第17話 帝都でお買い物
翌朝
起床後、身支度を整えた私は、1階で薬草の葉をむき、葉肉を取り出す作業に取りかかっていた。これを乾燥させれば、洗料の材料になる——そんなときだった。
コンコン
玄関をノックする音が響いた。
(誰だろう?)
帝都で知り合いと言えば、ボッシュくらいしか思い当たらない。
「は~い」
そう言って玄関の扉を開けると、そこにはスラリとした姿のエルフの女性が立っていた。長い髪に整った顔立ち……。
「えっと……」
「ラミナさんですね。はじめまして、ボッシュの妻のガーネットと申します」
『ほんまやで』
ミントの声が耳に響く。ミントの反応がなければ、本当に信じなかったかもしれない。
「あっ、はい、ラミナです。よろしくお願いします。それで……今日はどういったご用件で?」
「旦那から、あなたの洋服を見てあげてほしいって頼まれてね。よかったら一緒に買い物に行きませんか?」
(うーん、できれば葉肉を乾燥させてからがいいんだけど……)
「えっと、薬を作っている途中なので、少し待ってもらってもいいですか?」
「構いませんよ。どんな薬を作っているんですか?」
「顔や体を洗うときに使う洗料です」
「石鹸でしたら、商会にも置いてますよ?」
「あれ? そうなんですか?」
「ええ、1階に置いてあるはずですけど」
先日、商会で生活用品をひと通り見たつもりだったけれど、見落としていたらしい。
『あれはあかん。肌がパサパサになんねん』
ミントの言葉に、私は思わず小さくうなずいた。村ではずっと自分で作った洗料を使っていたから、そんな石鹸の欠点には思い至らなかった。
「そうなんですね……。でも、精霊さんが肌がパサパサになるって言っているので……」
「そう……。じゃあ、パサパサにならないように作ってるんですね?」
「はい、そのつもりです」
「ふふっ、それは楽しみです」
---
私は予定通り葉の皮を丁寧にむき、葉肉同士をひもで結んで天井から吊るしていった。
「その葉は……エロアの葉ですよね?」
「そうです。ラベ・エロアの葉ですよ」
「食べると肌にいいって聞いたことはあるけど、洗料にも使えるんですね」
「はい。石鹸みたいに固形じゃなくて、液体の洗料になりますけど。それに花の香料を加えると、いい香りになるんです」
「そうなんですね。先ほど、ラミナさんからふわっと良い匂いがして……それはその洗料の香りかしら?」
「村で採れたルマーンツバキっていう花の香料を混ぜてるからだと思います」
「素敵ですね。もし、いま作ってる洗料が完成したら……少し分けてもらえませんか?」
「もちろん、いいですよ~。ちょっと準備してきますね」
私は2階のリビングに置いてあったカバンを手に取り、再び1階へと降りた。
「お待たせしました」
「行きましょうか」
「はい」
家を出て、ガーネットさんの後について歩き出そうとしたところで、
「鍵を掛けましたか?」
「あっ……」
村では家に鍵を掛ける習慣がなかったせいで、すっかり忘れていた。慌ててカバンの中を探り、鍵を取り出して玄関に戻る。
カチャリ、と扉を閉ざす音に少し安心した。
「習慣をつけてくださいね」
「はい……」
『今度から、鍵かけ忘れてたら言うわ』
「うん、お願い」
本当に、こういうときのミントは頼もしい。
---
「すみません、鍵かけました」
「じゃあ、行きましょうか」
ガーネットさんの後を追って歩くと、商会本部のすぐ隣の建物に案内された。中に入ると、そこは華やかな空間だった。
色とりどりの布がかけられ、アクセサリーや帽子、靴など女性向けの小物や衣類がずらりと並んでいる。村で暮らしてきた私には、なんだか場違いなところに来てしまったような気がした。
「なんか、綺麗な場所ですね……」
「ここはね、女性向けの物を専門に扱っている、私のお店なんですよ」
「へぇ~……」
ミントとアクアも興味津々といった様子で店内を飛び回っている。
「こっちにいらっしゃいな」
促されてガーネットさんのもとに行くと、私のサイズに合いそうな服がいくつか並べられていた。
「ん~、どれがいいでしょうかね……」
ガーネットさんは、服を手に取っては私の体にあて、次の服を取ってはまたあて、を繰り返している。
その中に、私も気になる服が二着あった。色合いと刺繍が特に可愛らしくて、見ているだけで少しワクワクする。
「ん~、私としては、これとこれとこれが、ラミナさんに似合っていると思うのだけど」
そう言って、私が気になっていた二着と、もう一着を手渡された。
「奥に試着室があるから、試着してみてちょうだい」
言われた通りに、一着ずつ着替えては、ガーネットさんに見せる——という流れを三回繰り返す。
どれも着心地がよくて、鏡に映った自分を見て、自然と顔がほころんだ。
「私としてはその三着、どれも良いと思うのだけど……ラミナさんはどうかしら?」
「私も、この三着が良いと思います」
「そう。なら、その三着を差し上げますよ」
え……今、なんて? 一瞬、聞き間違いかと思った。
「え?」
「代わりと言っては何ですが、あなたが今作っている洗料ができたら、少し分けてくれません?」
どう考えても、こちらが貰いすぎな気がした。
「分けるのは構わないんですが……本当にいいんですか?」
「ええ」
本人がそう言うのなら、ありがたく頂こう。その分、渡す洗料を多めにすればいいかな。
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
---
『なぁなぁ、ラミナ』
「ん?」
『これ買わへん?』
ミントとアクアが、二人一緒に同じ棚の前に立っていた。
「どうしたの?」
「いえ、精霊さんたちが……」
言葉を濁しながら、二人がいる場所まで足を運ぶと、小さな小瓶に入った液体が目に入った。
「ガーネットさん、これは何ですか?」
「香水ですよ」
ミントが香水? どうして?
『これな、この辺りじゃ手に入らん香料やねん』
そう言いながら、ミントは一つの小瓶の上にふわりと乗った。その香水を手に取る。
「これって、何の香水なんですか?」
「あら、まだ残っていたのね。それはね、海峡を挟んで東にあるミネユニロントって国の中央の湖に咲く、ある花の香水なの。その花自体がとても珍しくて、なかなか手に入らないのよ」
『せやろなぁ~、ファントムフラワーやもん』
「珍しいの?」
『8月の中旬にしか咲かんし、しかもあの湖にしか咲かん花やねん』
何か特殊な条件でもあるのだろうか……?
「ん? どうしたの?」
口に出していたことに気づき、私は慌てて答えた。
「あっ、精霊さんが『ファントムフラワー』って教えてくれたので……」
「なるほど。ラミナさんは植物の精霊と契約されているんですね?」
「はい、水の精霊とも契約しています」
「そうでしたか。その香水、持っていきますか?」
「え?」
「欲しいなら差し上げますよ。その代わりに……」
言われる前から察しがついた。
「洗料ですね」
「ええ」
『ええんちゃう? この香水から、結構な香料とれるねんな?』
『そうですね。その小瓶の半分くらいの香料は取れますよ』
もらってもいいのかな? でも洗料と交換だと思えば……。
「じゃあ、いただきますね」
「ええ。他に何か必要なものはあります?」
「ん~……大丈夫です。あ、薬草とか売っている場所を教えていただけたら……」
「それじゃあ、一緒に行きましょうか」
「お願いします!」
---
その後、ガーネットさんと一緒に、帝都内の薬草を扱っているお店や、いろいろなお店を見て回った。あっという間に時間が過ぎ、夕方にはたくさんの荷物を抱えて自宅へと戻ってきた。
「今日は本当にありがとうございました!」
ボッシュさんやイアンさんには話せないようなことまで話せて、すごく楽しかった。
「いえいえ。私も娘ができたようで嬉しかったわ。また一緒に買い物しましょ」
「はい、ぜひお願いします! ところで……お子さんはいらっしゃらないんですか?」
「なかなかできなくてね」
『エルフは長寿種やからねぇ』
『そうですね、子どもができにくいのは種族ゆえですね』
『何とかしてあげられない?』
『そうですね。色々いただきましたし、お礼をしましょうか。ラミナ、彼女に背を向けてもらうようにお願いしてもらえますか?』
「あの」
「ん?」
「ガーネットさん、少し後ろを向いてもらってもいいですか?」
ガーネットさんの頭の上に"???"が浮かんでいるのが見える気がしたけれど、何も言わずにくるりと背中を向けてくれた。
『彼女の腰に手を当ててください』
「ちょっと失礼しますね」
「ええ? 何をするの?」
「水の精霊さんが、今日いろいろ頂いたお礼だって」
『そのままでいてくださいね』
そう言ったアクアが、私の腕のあたりにふわりととまり、何かを始めた。
何をしているんだろう……?
『子どもができやすい身体にしてるんや』
「あ、そうなんだ」
『これですぐ妊娠すると思いますよ』
「これで大丈夫みたいです」
「ラミナさんの手のひらから、なにか温かいものが流れ込んできた感じがしましたけど……今のは?」
「精霊さんが、子どもができやすくなるようにしてくれたみたいです」
「え!? 本当に!? ありがとう! 精霊の加護を貰えるなんて思ってなかったわ!」
興奮気味のガーネットさんを見ながら、私は思わず首をかしげた。
「精霊の加護って……?」
「ええ、精霊から直接力を分けてもらうことを『精霊の加護』って言うんですよ」
「へぇ……そうなんですね」
「本当にありがとうね! それじゃあ、私は帰るわね!」
ガーネットさんは、顔をぱっと明るくさせたまま、弾むような足取りで去っていった。
私が玄関を閉めようとした、そのとき——
「ちょっと待って! 伝え忘れたことがあるの!」
ガーネットさんが、息を弾ませながら戻ってきていた。
「なんですか?」
「明日は一日中、風がとても強いの。外出するなら、気をつけてくださいね」
「え?」
「毎年この時期になると、帝都では異様なくらい強い風が吹く日があるのよ」
「そうなんですか……。わかりました、気をつけます」
「ええ。それじゃあ、今度こそ本当に行くわね」
そう言って、ガーネットさんは今度こそ去っていった。
玄関を閉めてから、私はなんとなくミントとアクアのほうを見た。
『そっか……もう、そないな時期なんやね』
『そうですね……』
なぜか、ふたりとも少しだけ寂しそうな顔をしていた。
「面白い」「続きが気になる」「応援する!」と思っていただけたら、
『☆☆☆☆☆』より評価.ブックマークをよろしくお願いします。
作者の励みになります!