第16話 帝都の家
ボッシュは、ルマーン革命の出来事をひととおり語り終えると、ふっと懐かしそうに笑った。
「当時はな、エルフや獣人、ドワーフが帝都で暮らすことも働くことも、許されていなかったんだよ。許されていたのは学園の学生や教会の関係者だけだった」
「えっ、そんな時代があったんですか?」
「ああ。今でも一部の貴族たちの間には、人族至上主義の風潮が残ってるけどね」
「そうなんですね……」
『せやから、ハーヴァで獣人さんが働いとったん見た時、ちょっと驚いたんや』
あの時二人が教えてくれなかった理由が、ようやく分かった。
「それで、ここが和平交渉が行われた場所なんだ」
「なるほど……。じゃあ記念的な意味を込めて、ここに?」
「そう。建設時には、その思いも込められていたらしいよ」
「なんというか……すごく行動力のある方だったんですね、リタさんって」
『行動力しかないって気ぃするけどな~』
『そんなことないですって……』
ミントの鋭い(?)ツッコミに、アクアがやや呆れ気味に返していた。
「はは……まあ、続きはまた今度にしよう。すっかり話し込んでしまった。そろそろ案内しようか」
「はい!」
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ボッシュに導かれ、中央広場から一本裏通りに入る。そこに建っていたのは、外観からしてしっかりとした、三階建ての立派な家だった。
「ここが、帝都での君の新しい家だ。どうだい、なかなか素敵だろう?」
「わあ……! 大きいですね!」
まるで冒険の舞台に立ったような、胸の高鳴りを感じる。
「中も、見せてもらっていいですか?」
「ああ、もちろん。そのために来たんだ。はい、これが鍵。2本あるが、片方はスペアだよ」
ボッシュが懐から取り出した鍵を受け取ると、扉の鍵を開けて中へ入る。
目に飛び込んできたのは、ずらりと並んだ本棚、そして調合器具などのポーション作成用の道具が整然と配置された空間だった。足元の床はレンガを敷き詰めたようなつくりで、温かみがある。
「ここは1階。調合用の工房として使ってくれていい」
「すごい広い……!」
村の家と比べてみても、面積は3倍、いや4倍はありそうだ。
「気に入ってくれてよかった。2階と3階は住居になっているから、自由に使ってくれ」
「はい、見てきます!」
奥にある階段を駆け上がると、2階にはキッチンと広々としたリビング、それに浴室が完備されていた。すでに設置されている家具も使いやすそうで、すぐにでも暮らし始められそうだ。
さらに3階に上がると、二つの部屋があった。ひとつにはベッドや机が置かれ、ここもすぐに生活できる状態になっていた。もうひとつは空き部屋で、何に使うか考えるのも楽しみだ。
『ラミナ、こっちや! 屋上に上がれる階段あるで!』
廊下の奥に、上階へと続く階段が隠れていた。
その階段をのぼって扉を開けると、そこには柵に囲まれた屋上が広がっていた。
「すごい……! 学園が一望できる!」
風に吹かれながら見渡すと、校舎や運動場と思しき広場の姿が見えた。新しい生活の舞台が、まるで手のひらの上に広がっているようだった。
『3年間は寮やなかったっけ?』
『そうですね』
「……あ、そうだった」
すっかり忘れていた。でも、オフの日にここで過ごせると思うと、それだけで嬉しかった。
私は足取り軽く、1階へと戻る。
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「気に入ってくれたかい?」
「もちろんです! こんなに良くしてもらって……本当にありがとうございます!」
「はは、礼なんていいよ。何かあったら商会まで来てくれ」
「はい!」
そう返事をしながら、ボッシュから鍵を受け取る。
「それじゃあ私は戻るよ。アカデミーの入試は三日後だ。それまで帝都を歩き回って、いろいろ見ておくといい」
「わかりました!」
「じゃあ、良い帝都ライフを」
「ありがとうございました!」
思いきり頭を下げて、見送った。
ボッシュと別れたあと、改めて家の中をゆっくり見て回る。暮らし始めるには充分すぎるほど整っているけれど——。
『服が全然ないなぁ』
「ほんとだ。じゃあ明日は服を買いに行こうか」
『そうですね。あと、水浴び用の道具も必要です』
『綺麗にするもんなら、自分で作ったらええやん』
「材料って売ってるの?」
『売っとる売っとる、心配あらへん』
そうと決まれば、明日まとめて買いに行くことにした。まずは必要なものをリストアップしよう。それから——夕食を食べに、中央広場へ向かった。
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広場に着いたとき、ふと気づく。
村の外で買い物をするのって、これが初めてだ。緊張するかと思いきや、ボッシュの商会本部でのやり取りを見ていたせいか、そこまで不安はなかった。
『なぁなぁ、これ美味しそうやで』
気がつけば、ミントが私の横を離れ、近くの露店にふわりと浮かんでいた。
露店まで近づくと、香ばしいいい匂いが漂ってくる。
「お? お嬢ちゃん、どうした? 一本食べてくか?」
「お願いします!」
声をかけてきたのは、店先で何かを焼いていた中年の男性。
「まいど! ちと待ってな」
手際よく焼き上げた貝柱を、串に刺して差し出してくれる。
「ほい、貝柱の串焼き。150ウルだ」
……焼いてから串に刺したよね?と一瞬ツッコミそうになったけれど、ぐっとこらえて銀貨2枚を渡す。お釣りに銅貨5枚を受け取った。
「へい、まいど! また来てな!」
「アクア、これ何の貝柱なの?」
『レッドスピネルシェルの貝柱ですね』
「貝って……あの、川とかにいたやつ?」
村の川にも小さな貝はいたけど、今手にしてる貝柱は直径2~3センチ。想像できないくらい大きい。
『ええ。これは川じゃなくて、海に棲む魔物ですね』
「海か……」
川と違って、対岸が見えないほど広い場所。日曜学校でそう教わったけど、実際に見たことはない。
『ええ。お城の裏には、ずっと海が広がってますよ』
「へぇ……。本当にあるんだ、海って」
私は露店のベンチに腰を下ろしながら、串焼きをひと口かじった。
「……おいしい!」
貝柱の香ばしさと、ほんのり塩気の効いた味が口いっぱいに広がる。これはクセになりそう。
『せやろ? うちはこれ好きやねん』
『おいしいですね。素材の味をうまく引き出してます』
ミントとアクアも上機嫌で漂っていた。
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ふと見渡せば、広場のあちこちに並ぶ露店が、明かりを灯して賑わっている。にぎやかな笑い声や、呼び込みの声。人々の活気が、あたたかな夜の空気に溶け込んでいた。
(……ああ、いよいよなんだ)
見知らぬ街で、見知らぬ人たちと交わりながら、自分の新しい生活が始まるんだ。胸の奥で、じんわりと湧いてくる不安と期待。
「入試まであと三日……。頑張らなきゃ」
『せやせや! うちらも協力するさかい、安心しぃ』
『ええ、必要な知識ならいくらでも教えますよ』
「ありがとう。頼りにしてるね」
目の前で揺れる串焼きの炎を見ながら、私は深呼吸をひとつした。
少しずつだけど、私は前に進んでいる——。
(ここから、私の物語がまた動き出す)
そう感じながら、私は星空の下、焼きたての貝柱をもう一口味わった。
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