第176話 報告
案内された客室の扉を開けると、そこには懐かしい顔が待っていた。ミアンの専属メイドであるツキが、以前と変わらぬ丁寧な所作で出迎えてくれる。
「ラミナさん、お久しぶりですね」
「はい、ツキさんも元気そうで」
互いの無事を確かめるような、穏やかな挨拶が交わされる。
「えぇ。お茶をお出ししますね」
「ありがとうございます」
「ツキさん、私の分もお願いしてよろしくって?」
「かしこまりました」
ツキはすぐに行動に移り、テーブルの上には香り高い紅茶と、見た目にも美しい菓子が並べられた。しばらくぶりの王都の空気はどこか柔らかく、緊張がほぐれていくようだった。
3人で席に着き、湯気の立つカップを手にすると、ミッシェルが少し身を乗り出してきた。
「それでラミナさん、トロランディアの話を聞いてもよろしくって?」
場の空気が少し引き締まる。やはり本題はそこか――そう思いながら問い返す。
「ぇ? 何を話せばいい?」
話すべきことが山ほどある気もするし、逆に何から話していいか迷う。
「そうですわね。飢饉の状況について話をラミィー達からもある程度聞いたのだけど、あなたと精霊様の話を聞きたいですわね」
「あ~」
促されるまま、私は口を開いた。
穀倉地帯に起きた麦の不作の原因、クロードと彼の父であるバルラック侯爵の確執、そして冒険者ランクが上がった経緯。さらに、飢饉対策として進められているセレスの農場の話――。
私の語る内容に、ミッシェルもミアンも静かに耳を傾けていた。
「なんか、大変そうに思っていたけど楽しそうだね」
ミアンの笑顔には、重たい話を包み込むような軽やかさがあった。
「そうですわね。私も精霊様達が作った果物、食べてみたいですわ」
確か、マジックコンテナに入れておいたはずだ。そう思いながら、カバンを開いて小さな箱を取り出す。
「果物なら多分、入っているはず……」
『いっぱい入ってるで』
ミントの声に背中を押されるように、私はマジックコンテナに手をかざす。
「リンゴでいい?」
「えぇ、おねがいしますわ」
「わたしも」
ツキの分も含めて、四つだ。
両手を軽く広げて“リンゴ四つ”と念じると、バランスを保ちながら手の中に次々とリンゴが出現する。一つが落ちかけたが、なんとか手で受け止めた。
「その箱はなんですの?」
「マジックコンテナだって。農場にもう一つあるんだけど、そっちに入れたものがこっちで取り出せるんだって」
「便利だね~」
「うん」
そのまま出すのもどうかと思い、ツキに手渡す。
「ツキさん、これお願いしていい?」
「えぇ」
「1個はツキさんの分なので好きに食べてください」
「ありがとうございます、カットしてお持ちしますね」
ツキが部屋を出て行ったあと、ふと精霊から追加の情報が届く。
『パンも入っているようですよ』
「あっ、そうなの?」
あの絶品のパン。これはぜひ味わってもらいたい。そう思って、“パンを4つ”と念じると、紙に包まれたパンが手元に出現した。
「それは何ですの?」
「さっき話したパンだよ、食べてみて」
包みをミッシェルとミアン、そしてツキの分として渡していく。2人は包みを開き、中身を見て目を見張った。
肉が挟まれたサンドタイプのパンだった。
「ラミナさん、これはどのように食べるんですの?」
「ぇ?」
「ミッシェルこれこのままパクっていくんじゃない?」
ミアンの助言に従い、ミッシェルも恐る恐るパンにかぶりつく。
『貴族の方々は食べ歩きとかしませんからね』
『せやな、皿の上に乗っていてナイフとフォークとかやもんな』
「なんだかはしたないですわね」
そう言いつつも、パンを一口頬張ったミッシェルは目を見開いた。
「これは美味しいですわね、今まで食べたパンとは全然違いますわ」
「パンが凄いもちもちしてるっ。お肉も美味しいね」
「そうですわね」
ちょうどそのタイミングでツキが、切り分けたリンゴを載せた皿を持って戻ってきた。
「これは甘いですわね」
「だね、味がギュッと詰まってる感じで美味しい」
『喜んでもらえると嬉しいですね』
『だね~みんな頑張っているからね~』
『ねぇ、ボクも参加させてよ!』
新入りの風の精霊フゥが声を上げる。
『お前は何が出来るんだよ……』
『グレンだってそうだろうが~』
『俺は一応パン作りの方で手伝っているぞ』
『っく!』
悔しそうに唇を噛むフゥに、提案が飛ぶ。
『なら風車で粉を引きましょうか』
『やった!』
そんなやり取りをよそに、ミッシェルがふと思いついたように言った。
「ラミナさん、お父様たちの分を頂いてもよろしいかしら?」
「良いけど、いくついる?」
「そうですわね、十個貰ってもよろしいかしら?」
机の上に両手を置き、“リンゴ10個”と念じる。瞬間、見事に整列するように10個のリンゴが出現した。
「ありがとう」
しかし、リンゴを持つための籠や袋を持っていないように見える。
それに気づいたツキが動いた。
「ミッシェル様、こちらの籠をお使いになりますか?」
「ありがとう、使わせてもらいますわ」
リンゴを丁寧に詰めながら、ミッシェルは満足げに微笑む。
「お2人共、夕食時に呼びに来ますわ」
『ラミナ、一応断りませんか?』
「ぇ?なんで?」
『ラミナはミッシェルたち王家の切り札として動いたほうが良いと思いますので』
その言葉に、心に小さな寂しさがよぎった。しかし、現実は現実だ。
「ミッシェル、私は別でもいいかな?」
「どうしてですの?」
「精霊さんが、私はミッシェルたち王家の切り札として動いたほうが良いからだって」
「そうなんですのね」
ミッシェルはしばし考え込むように眉をひそめた。
「確かにそうかもしれないけど……」
『あれでしたら、すべてが終わるまで完全に別行動をとる事をお勧めしますよ』
切り札であるならば、表に出るべきではない。
「わかりましたわ、お父様に伝えてみますわ」
「ラミナは良いの?」
「んまぁ、私テーブルマナーとか分からないしさ、それにこれから戦争でしょ。それなら前線に行くミッシェルが少しでも有利に戦えるように協力したいかな」
「ラミナさん、私を甘く見ないでくださいまし」
「ぇ?」
声の調子が少し変わった。ミッシェルの目がまっすぐにこちらを見ている。
「親友であり、友の恩人との関係を疎かにしてまで勝ちたいと思いませんの」
――その覚悟は、言葉よりも表情にこそ表れていた。
「私としては負けられて捕らえられる方が困るかな……」
「ん~私もこの場合はラミナの味方かな……」
ミアンがそっと頷いてくれる。
「はぁ……、ミアンさんもそっちに付かれるのですのね」
「私思うんだよね、トロランディアの一件があるし、もしかしたらこの戦争自体を止めてくれるんじゃないかな?」
「いや……、止めるのは無理なんじゃないかな……。被害を抑える位なら出来ると思うけども……」
気軽に言わないでよ……。
「戦自体がなくなるのが理想的ですけど、ラミナさんは出来ると思いますの?」
「いやいや、出来ないんじゃないかな!?」
2人とも、私に何を期待してるんだか……。
「それに関しては私も思いますわ」
「いやいやいや、何言ってるの2人とも!」
一緒に食事を断っただけなのに、話はどんどん大きくなっていく――。
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