
うちはというと、薬草が足りんようにならへんよう、薬草の成長を促したりして、ずっとサポートしとった。
水の大精霊アオイは、精霊魔法を使って患者の血の中におる病原菌を退治しとって、
火の大精霊シュウは、薬を煮出すためのお湯を沸かしたり、亡くなった人の遺体を焼却したりしてた。
地の大精霊ジャガイモは、シュウが焼いた遺体をすぐさま土に埋めて、土の中で分解させとった。
どいつもこいつも、手ぇ抜かずにやってる中——
『リタ~、遊ぼ~』
風の大精霊フゥだけが、まるで空気読まへん子どものように、リタにぴったり張り付いとった。
「あなたには、大気中の空気を浄化するように言ったでしょう?」
『そんなのやってるさ~』
「なら、そのまま頑張ってなさい」
『暇だよ~、遊ぼうよ~』
『おいフゥ!』
火の大精霊シュウが、明らかに苛立った声でフゥに向かって声を上げた。
「シュウ、手を止めないで」
『ああ、すまん……』
『やーい、シュウ怒られてやんの~』
「フゥ、静かにして!」
『え~、だってこんな奴ら、どうせ死ぬんだし、放っといて遊ぼうよ~』
フゥがそう言うた瞬間、場の空気が凍りついたんが肌でわかった。
『フゥ、うちらの前でそれ、一番言うたらアカンやつやで』
フゥ以外の精霊たちは、命を救おうと必死で動いてる。そやのに……フゥだけがそれを茶化すような態度を取っとった。
『え~、ミドリが怖いんだけど~』
フゥは全然反省する気配もなく、リタと遊ぶことばっか考えとる。
『フゥ、お前いい加減にしろよ!』
『ボクも今のは、良くないと思うんだな~』
『私も同感です……』
『なに~、みんな怖いんだけど~』
「みんな、手を止めないで……」
リタの言葉に、みんな作業に戻ったけど……フゥはまだ諦めてへんかった。
『リタ、遊ぼ~』
「フゥ、いい加減にしてくれる?」
『え?』
リタの声には、怒りが滲んどった。
「これまで、あなたとたくさん遊んできたと思うんだけど?」
『遊び足りないよ~』
『ボクももっとリタと遊びたいんだな~』
ほんま空気読まへんな、ジャガイモ……。
『おい、ジャガイモ! 空気読め! 手ぇ動かせ!』
『あ~ごめんよ~』
シュウに注意されて、ようやくジャガイモは作業に戻った。
「で、この状況を見て、私があなたと遊べると思うの?」
『だって、こんな奴らいつかは死ぬんだし、いいじゃん』
フゥのその言葉に、リタは大きくため息を吐いた。
「そう……どうやら、私とあなたは一緒にやっていけそうにないわね」
『え? 何言ってんの?』
「あなたとの契約を切りましょうか」
その瞬間、うちはもちろん、アオイ、シュウ、ジャガイモ、全員が凍りついたのを感じた。
『え!? やだよ、そんなの!』
「そう。けど、私はあなたの要望を受け入れられないのよ?」
『ボクは、リタの言われた通りにしてるよ……』
「ええ。でも、もういいわ。みんなの邪魔をするし……別れましょう。さようなら、風の大精霊シルフさん」
『……うわあああああ~~~~ん』
フゥはその場から飛び出していった。
『おい……それでいいのか?』
『さあ……どうするんやろ~』
「はい! みんな手を動かして!」
『おう……』
それから数十日が経って、ようやく事態は収束を迎えた。
その日の夕方、リタは海が見える公園のベンチでぼーっとしとった。
少し離れた場所で、うちら大精霊4人は集まって、リタには聞こえへんように話し合ってたんや。
『おい、ミドリ、お前が行ってこいよ……』
シュウがうちに言うてきた。
『え? うちが行くん? みんなで行ったらええんちゃう?』
『でもなぁ……』
うちらの間に、どこか重たい空気が流れとった——
「そんなところで、こそこそして……どうしたの? こっちにいらっしゃいな」
リタがうちらに気づいて、優しく声をかけてくれる。
『あんな、シュウがな~……』
『おい、ミドリ!』
うちが事情を話そうとしたら、すかさずシュウが念話で止めてきた。
せやけど、リタはそれを聞いて、少しだけ微笑んで、そしてぽつりとつぶやいた。
「ふふふ、気を遣わせてしまったみたいね……。遊び相手がいなくなっちゃった……」
その言葉には、寂しさがにじんでた。
『うちらがおるやん』
うちは、心からそう思って言った。
「ふふ、そうね。じゃあ、みんなで遊びましょうか」
『ほんとに~? あそぼ~!』
一番に反応したのは、やっぱり地の大精霊ジャガイモやった。
「今までおろそかにしてごめんね」
『だいじょうぶ~。おいらはリタのそばにいられるだけで楽しいから~』
『うちもや~。一緒におれるだけで十分や』
「みんな、ありがとう……」
その後、ほんまに久しぶりに、リタとうちら全員で、思いっきり遊んだ。
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ラミナ視点
『ってなことが、あったんや』
ミントが、どこか懐かしそうな声で話を締めくくった。
『懐かしいですね』
アクアも穏やかに頷く。
「へぇ~……フゥって子、なんか子どもっぽい?」
『ぽいじゃなく、子どもなんや』
『そうですね。お母さんに甘えたいお年頃の男の子って感じでしたね』
『せやな』
ミントとアクアの声が、どこか優しさを帯びていた。
「そっからずっと、仲直りしなかったの?」
『せや。お互いに気にかけてるのに、お互いに歩み寄ろうとせんかったんや』
『フゥも契約を切られたあとも、近くにずっといましたもんね』
『せやな。ほんでな……』
ミントがまた、静かに思い出を語り始めた。
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