第162話 キラーウェール
翌朝、身支度を整え、簡素な朝食を外でとっていると、穏やかな海面の向こうから、なにかがひょっこりと顔を出した。
視線が合ったその瞬間、海上に高く響く声が聞こえた。
「キュ~~~~」
「なにあれ?」
『キラーウェールっていう動物ですよ』
「動物?」
『えぇ、魔素を持っていませんからね。ついでに言うと、彼らは人と同じで母親が子どもを産むんですよ』
「へぇ~」
アクアの説明が続くなか、キラーウェールは再び高く鳴いた。
「何か訴えてない?」
『何かあったみたいですね。助けを呼んでいるようですよ』
「そうなんだ。えっと……助けに行こうか」
『えぇ』
私が立ち上がって海岸へ近づくと、キラーウェールは視線で誘導するように、海岸沿いを右へと移動し、一定の場所で立ち止まってこちらを見た。
「ロシナティスの北側かな?」
『そのようですね』
ルナ……と一瞬思ったが、彼女は今、ラミィーとシーアを送り届けている最中。戻ってきていないのは当然だった。
「どうしようか……」
町を経由して北まで回るのは遠回りになる。迷っていると、アクアが口を開いた。
『ラミナ、魔素を貰っても良いですか?』
「うん?」
一体何をするつもりなんだろう……。
私から魔素を受け取ったアクアは、静かに姿を現し、海辺のキラーウェールのもとへ向かった。その様子は、まるで会話をしているように見える。
「何してるのかな?」
『どこに行けば良いのかを聞いとるんや』
「なるほど」
数分後、アクアはキラーウェールと共に戻ってきた。
「えっと?」
「この子の背に乗って、現地まで行きましょうか」
言ってることは理解できるけど、行き先は明らかに海の中。濡れるのは避けられない気がする。
「ぇ、海の中を行くって事だよね?」
「えぇ、濡れますが、終わったら私がなんとかしますので」
「それなら……」
腰まで水に浸かると、キラーウェールが静かに私に近づいてきた。その仕草は、まるで「乗って」と言っているよう。
背びれに手をかけ、そっとまたがる。触れた感触は、思わず撫でたくなるほどツルツルしていた。
キラーウェールは、私の体を気遣うようにゆっくりと泳ぎ始めた。潜りすぎないよう注意してくれているのか、水位は胸のあたりで留まっている。
「ラミナ大丈夫ですか?」
「うん」
進行方向にはロシナティスの港。その先、町の北側をぐるりと回り、やがて岩場の広がる海岸が見えてきた。
「あっ」
助けを呼んでいた理由が、すぐにわかった。
岩場には、一頭のキラーウェールが打ち上げられていた。
「あの子を助けてって事?」
「えぇ。寝ていたら潮が引いて、戻れなくなったようです」
「あぁ~なるほど。まん丸、魔素を持って行って良いから、あの子を助けてあげて」
『は~い』
魔素を受け取ったまん丸が、打ち上げられたキラーウェールの元へ向かう。
岩場をよじ登るのではなく、岩を滑らかな板状に加工していく。平らな道があっという間に出現し、海までの滑走路が完成した。
「アクア」
「えぇ」
アクアは魔法を起動させ、岩場のキラーウェールを包むように水を出現させた。その水は滑走路を伝って、まるで自然の流れのようにキラーウェールを海へと押し戻す。
ついにキラーウェールが海へ戻ると、私を乗せていた個体が喜び勇んで合流しに行った。その反動で私は振り下ろされてしまった。
幸い水深は浅く、溺れるほどではなかったが、岩場までは少し距離がある。
小さなジャンプで水を切り、岩場へと向かう途中、背後から水のうねりを感じた。次の瞬間、ツルツルとした感触が私の股下をすり抜けた。
どうやら、先ほど救出したキラーウェールが、背中で私を拾い上げてくれたらしい。ひと回り大きく、乗り心地も安定している。
無事に岩場にたどり着くと、2頭のキラーウェールがそろって海面から顔を出した。
「ありがとうね」
「キュ~~~~~」
「キュ~~」
親子らしい、鳴き声に調和がある。
「ラミナ、彼らは何かお礼をしたいそうですよ」
「ぇ?」
『この後やるクラーケン討伐を手伝って貰えば良いんじゃねぇの?』
『だね~、ラミナがこの子と一緒にクラーケンを引っ張ってくればいいんじゃない~?』
それって、私が……餌ってことじゃ?
「それも有りだと思いますよ」
「いやいやいや、それって私餌って事だよね?」
「そうですね。クラーケンは魔素が豊富な生き物が大好物ですから、ラミナはうってつけだと思いますよ」
「いやいやいやいやいや! 海岸にたどり付く前に食べられちゃわない!?」
「それは大丈夫ですよ。クラーケンよりは彼らの方が早いですから」
いやいや、それ以前に私がまた振り下ろされたら――!
「私が振り下ろされる心配は……?」
「大丈夫ですよ、私が側に居ますから」
本当かな……でもアクアが言うなら……信じるしかないか。
「本当に大丈夫だよね?」
「えぇ、信じてください」
「ほんとに信じるからね!?」
「えぇ。それでは彼らにクラーケンをおびき寄せる手伝いをしてもらう方向で良いですか?」
「うん、信じてるよ……ほんとに……」
「大丈夫ですよ。それでは、彼らにその旨を伝えますね」
「うん」
アクアは2頭のキラーウェールのもとへ向かい、何やら言葉を交わした。
「キィ~~~~~」
「キィ~~」
どうやら納得したらしく、2頭は大きく首を上下に振った。
「大丈夫のようですよ。それから討伐できたら足一本分けてほしいとのことです」
「それ位良いんじゃ無い?」
「それでは、いったん服を乾かしますね」
「うん、お願い」
アクアが詠唱すると、べたつきや湿り気が一瞬で消え、海に入ったことが嘘のように身体が軽くなった。
「ありがとう」
「いえ。それでは、冒険者ギルドの方に行きましょうか」
「うん。あの子達どうするの?」
「砂浜の沖合で待っているようですよ」
「あっ、そうなんだ」
じゃれ合う2頭のキラーウェールを見送りながら、私はロシナティスの冒険者ギルドへ向かって歩き始めた。
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